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『それから』(夏目漱石)

*2021年6月朗読教室テキスト② アドバンスコース
*著者 夏目漱石

6月19日は朗読(ロードク)の日です。毎年「朗読の日だなぁ」と思いつつこれといって特別なことはしていません。さてどうしようかと悩むでもなくふわふわと考えていたら、6月19日は夏目漱石が新聞の連載小説『それから』の初回原稿を新聞社に送った日、という記事を見つけたので、今月のアドバンスコースはこの作品に決めました。

先刻さっき三千代が提げて這入て来た百合の花が、依然として洋卓テーブルの上に載っている。甘たるい強い香が二人の間に立ちつつあった。代助はこの重苦しい刺激を鼻の先に置くに堪えなかった。けれども無断で、取り除ける程、三千代に対して思い切った振舞が出来なかった。

本を読むことの楽しみの一つに、恋の物語を読む、ということがあります。若い頃には書かれている文字を追いながら感情移入して楽しんだり、自分の思いを増幅させることもあったと思いますが、それから四半世紀を過ぎてみると、かつてとは少し違った視点で物語を追っていることに気づきます。
 
ページをめくるたびに、あの頃の自分の視界が目の前に現れます。けれども今の自分はもう少し視野が広がって、対岸から少しふぅわりと冷めた眼で未熟な自分を見守っています。気づいていなかった、物語に仕掛けられている些細な仕草にも色気を感じ、『夢十夜』にも登場する百合の花の香りの漂う場面をありありと想像できます。そうしたひとつひとつが記憶の断片をつないでいって、うまく振る舞えなかったなぁと思っていた自分をようやく愛おしく思えるのでした。
 
アドバンスコース6月のテキストは夏目漱石の『それから』を取り上げます。漱石の言葉に導かれて、自分の中の未熟な自分を癒す時間となればといいなと思います。

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*底本 『夏目漱石全集5』株式会社筑摩書房
 1988年2月23日 第1刷発行/2018年10月30日 第12刷発行
*文中の太字は本文より抜粋

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