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うとQ世話し「冬のひまわり」

2020/12/27
(うとQ世話し「冬のひまわり」)
夏のある日、お店に向かうのに公園墓地を抜けていくのですが、その公園に入る手前、左手遠方の工事に使う重機置き場の銀色のスティール塀の前に一瞬ですが何か黄色い帯のような物が目に入った気がして
「んっ、何?」
そして
「歳で黄斑変遷症が更に進んだか」
と憂鬱になりかけました。
しかし毎日自転車ばかり漕いでおりますと、年の割には存外動体視力が上がっていることにも気づいておりましたので、
「気のせいではないかもしれない」
と、これまた瞬時に思い直して、自転車を止め、彼方に目をやると、間違いなく鮮やかな黄色に染まった広がりが見えました。
「こんな処にそんなものあったっけ?」
と、自転車を左の道に切って近づいて見ると、それは辺り一面のひまわり畑でした。
自分には知識がないのでよく分りませんでしたが、恐らく一夜にしてひまわり畑の花々が一気に開花したのでしょう。
「へぇー、スゴイ!!良い物見つけた!!」
それからというもの、雨の日以外は少し寄り道をして、毎日ひまわり畑の様子を見ながらお店に向かいました。
お店の休日には、何時までにお店に行って事務処理を終えなくてはならない、という縛りもなかったので、自転車を降りて、気ままに写真を何枚か撮ったりもしました。いろんな角度や思いついたいろんなテーマに沿って。
ところが夏も終わりかけたある日、あまり立ち枯れのひまわりが目立つわけでもなかったのに、ひまわり畑の脇を通ろうとすると、これまた一夜にして全部のひまわりが消えておりました。
「えっ、何?なんで?」
理由は分りませんが、恐らくこの土地の持ち主さんが一晩で全部のひまわりを刈り取ったとしか考えられませんでした。
一体、あれだけの本数を咲かせて、これまたあれだけの本数を刈り取った。
何のために?
そう言えば、時たま車で乗り付けてしばらく眺めていく人たちも何組かはおりましたが、その数は少なく、とてもその人数や訪問回数に合わせて植えられていたのだとも思えません。
ところがそれから数日後、刈り取られたひまわりのない裸の畑に鳩や名前の分らない鳥たちが朝から集まり、多分ひまわりを刈り取ったときに落ちた種だと思うのですが、畑のあちこちで気ぜわしく地面をつつく姿が見受けられました。
「鳥のためのひまわり?ひまわりの種作りの畑?」
益々このひまわり畑が何のために「豪勢なプレゼントでもあるかのような、あの盛大な偉容を誇っていた」のか分らなくなってしまいました。
ところがそれから数ヶ月後、裸だった畑に緑が広がり始め、あっという間に成長していきました。
「今度は何が生えてくるのだろう?」
何か謎めいていて、だんだんこの道を自転車で通り過ぎるのが面白くなってきました。
そして初冬にさしかかろうとしたある日、その畑は再び黄色く染まりました。又々一夜にして。
冬のひまわり畑だったのです。
「ひまわりって夏だけじゃないんだ。冬にも咲くんだ。そんな事ってあるんだ」
大変な驚きでした。
「あり得ないことがあり得る事も世の中にはあるんだ」
そう思うと、訳も分らず、なんだか、急にうれしくなってしまいました。
コロナで、冬で、風前の灯火の自分たち。
それでも「あり得ないことだってあるんだ」
というこの冬のひまわりは、いろんな物を示唆してくれる大切な宝物のように思われました。
自分は自転車を降りて、お店の準備が遅れるのも忘れ、無我夢中でいろんな角度から冬のひまわり畑をスマホでとり続けました。
                                (完)

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