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歴研部員「橘の君」事件簿【第8話】妖刀の行方 Ⅰ
「ななお、出てきてちょうだい」
私は猫塚に向かって呼びかけた。
どんよりとした曇り空の下、幸いにしてほかに人はおらず躊躇はなかった。
「聞こえてるんでしょ!教えてほしいことがあるの」
さらに声を張った。
すると白い煙のようなものがもくもくと湧きだした。アキラくんのときと同じだ。
白い煙はやがて“七つの尾の猫”になって物憂げにしゃべった。
「こうも気軽に呼び出されるとはのう。いちおう猫大明神として祀られとるのじゃが」
私はななおのぼやきなどおかまいなしで核心に迫った。
「昨晩も夢で『こちらへおいで』って呼ばれたのよ。単なる夢とは思えない感じがしたの」
「ななお。私に言ったわよね『自分が何者なのか知らない』って」
「いったいどういう意味なの。声の主は誰?なぜ私を呼ぶの」
矢継ぎ早に問い詰めたところ、ななおはちょっと考え込んでから答えた。
「だから言ったであろう。ご機嫌を損ねるかもしれないから余計なことは話したくないのじゃ」
「っていうことは、夢に出てきた声の主はあなたより力があるのね」
私はななおが煮え切らないのでイライラしてきた。ななおもそれを察したようだ。
「まあ待て。私は聞いてないから夢の声が誰なのかは知る由もない。ただ、“神の気配”がするのじゃ」
「え!私が神様だっていうの!そんなはずないじゃん」
まさかの展開に思考が追いつかない。
「勘違いしてはいかん。“神の気配”がするのであって、そなたが神だとはいってないぞ。あ、こんなこと話したら逆鱗に触れるかも。くわばらくわばら」
私は「神様ではない」と聞いて、少し拍子抜けするとともにホッとした。そしてモヤモヤしてきた。
「もう、じれったいわね。だったら私は“何者”なのよ。わかりやすく話してちょうだい」
ななおを問い詰めたところ、しぶしぶ語りはじめた。
タチバナノキミの伝説
神代の昔、山を神として崇めていた。大山 (一説には今の神奈川県伊勢原市の大山といわれる) 辺りを知行する国守をオオヤマズミ(大山統み)と呼んだ。
世襲によって代々「サクラウチ」、「オオヤマカグツミ」、「マウラ」がオオヤマズミとなった。三代目のマウラが橘(ミカンの木)を植えたことから「橘君(タチバナノキミ)」になったという。
ななおが話す神代の歴史に「タチバナノキミ」が出てきたので驚いた。
「私の苗字が立花寺君枝だから“タチバナノキミ”ってニックネームをつけられているけど、それは偶然でしょ」
そう訝しむと、ななおがさらに続けた。
「あだ名については知らぬが、私はそなたがタチバナノキミと縁があるゆえ“神の気配”をもっておると感じたのじゃ」
「じゃあ、夢の声はタチバナノキミっていうこと」
「それはわからん」
ななおは気まずそうに答えると煙になって消えてしまった。
結局、確かなことは知らないようだ。神代の昔から「タチバナノキミ」が実在したという情報だけでもよしとするか。
私は夢の声の真相がわからず、釈然としない心持ちで家路についた。
JRを乗り継いで佐賀まで行ったのに十分な収穫は無く、足取りは重い。
自宅に着くと冷蔵庫からオレンジジュースを取り出してのどを潤す。
時計を見たら夕食にはまだ早い。そうだ、母に聞いてみよう。そう思いついて久留米の実家に電話した。
「君枝ね?なんばしよっとね!よなっときだけん!」
相変わらずお気に入りのテレビCMのセリフが返ってきた。
本人はギャグのつもりらしいが、私は何回も聞かされているので適当に受け流して本題に入った。
「ねえ、お母さん。立花寺家と“タチバナノキミ”の関係とか知っとる?」
「何ね、いきなり。そういえば新婚の頃、現人神社(あらひとじんじゃ)に連れて行ってもらったとき、お父さんが話しよったねぇ」
「那珂川にある現人神社のこと?で、お父さんなんて言いよった?」
「まだあんたが生まれる前のことやけん。それに私もあんまり興味がなかったけん、真剣に聞かんやったし、よう覚えとらん」
「もう、なんか覚えとろうもん」
「そうそう。現人神社に立花木ちゅうところがあって、それと“タチバナノキミ”が関係あるとかないとか…」
なんとも頼りにならない情報だが、現人神社が関係していそうだ。私は電話を切るとネットで調べてみた。
『古事記』によるとイザナギノミコトは世界を作った男神とされる。イザナギは女神・イザナミノミコトが亡くなったことを嘆き「黄泉の国」を訪ねるが、すでにイザナミの体が腐っていたため怖くなって逃げだしてしまう。
イザナギノミコトは黄泉の国の穢れを払うために禊を行ったところ、三柱の神様が生まれた。三柱である底筒男命・中筒男命・表筒男命を「住吉三神」と呼ぶ。
イザナギノミコトが禊を行ったのが、現人神社の近くにある那珂川のほとりの立花木(かつての橘)だという説があり、現人神社は住吉三神のルーツとされるそうだ。
「立花木か…なんか“タチバナノキミ”との縁を感じるわね」
私はななおが話したことと現人神社の逸話を重ね合わせて一人唸った。
朋友からの連絡
そんなことを考えていたら、スマホが振動した。電話の着信だ。
ディスプレイには「なつき」とある。
朱雀坂七津姫(すざくざか なつき)は実家が近く、子どもの頃から一緒に遊んだ幼なじみのようなものだ。
なつきは高校2年生のとき、ゴイサギの“ゴイっち”と脳内でリンクする不思議な体験をしている。私もその事件に巻き込まれた。
現在は漫画家を目指して、福岡市にある専門学校に通っている。
昔からマンガやアニメが好きで、いつもコミックを読んでいた記憶がある。“ゴイっち”の一件が落ち着いてから、漫画家になりたいと言い出した。私もそう明かされたときは納得して「なつきなら、なれそうな気がする」と背中を押した。
「なつき。久しぶりやん。どげんしたと」
電話に出ると、いつになく神妙な声が返ってきた。
「君枝、会って話したいんやけど、明日とか時間ある?」
「いいけど、電話じゃダメと」
「うん、久しぶりに君枝の顔も見たいし」
「そうだね。じゃあ、明日の講義が終わってからでいい? そっちは授業大丈夫なの」
「何とかなる。私が君枝んちに行ってもよか」
「いいよ。でもなんか深刻な話なの?」
私はなつきの話しぶりが気になって聞いてみた。
「ん~実は、道真公から言われたんだ…」
道真公とは太宰府天満宮の菅原道真公のことである。
急に“神様”絡みの出来事が続くから、私の胸はざわついた。
『歴研部員「橘の君」事件簿【第10話】妖刀の行方 Ⅱ』へ続く
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