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『細雪』(谷崎潤一郎)

*2021年12月朗読教室テキスト②アドバンス
*著者 谷崎潤一郎

「こいさん、頼むわ。―――」
鏡の中で、廊下からうしろへ這入って来た妙子を見ると、自分で襟を塗りかけていた刷毛を渡して、其方は見ずに、眼の前に映っている長襦袢姿の、抜き衣紋の顔を他人の顔のように見据えながら、
「雪子ちゃん下で何してる」
と、幸子はきいた。
「悦ちゃんのピアノ見たげてるらしい」

こいさんへの呼びかけで物語が始まり、鏡越しに背後を確かめると「妙子」が部屋へ入って来、襟を塗りかけていた刷毛の瑞々しい肌と、水分を含んだ白粉のクローズアップとなり・・・・
 谷崎潤一郎の作品を読むと、労力を使わずとも頭の中で映像がどんどん湧いてきます。それどころか、登場人物の声や口調まで容易に再生できてしまうから少しやっかいに感じることもしばしばです。油断していると、映画館でモノクロフィルムがパチパチという雑音をさせる上映風景さえ頭に浮かんでしまうのです。

『細雪』はとても長い小説で、戦時下での刊行は一筋縄ではいきませんでした。昭和18年1月に中央公論で連載が始まりましたが、陸軍報道部からの中止命令を受け、掲載禁止となりました。けれども谷崎は執筆を続け、中央公論社からは発表できなくとも原稿料が支払われ続けたといいます。翌年「細雪 上巻」を私家版として刊行しましたが、私家版といえども印刷したこと自体を警察当局から厳しく指摘されました。
昭和20年には、大阪の印刷所で組版中だった「細雪 中巻」が空襲に合い、校正刷だけが残りました。終戦後、昭和21年から23年にかけて、ようやく「細雪 上巻」「細雪 中巻」「細雪 下巻」が順次中央公論社より刊行されました。

そんな作者の苦労をもろともせず、「細雪」に登場する4人の姉妹らとその家族たちは物語の中でいきいきとおしゃべりを弾ませ、思い通りの人生を直進して行きます。陽気で自由奔放、西洋や日本風の人形を製作して生計をたてている四女の妙子(こいさん)、いつも決してすぐには首を縦にふらないけれども嫌ともはっきり言わない三女の雪子、面倒見がよく器量よしで世話好きな次女の幸子、四姉妹の長女で6人の子供を持つ長女の鶴子。戦前から戦後にかけての時代と、舞台となる関西の言葉の抑揚に導かれて、「細雪」という繊細なタイトルよりも骨太く進行していきます。
 
12月の朗読教室アドバンスコーステキストは谷崎潤一郎の『細雪』です。
年の瀬に、4人の女たちの交わす生きた会話をぜひ朗読してみませんか。

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*文中の太字は本文より抜粋
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