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不便益

何もかもが便利になる今の時代。

従来、人間が頭を動かして行なっていたことは全て機械が担ってしまうシステムが出来上がってきた。

この動きは今後も進むばかりな上に今後も急速に成長するはずだ。

しかし同時に需要が出てきそうなのが、「不便益」な世の中。

これは新たな境地に入った現代であるからこそ、出てきた言葉なのかもしれない。

不便なのって正直いやだなってマイナスのイメージがある人も少なくないかもしれない。

今までは人間がいかに楽で快適になるかという基準で便利さが発達してきたと個人的に考える。

しかし、便利さが発達した反面、それは人間の主体性を奪ってしまっている。

便利さ故に人間は受動的になりつつある。

頭を使ってそのうえで行動することを忘れてしまっている。

それは楽だから確かにいいかもしれない。

だけど、ここで本当の豊かさというものをいま一度考えたい。

人間にとって本当の豊かさってなんだろう。

この答えに関しては人それぞれでいいと思う。

それがその人にとっての豊かさだからね。

だけど僕はこう考えたんだ。

この豊かさを考えた時に能動的に考えたり行動したりする際の創造力や新たな発見こそが豊かさに繋がるのではないかって。

五感を通してコトを消費した時って新しいものを生む可能性をとても秘めてそうだなって。

つまり、ある程度の不便さが本当の豊かさを生むのでないかということ。

建築を学んでいる僕からすると、とても快適な空間、便利なまとまった動線が全てと考える人が多いと思うが、五感に働きかける空間はヒトの本能に問いかけ、創造力豊かな人間を生みそうである。

そしてその人の幸せ度数を上げるだけでなく、その周りの人へと伝染していい循環が生まれていったら最高だなと。


話を戻す。

何が言いたいかっていうと

世の中は常に便利さを求めていくけれど、便利すぎるが故に人間は本当に大切なものを忘れているのではないかなと思う。

本当の豊かさはある程度の不便さであるということに気づく人が今後どんどん増えていってそこに需要が増すばかりなのでないかなという僕の妄想。

ここで考える時に大切なのが極端に便利な世の中でも極端に不便な世の中でもなく、程よくメリハリのとれたバランスのある便利と不便。

便利と不便の黄金比がわかったら、世界の幸福度は簡単に変えられそうだなって。

これは国や地域、時代によっても様々だし、個人差もあるから全ての人に当てはまるかどうかはわからないけれど、相関的にこの黄金比を算出出来れば面白そうである。


やっぱり不便益って言葉好き。



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