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【SS】クラゲ・フォーリンラヴ

ー海月のように揺蕩うように。人は気付いたら恋に落ちている。


「佐久間くん明日暇?すみだ水族館行ってみたいんだけど付き合ってくれない?」
女友達の撫子からそんなメッセージが送られてきたのは、つい昨日のことだった。もともと暇だったし快諾した結果、すみだ水族館の前で待ち合わせする事になった。
撫子とは学校で同じクラス。音楽と漫画、ゲームの趣味が合うので、よく話す友達だ。異性としてちょっとだけ意識してるとかしてないとか。

待ち合わせ時刻5分前。
東京スカイツリーのふもとにあるすみだ水族館は、今日も人で賑わっている。
スマホを眺めながらのんびり待つ。
「そろそろ着くよ!」
元気いっぱいのメッセージとヘンな猫のスタンプ。
顔を上げると、目の前にはいたずらっぽく笑った撫子の姿。
黒のブレザージャケットに、中は白のカットソー。薄ピンクのショートパンツ。
耳元には、主張しすぎない小ぶりのイヤリング。
いつもカジュアルな服装の撫子が、こんなにおしゃれしているのを見るのは初めてだった。
正直とてもかわいい。
「やっほー」
「おう」
とりとめのない言葉を交わしながら、水族館の中に入る。

水族館に来るのは、幼少期に家族に連れられて行った以来だった。
楽しげに泳いだり歩くペンギン達。
優雅に水面を彩る金魚。
マヌケな顔のウツボ。
突然穴に引っ込んだりするチンアナゴ。
どこか現実離れした世界。竜宮城に迷い込んでしまったような錯覚に陥る。
そんな不思議な世界を、二人で写真を撮ったりして楽しみながら探検する。

撫子なんて名前なのに、大和撫子とは程遠いイメージの彼女。
美人というよりはかわいいと言われるタイプだ。
「わーエイ!でか!」
大水槽で迫り来るエイを眺めたりしながら、はしゃぐ彼女。
その度に短いボブヘアーが揺れる。
心の底から楽しそうだ。
はじける笑顔が眩しい。

撫子といると居心地が良い。
他の女子と違い、変に気を遣う必要が無い。
ずっと一緒にいたい。
一緒にもっと色々なところに行きたい。
これまで漠然と抱いていた感情が、確信に変わった。

僕は撫子の事が好きだ。


六階に上り、クラゲコーナーにたどり着いた。
クラゲといっても色々な種類がいる。
ミズクラゲの水槽の前で二人立ち止まる。
ライトアップされているクラゲたちはとても綺麗だった。
撫子の方をちらっと横目で見ると、透き通った目でクラゲをじっと見つめていた。
まるで魅入られてしまったような。
その光景は、この世で一番美しいものに思えた。
クラゲに魅入られる撫子と、そんな撫子に魅入られてしまう僕。

「こうしてると、なんかさ」
クラゲの水槽を見つめながら、ふと撫子が口を開いた。
「うん?」
「私たち、付き合ってるみたいだね」
どきっとする。
改めて撫子の方に顔を向ける。顔がほんのり赤くなっている気がする。
自分の口にした言葉に、恥ずかしくなってしまったようだ。
こっちだって恥ずかしい。照れくさい。でもとても嬉しい。

胸がいっぱいになって、思わず僕から飛び出た言葉。
「……また一緒に来ような。」

宙ぶらりんになっていた、お互いの右手と左手。
自然と触れ合い、重なり合って一瞬離れてから、指と指が絡み合った。
恋人つなぎ。
ぎゅっと繋がれた手から伝わる体温。
心臓の鼓動が速くなる。

「好きだよ」と口走りそうになったが、お互いの体温を共有しているこの状態では、そんな言葉さえももう必要ない気がした。
撫子もきっと同じ気持ちだろう。

水の中を揺蕩うクラゲたち。
眩い光と幻想的な雰囲気が、僕たちを包み込んでいた。

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