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それでも私はシューベルトを弾き語る|ある音楽教師の回想

ピアニストになりたかった。

いや・・・今もピアニストのつもりで音楽を奏でている。


音楽室でのハプニング

音楽の授業を担当することになりました。

寺岡ともこです。


黒板にチョークで名前を書き、自己紹介した。


私はこの春からM高校に赴任した。

四年生大学の教育学部音楽科でピアノと声楽を学ぶうち、シューベルトの魅力にとりつかれる。

やがてピアニストの道を夢見るようになった。

コンクールに出場するため猛練習したが世の中はそれほど甘くない。

予選でよい結果を残せず自信をなくした。

教員免許は持っていたので、音楽教師としてデビューしたのが3年前のことだ。

音楽の教科書から『野ばら』などシューベルトの楽曲を中心に教えている。


M高校に来て最初に行ったのが、忘れもしない2年B組の授業だった。

音楽室には手入れの行き届いたグランドピアノがどっしりと構えていた。


「シューベルトの『鱒』を歌うので聴いてください」


まずはシューベルトが作曲したピアノ五重奏曲であり、歌曲として知られる『鱒』を披露した。

私はピアノを弾きながら歌う、いわゆる”弾き語り”にこだわっている。

ピアノと歌が一体となったときの感動を生徒たちに知って欲しいからだ。

『鱒』を歌い終えると、いつもよりつい熱が入ったため小休止が必要だと感じた。

「10分ほど休憩します。トイレに行くか、配っている原稿用紙に感想を書いておいてください」

私もトイレに行くため席を外した。


教室に戻るとなんだか騒々しい。暴れている感じではなく、楽しそうな笑い声が聞こえる。

「ほんとにもう。高校生ってのは目を離すとすぐふざけるんだから」

心の中でそうぼやきながらドアを開けた。



黒板を見て我が目を疑った。

先ほどチョークで書いた「寺岡ともこ」の「ともこ」が「×」で消されていた。

しかも文字を書き加えて「バーバラ寺岡」になっている。

(ちなみに「バーバラ寺岡」は人気を博した料理研究家である。2017年6月逝去、享年72)。


「誰ですか!こんなことを書いたのは!」


私が声を荒げると、こっちの気も知らず生徒たちはくすくす笑うばかり。

どうやら誰が書いたのか教えるつもりはないらしい。

しかし生徒たちの視線や囁きから犯人の察しはつく。


「Uの仕業だな。知らぬ振りをしても顔に出てるわよ」


内心で指摘しながら、気を取り直して授業を続けた。


音楽が起こした大逆転

「もう1曲、シューベルトの『魔王』を歌います。感想文を書いてもらうからそのつもりで」

『魔王』はピアノの難しさに加えて、一人で「ナレーション」「子ども」「父親」「魔王」を歌い分けるハードルが高い楽曲だ。


私は生徒たちの心に届けとばかりにピアノを弾き語った。

思春期真っ只中の高校生にとってクラシック音楽は退屈かもしれない。

それでも私語を慎み耳を傾けているのがわかる。

M高校は決して進学校ではないが、荒れているという噂もない。2年B組が音楽を理解しようとする感性を持ち合わせているのは救いだった。

渾身のパフォーマンスで『魔王』を披露した私は、反動で脱力感に襲われながら授業を終えた。

「今日はこれで終わります。感想文を提出したら退席してけっこうです」

途中休憩で『鱒』の感想を書く余裕もあったからだろう。各自速やかに感想文を提出して音楽室を出て行く。

数人だけはしばらく熱心にペンを走らせていた。そのなかにUの姿があった。

私は職員室の休憩室で、気持ちを落ち着けてから感想文に目を通した。


Uが書いた「告白」は今も覚えている。


寺岡先生。黒板に落書きしたのはボクです。ごめんなさい。

先生が『鱒』を一生懸命に歌うのを聞いて、自分を抑えられなかった。

それでつい名前をいたずらしてしまったんです。

あんなに迫力があるピアノと歌を聞かせてくれた先生はいませんでした。

『魔王』はもっとすごかった。映画のように情景が浮かんで鳥肌が立ちました。

先生が歌い終わって力尽きたのもわかりましたよ。

「なんか今度の先生すげえな」って思いました。

きっと皆同じように感じているはずです。

これからは真面目に授業を受けますから、またピアノと歌を聞かせてください。

Uの感想文より




私はピアニストになりたかった。

いや・・・今もピアニストのつもりで音楽を奏でている。

そしてこれからもシューベルトを弾き語るだろう。



※この記事は作者が高校時代に習った音楽教師をモデルにした創作です。

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