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【#13】殺人鬼一家の末娘ですが、なにか質問ある?【QJKJQ】

 みんな、殺人鬼って好きー? 僕は好きー!
 そんなわけで、今日紹介する小説は。こちら!

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QJKJQ

【佐藤究】

 章タイトルは
 プロローグ
 Ⅰ キルハウス
 投資家のための殺人人類学
 Ⅱ 汝、永遠なれ
 投資家のための殺人人類学
 Ⅲ バウンダリーキラー
 エピローグ

 ”わたしは美容室に行かない。行ったこともない。他人に刃物をにぎらせて、じっと目を閉じているなんて”(文庫版P15)

 主人公の名前は市野亜李亜《いちのありあ》。女子高生。監視カメラに見られるのが嫌い。マリリン・マンソンのアルバムとか本とか缶バッチとか集めている。鹿角《スタッグ》に惹かれて、削ってつくったお手製鹿角ナイフを忍ばせている。そして、殺人鬼ファミリーの末娘。

”その部屋で、男の人をシャフトでぶん殴るのが、母のやり方だ”(文庫版P29)
”母は冷たく男を見下ろして、シャフトを顔面に突き刺す。硬い音と湿った音が混ざって、血が致命的な分量で飛び散る。”(文庫版P30)

”兄がすごいのは、女の子の喉を咬みちぎるあごの強さだ”
”上あご用のマウスピースを。たぶん鋼で作られていて、とがった二本の牙はハロウィンの仮装グッズみたいだ”(文庫版P34)

 42歳の母。ラクダのこぶが好きで、薄化粧でも綺麗な母は、フィットネスで使う長さ160センチ、重さ9キロのバーベル用のシャフトを持ち上げて、家に連れ込んだ男の後頭部や眉間をめちゃくちゃにぶん殴って殺す。どうしてそんなバキの猪狩完至VSシコルスキーのときみたいな撲殺方法を取るのかといえば、人は殴ればこぶができるから。
 21歳の兄。身長180センチ、肌は浅黒く目つきは鋭い。革製品が好きな引きこもり。喉を咬みちぎって失血死させたあと、ツルハシとくちばしで胸を裂いて心臓を取りだし、秤に置いて、マウスピースと重さを比べる。どうしてそんなことをするのかと言えば、亜李亜にもよく分からない。
 本人にしか分からない感性。本人にしか分からない悦楽。
 そのために家族は人を殺す。彼らは猟奇殺人鬼一家なのである。

 そんな母親とお兄ちゃんが、殺されたとしたら?
 お兄ちゃんはパン切り包丁でめった裂きにされて、お母さんが行方不明になったとしたら?

”あれは、とてつもなく殺し慣れた奴の仕業だ。素人では兄を殺せない。まちがいなくわたしたちと同類”(文庫版P81)

 殺人鬼を殺せるのは殺人鬼だけ……。化物には化物をぶつけんだよ。みたいなことを言いだしたなこいつ。
 素人じゃあ殺人鬼は殺せない。兄を殺した〈パン切り包丁〉は、狩りに出る殺人鬼。しかも殺人鬼一家の家にやってくるような、頭のイカれた殺人鬼だ。しかも、家中くまなく探しても〈パン切り包丁〉の姿も、その痕跡すら見つからない。
 正体不明の殺人鬼の存在に気が立つ亜李亜だったが、ふと、ひとつの仮説にたどり着く。
 いるじゃん。すぐ近くに。殺人鬼。
 父親という殺人鬼が。
 兄が死に、母が行方不明になったというのに、平静のままである父親に、亜李亜は疑いの目を向けるようになる。
 そんな彼女に、謎の〈機関〉の影が迫る。

 殺人鬼を殺せるのは、殺人鬼だけだ! のノリからまあまあ推測できるだろうが、この小説、かーなーりートンチキ度が高い。
 なにせ殺人鬼一家で起きた殺人事件と、その周りを暗躍する「人殺しが人を殺す映像を資産家に見せている謎の研究機関」にまつわる話だ。
 佐藤究は本作にて江戸川乱歩賞を受賞し、再デビューを果たすわけだが、江戸川乱歩賞は探偵小説の賞レースであり、この小説も多分に盛れず、ミステリーなわけで、謎を追い求める小説なわけだが、この小説における謎は一体なんだろうか。
 兄を殺した〈パン切り包丁〉の正体? 消息不明となった母の行方? 研究機関の正体? どれも違う。いや、違うとは言い切れないが、それを追い求めているわけではない。それら全てが、軸となる大いなる謎のヒントに過ぎない。

 ”殺人遺伝子《キラージーン》は、存在するか?”(文庫版P96)

 人は、なぜ人を殺すのか。
 人を殺す人間と、殺さない人間に違いはあるのか。

 人類史における大いなる謎のひとつにして、だからどうした。だったらどうしたと言われかねない謎のひとつ。ふたつめは「どうして人を殺しちゃいけないの?」でみっつめは「人を好きになるとはどういうことでしょう?」だ。
 真剣な表情でそれを語られれば、思わず息を吐くように笑いかねない話題である。だからどうした。だったらどうした。ダメなものはダメで、殺す理由を知ったからなにになる? システムが分かったところで、それが一体なんの益になる。
 大いなる謎でありながらなんだか笑えてくる謎。
 第二作「Ank:a mirroring ape」刊行時に公開された恩田陸との対談で出た言葉を引用すれば「B級のA」。
 極めればそれは、エンターテインメント性に満ちあふれた至上の謎に開花する。
 それに、『人は、どうして人を殺すのか』という謎を解く理由は、人類史に必要かどうかは分からないけれども、少なくとも、本作においては存在する。
 それを知ることで初めて『亜李亜』は『亜李亜』になれるから。
 亜李亜は初めて、自分を知ることができるから。
 殺人鬼一家と謎の研究機関。
 あまりにもトンチキでふざけた軸を抱えながら走りながらも、この小説の終わりは青春小説のように、あるいは、すぱっと長い髪を切ったばかりのときのように爽やかな読感なんだ。

 そんなわけで『QJKJQ』。
 爽やかで軽やかで、それでいて美しい。殺人と暴力と『自分探し』のエンターテインメントが大好きな、つまるところ僕の紹介を眺めているような人にこそ勧めたい、佐藤究。そのデビュー作。オススメだよ。







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