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『黄色のトマト』(宮沢賢治)

2023年8月 ビギナーコース②

だからね、二人はほんとうにおもしろくくらしていたのだから、それだけならばよかったんだ。ところが二人は、はたけにトマトを十本植えていた。そのうち五本がポンデローザでね、五本がレッドチェリイだよ。ポンデローザにはまっ赤な大きな実がつくし、レッドチェリーにはさくらんぼほどの赤い実がまるでたくさんできる。ぼくはトマトは食べないけれど、ポンデローザを見ることならもうほんとうにすきなんだ。ある年やっぱり苗が二いろあったから、植えたあとでも二いろあった。だんだんそれが大きくなって、葉からはトマトの青いにおいがし、茎からはこまかな黄金の粒のようなものも噴き出した。五本のチェリーの中で、一本だけは奇体に黄いろなんだろう。そして大へん光るのだ。ギザギザの青黒い葉の間から、まばゆいくらい黄いろなトマトがのぞいているのは立派だった。だからネリが云いった。

『にいさま、あのトマトどうしてあんなに光るんでしょうね。』
 ペムペルは唇くちびるに指をあててしばらく考えてから答えていた。
『黄金だよ。黄金だからあんなに光るんだ。』
『まあ、あれ黄金なの。』ネリがすこしびっくりしたように云った。
『立派だねえ。』
『ええ立派だわ。』
 そして二人はもちろん、その黄いろなトマトをとりもしなけぁ、一寸さわりもしなかった。(本文より)

我が家の庭にミニトマトの鉢を迎えました。一粒実り、また一粒。先がギザギザして布地のような手触りの葉っぱに隠れて、7月に入ったあたりから少しづつ実がなり、色づいていきます。
「明日あたりもいでみようかな、真っ赤ないい色になってきた」
と思った翌朝、その実が見当たりません。もう一粒も同じようにぷくりとして赤く色づいてきた頃、やはりふっと消えてしまいます。

消える瞬間を見たわけではないのですが、他の木にいる虫たちは一粒のトマトをまるごと食べてしまうほどの大きさではありません。となると。

(・・・チュンチュン、チュンチュンチュン。)

明け方、辺りが明るくなってくるとうるさいくらいの鳥の声がしています。ミニトマト消失事件はどうやら早朝の犯行のようで、現場を目撃することは叶わなかったのですが、今日も人間は食べ頃の恩恵を受けることができませんでした。

冒頭の引用部分、語っていたのは蜂雀という鳥で、「僕はトマトは食べないけれど」と言っていたのになぁと思いつつ、実ったトマトの美しい描写を実のない鉢に重ねて首を捻ります。鳥たちの眼に美しく光った我が家のミニトマトが、レッスンまでに食べられるといいなと思ったり、ずっと食べられなくても面白いなと思ったり。物語の登場人物ペムペルとネリも、「その黄いろなトマトをとりもしなけぁ、一寸さわりもしなかった。」のだそうです。

8月のビギナーコース②(月替わり宮沢賢治のコース)は
「黄色のトマト」です。ご予約お待ちしています。
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