『水仙月の四日』(宮沢賢治)
*2022年2月朗読教室テキスト①ビギナーコース/③番外編
*著者 宮沢賢治
雪婆んごは、遠くへ出かけて居りました。猫のやうな耳をもち、ぼやぼやした灰いろの髪をした雪婆んごは、西の山脈の、ちぢれたぎらぎらの雲を越えて、遠くへでかけてゐたのです。ひとりの子供が、赤い毛布にくるまつて、しきりにカリメラのことを考へながら、大きな象の頭のかたちをした、雪丘の裾を、せかせかうちの方へ急いで居りました。(そら、新聞紙を尖つたかたちに巻いて、ふうふうと吹くと、炭からまるで青火が燃える。ぼくはカリメラ鍋に赤砂糖を一つまみ入れて、それからザラメを一つまみ入れる。水をたして、あとはくつくつくつと煮るんだ。)ほんたうにもう一生けん命、こどもはカリメラのことを考へながらうちの方へ急いでゐました。
新年に宮城県の鳴子温泉を訪れてきました。これまでにワークショップなどで数度足を運んでいましたが、過去のどの時期よりも雪深く、踏み入れた足はズボボボッ、ズボボボッと自分の思った以上に雪中に潜り込んでいきます。地面を覆う雪の厚みと、視界の及ぶ限りの雪の広さとを頭の中で掛け算したら、人の暮らす空間よりも雪の方が多いのではないかと思うくらい。到着した場所で外に面したドアの鍵穴が氷りついて鍵が差せない、という状況も嘘みたいな本当の話です。私は普段東京に住んでいますが、時折このように野山と密接な土地を訪れると、自分の頭の中の「常識」がほんとうに小さなものでしかないことを思い知らされます。
翌日は朝から天候が荒れました。新幹線の駅まで運んでくれる電車が動かないのではないか、という知らせが入り、宿の窓からは吹雪いたり止んだりが数分おきに繰り返されて、それに合わせて頭の中も「本当に帰れなくなる状況」と「いやいや大丈夫でしょう」が行ったり来たり。結局、鳴子より先の電車は運行停止しましたが、鳴子から新幹線の駅までは動いてくれることになり、東京だったら確実に機能停止してしまうような風雪の中を、雪国の電車はゆっくりと(けれども遅れることなく)頼もしく走ってくれました。
電車の窓から見える景色はやはり吹雪です。物語に登場する雪婆んご、そしてのちに登場する雪狼(ゆきおいの)も雪童子(ゆきわらし)も、この雪渡りの平原にいてもなんらおかしく感じません。むしろ、吹雪く風、乾いた雪風が彼らの声に聞こえて来、その存在を否定することが不自然なよう、都会にいる友人を思い出して「雪婆んごは本当に存在していたよ」って言ったら、想定通り怪訝な顔をするのか、あるいは少し説得力がこもって伝わったりするのかしらなどと考えていました。
朗読教室2月のビギナーコース、番外編のテキストは『水仙月の四日』です。雪婆んごや雪狼たちがどのようにして水仙月の四日のお役目をこなしているのか、お伝えできたらと思います。
朗読教室 : 2月のスケジュール
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