戦争と少女とストッキング

終戦記念日になると、いつも思い出す体験があります。

ある日、トレーニングを兼ねて体外離脱して
亡くなった方のいる領域に行った時です。
そこは海辺で真っ青な空と白い雲。
白い砂浜の入江は丸くカーブして、碧い海は静かに凪いでいました。
カーブした入江の先には岩場があり、人は見えませんが
景色とまったく不似合いな悲しみのエネルギーが充満しています。
静かな青空に飛行機が2基、左右から飛んでクロスします。

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何だか胸がざわざわします。
戦闘機?
戦争の時代を再現して執着している領域に来てしまったのかしら。

入り江の先の岩場に行ってみました。
案の定、若い女性が防空頭巾や汚れた着物にモンペを着て
岩場の窪みのような穴の中に大勢身を寄せ合っています。
この領域(囚われの領域)にズーット居てはいけません。
声をかけてみました。
「みなさーん!戦争は終わりました。上に行きましょう!」
私が女性で戦時中のような服装ではないからでしょうか。
ガイド達がサポートしてくれているのだからでしょうか。
皆さん、おずおずと外に出ながら、そのまま上の領域に上がっていきます。

上につくと、知り合いが迎えてくれたり
おいしそうなお食事がふるまわれたりするので
彼女たちはどんな風にもてなされる(癒される)かと思っていたら
なんとスパにまっしぐらでした。
銭湯、温泉ではなくスパです。
仕切りの壁を挟んでカコーンて、それっぽい音が響きます。
そうか!お風呂できれいになりたかったんだ!
暫くしてスパからあがった彼女たちは
現代風の色がきれいな洋服が用意され楽しそうに選んでいます。
そして沢山用意されたストッキングを我先にと、身に着けてみていました。
こんな、こんなごく普通の楽しみが満たされていなかった
この時代の若い女性たち。


追記

岩場に居た彼女たちを見つけたとき
「悌」という文字が浮かび上がっていました。
沖縄戦に動員された女子学徒隊は「ひめゆり学徒隊」とよばれ
悌梧学徒隊と呼ばれた市立昭和高女という学校があったそうです。
不思議ですね、私も同じ様な名前の高校に通っていました。

彼女達は私の一部なんでしょうか。


ジュエリーのブログもご覧下さい。


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