神官と秀才、幕末の京に散る ~真木和泉、久坂玄瑞の絆~ 第4話 禁門の変。
第4話 禁門の変。そして選んだ道
池田屋事件。元治元年(1864)6月5日に起きたこの出来事は「階段落ち」がドラマや映画で演じられて語り草となっているが、新選組の力を世に知らしめた一方で長州にとって大打撃となった。池田屋に集結していた尊王攘夷派の志士には長州藩出身の者も多く「御所に火を放ち、その機に乗じて孝明天皇を長州にお迎えする」という計画の決行を前に斬り込まれたからだ。切羽詰った長州藩は孝明天皇に「八・一八の政変」が陰謀だったことを訴えて名誉を回復するため打って出た。
和泉と久坂が率いる清側義軍(第一浪士隊)をはじめ遊撃隊など五隊に分けて上京。清側義軍は6月24日、山崎に到着して天王山まで進み本陣を敷いた離宮八幡宮内に「長藩攘夷祈願所」の大札、中営とした宝寺に「筑後国高良大明神」の大旗を掲げた。対する京都守護職・松平容保(会津藩9代藩主)は長州藩の動きを警戒しておよそ1500の兵力を動員しており、そこには局長・近藤勇率いる新選組もいた。一橋慶喜が長州藩征討を決めたのは7月17日のことだ。
征討の意を知って山崎・天龍寺の陣営で長州藩の家老・福原越後、国司信濃、益田右衛門介をはじめ真木和泉、久坂玄瑞など20名余が軍議をひらいた。
「ほざくな!ここは一挙に兵を進め松平容保ら謀反者を討たずにどうする!」
遊撃隊を率いる来島又兵衛が久坂玄瑞に反論して怒鳴った。
和泉より4歳下で同世代の来島又兵衛は戦国武将のように豪快な気風で、英国公使館焼き討ち事件(文久2年12月12日)を首謀するほどの胆力を持つ高杉晋作や久坂玄瑞でさえ来島にかかっては子ども扱いされてしまう。
「大坂まで一旦退くとは怖じ気づいたか若僧!」
「ご老体こそ情勢を見るべきでしょう。大義を考えれば、今下手に朝廷に向けて仕掛けるのは得策でない。それに幕府は薩摩、会津とともに兵力を充実させちょるし、大坂で援軍を待って戦備を立て直したほうがいい」
久坂も譲らないが、すでに火が付いた来島の気持ちを静めるには至らず「真木殿」、「和泉さん」両人だけでなく家老たちも最年長の真木和泉に判断を仰いだ。
「…久坂の考えも一理ある。だが来島は一人でも暴発するじゃろう。そうなれば我が軍は士気が上がらぬまま戦うことになりかねん…」考えを巡らせた和泉は来島の意見を支持した。
「私は楠木正成公の思いを忘れずに尊皇攘夷を誓ってきた。たとえ朝廷に向けて進撃してもその気持ちは孝明天皇に伝わると信じているよ」
和泉の言葉に久坂は亡き恩師・吉田松陰を思い浮かべた。一同からも異論はなくこれをもって18日夜に進撃開始することが決まった。
蛤御門と天王山と辞世の歌
7月19日に幕府は長州藩追討の命を発し、来島又兵衛の遊撃隊が会津藩が守る蛤御門を攻めて戦闘状態となり「禁門の変」の火蓋が切られた。当初は長州側が会津を圧して優勢だったが、薩摩藩兵が駆けつけて乱戦となる。
薩摩の西郷は馬上で足に弾が当たり落馬するも命は落とさなかった。その後、馬上にあった来島又兵衛は薩摩から狙撃されて落馬。弾が胸を貫く致命傷で「もはやこれまで」と自ら槍で喉を突いたという。
一方、清側義軍は丸太町から入京するも堺町御門で福井藩兵に遮られて鷹司邸に籠城。蛤御門の戦いを終えた各藩の兵が駆けつけたため万事休す。
「和泉さん、無念です」久坂玄瑞は松下村塾でともに学んだ寺島忠三郎と差し違えて自害した。
享年24。辞世の歌は「時鳥 血に鳴く声は 有明の 月より他に 知る人ぞなき」
真木和泉は鷹司邸の乱戦で指揮をとるなか股を撃たれたが、山崎まで退いて天王山に着いた。天王山には引きあげてきた200名ほどがおり、和泉はその人数で幕府軍に抵抗するのは難しいと考えて残った者に早く逃れて今後の活動に励むよう勧めた。
「私は御所を血でけがしたこのたびの戦の主犯であり、死をもってつぐないたい」と話したところ、生死を共にしたいと申し出る者がおり和泉はやむを得ず受け容れた。和泉を含め17人が天王山で退却する者たちを見守った後、21日に新選組をはじめ幕府軍が入山。
享年52。辞世の歌は「大山の 峯の岩根に 埋めにけり わが年月の 大和魂」である。
第1話 神官、風雲を前に美人妻と長崎・小浜温泉を旅する
第2話 真木和泉、薩摩で西郷隆盛に会えず上京 寺田屋騒動で収容される
第3話 和泉、勝海舟に会い坂本龍馬を知る
第5話 久坂玄瑞の妻・文、真木和泉の妻・睦子はその後…
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画像は『写真AC「タイトル:門 日本 庭園 門扉 神社 寺 京都御所 歴史(作者: LYD)」』および『写真AC「京都御所 蛤御門 弾痕(作者: ryujinmaple)」』より
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