「相手にいい時間を与えよう」はバトンのようにまわっていく
僕は「インプロ」と呼ばれる即興の演劇をしている。台本の無い中で、プレイヤーたちのやりとりの中から演劇を生み出していく、というものである。
僕がインプロに出会ったのは、大学の授業においてだった。東京学芸大学で教育学を学んでいたところ、「ワークショップを学べる授業があるらしい」と行ってみたらそれがインプロだったのだ。
インプロはイギリスの劇作家であったキース・ジョンストンという人物が始めたものである。キース・ジョンストンは85歳となった今でもインプロを教えていて、そして「私はいまだにインプロの教え方が分からない」と言っている素敵なおじいちゃんである。
そのキース・ジョンストンがインプロにおいて大事にしている考え方に次のものがある。
“Give your partner a good time.”
(相手にいい時間を与えよう。)
インプロにおいては「いい演技ができた」「いいストーリーができた」ということ以上に、「いい関係を作れた」ということを重視する。そしてお客さんはプレイヤー同士のいい関係を見て、それを喜びに感じて笑うと考えている。
僕はこのことを大学で師匠から学び、とてもいい考え方だと思った。しかし実際に行動に移せたと思えたのは、それから1年以上も後のことであった。
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大学4年生の3月、つまり卒業直前に、インプロ仲間である友人「もっちー」と僕は岩手県の学生演劇祭に招待された。「現地の人たちにワークショップを行い、それを最終日にホールで発表してほしい」という依頼だった。
僕たちは大学時代最後のチャレンジだと思い、意気揚々と岩手へと向かった。しかし現実は想定していたものと違っていた。僕たちはてっきり現地の人たちはそういう企画に乗り気なのだと思っていたのだが、実際にはそれほどでもなかったのだ。
1日目、2日目、僕たちは苦戦していた。現地の大人たちにインプロを紹介しても「なるほど、素敵なものがあるんですね」と言うだけで、実際にやろうとはならなかったからだ。(後に現地の人に聞いたところでは「ここらへんの人たちは興味があることに参加するよりも見学していたい人たちが多い」とのことだった。)
風向きが変わったのは3日目からだった。この日のワークショップには地元の小学生が6人ほどやってきた。そして子供たちはこの日、インプロにハマっていた。当初はこの日だけ来る予定になっていたのだが、急遽「明日も来る!いや、全部来る!」という流れになった。
次の日にはさらに子供たちの友達も増えて、ワークショップ参加者はほぼ子供たちになった。
ワークショップでは印象に残っている場面がある。それは「二人羽織」というゲームをした時のことである。
これは見た目は寄席などで行われる二人羽織と同じで、二人一組で後ろの人が手を、前の人が話を担当するというゲームである。
はじめのうち、子供たちは手と話がバラバラであった。それでもそれなりに面白いものにはなるのだが、インプロは「相手にいい時間を与える」ものだから、それがこのゲームの狙いではない。
僕は「話す人は手を見てみよう。手が何を話すかを教えてくれるよ」と言った。すると話を担当する子供は手の動きにあわせて話をするようになった。それは見ている人たちにとっては面白く、そして嬉しいものだった。
そこから子供たちは二人羽織のマスターとなった。話す人は手のことをよく見て、手の人は話す人の様子をよく見てゲームを行うようになった。
そしてこの日、もっちーと僕は「子供たちを舞台に上げよう」と決めた。僕たちは子供たちに出演依頼をした。子供たちは「出るよ!」と快諾した。
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発表会当日になった。発表会が行われるのは300人以上が入る立派なホールだった。お客さんも十分に入っていて、子供たちは少し萎縮しているようだった。そこで僕はこんな話をした。
お客さんは君たちのことを「演劇を頑張る子供たち」くらいに思って来るだろう。しかし君たちはそんなものではない。君たちはとても面白い。お客さんをびっくりさせよう。
子供たちは目を輝かせた。
発表会はもっちーがMC・ディレクターとなり、僕は子供たちをサポートするプレイヤーとして参加した。
発表会はあっという間に感じられた。僕はこれまでもいくつかのインプロ公演に出ていたが、これほどまでに時間があっという間に感じられたことは無かった。
僕はこれまで「相手にいい時間を与える」ことが大事だということが分かってはいても、どこかで「自分がうまくやろう」としていたのだと思う。しかしこの日は本当に、ただ目の前の子供たちを輝かせることだけに集中していた。それは僕にとって新しい感覚で、そして気持ちのいい感覚であった。
発表会が終わった。そこにはお客さんの暖かい拍手と子供たちの達成感が残った。
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発表会が終わった次の日、僕たちは子供たちとお別れをしていた。子供たちからはたくさんの手紙と花束をもらった。さらに次の日には小学6年生の女の子から次のようなメッセージをもらった。
私たちは、今月の17日に卒業を迎えます。そのあとの、祝う会で皆さんに教えていただいた{インプロ}を皆に広めていきたいと思い、今計画を練っています。
皆さんが、私たちに良い時間をくださったように、今度は私たちが良い時間を色々な方々へ与えていきたいと思っています。
「相手にいい時間を与える」ということはワークショップの中でも扱っていた。しかし今回は子供たちが相手ということもあり、説明にはそれほどの時間をかけていなかった。しかしそれでも伝わっていることに僕は感銘を受けた。
それはリレーのバトンのようなものなのだと思う。誰かからいい時間をもらう。すると今度はそれを誰かに与えたくなる。そういうふうにまわっていくものなのだと思う。
僕は今インプロをパフォーマンスしたり、教える活動をしている。それは僕の師匠や、仲間や、教えている人たちから受け取ったいい時間を、また誰かにまわしていく行為なのだと思っている。
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