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歴研部員「橘の君」事件簿【第10話】妖刀の行方 Ⅲ 最終回

蓮華大学は九州でも有数の総合大学として知られ、全国から集まった多くの学生たちが通う。周辺には学生向けの店やアパートなどが建ち並び一つの街をなしている。部活動やサークル活動も活発で部室や関連施設は優に100を超えるだろう。

なつきは菅原道真公が脳にリンクしてきて、この大学で大きな事件が起きると告げたという。様子を伺うため、専門学校の授業を終えてから大学までやってきて私と合流した。

とりあえず歴史研究部の部室に連れて行くと、私と同じく新入部員の新開アンナがいた。私はなつきが高校のクラスメイトだったことを説明して、会いに来たから大学のカフェでお茶したところだと適当にごまかした。刀剣女子を自認する“アンナちゃん”はなつきが漫画やアニメ好きだと聞いて親近感を覚えたらしく、しばし『刀剣乱舞』の話題で盛り上がった。

私となつきは部室を出るとサークル棟を散策した。本当の目的は何か怪しいことが起きていないか偵察することなのだ。とは言え、私も歴史研究部のほかはほとんど知らない。

歴研部の両隣は映画研究部とアイドル研究会の部室で、部員同士顔を合わせればあいさつすることもあるが、それ以外は何部なのかわからない。初めて足を踏み入れる領域なので、ちょっと緊張しながら廊下を歩いていく。

「ブラスバンド部」、「クラシックギター部」、「カントリーミュージック研究会」、「ジャズ研究部」など音楽系サークルは部室が集中していた。廊下でも楽器の練習をするからその付近に行くと賑やかになる。

さらに進むと「山岳部」、「天文学研究会」、「占い研究会」、「ヨガサークル」などさまざまな部室があり混沌としてくる。

一番奥まで行くと、突き当たりの一室に「オカルト研究会」と書かれていた。

「オカルト研究会ってどんなことやるんだろう」

「うーん、悪魔とか超常現象とかをイメージしちゃうよね」

なつきの疑問に私も素直な気持ちを返した。

それとなくドア越しに耳をそばだてると人の気配はする。しかし異様な雰囲気があってドアを開ける勇気はなかった。

私はふと歴史研究部も活動内容によっては「妖剣」とか「化け猫」とか“オカルト”っぽいことに関わることを思い当たった。

ただそれは個人的に追究した結果なので歴研部の方針と違う。何より歴研部自体におどろおどろしい空気は微塵もない。

サークル棟は数カ所にあるので、まずは全体を把握するため移動することにした。

「蓮華大学ってこんなに広いんだね」

なつきがこぼした。さすがに歩き疲れたのだろう。

「これでもサークル棟を巡っただけだから。学内全部は1日じゃ網羅できないと思うよ」

私はそう答えると、再び歴研部の部室まで戻った。やはり「オカルト研究会」が気になるので、先輩がいたら聞いてみるつもりだ。


オカルト研究会の実態

ところが歴研部は騒然としていた。私たちが離れている間に何かが起きたらしい。

「あ、君枝ちゃん、大変なのよ。里中さんがオカルト研究会に殴り込んでいったの!」

「えっ、部長が、なんで!?」

私はあの知的で冷静沈着な里中部長がそんな行動を取るとは俄に信じられなかった。

「万代さんが止めようとして後を追いかけたけど2人ともまだ帰ってこないわ」

“アンナちゃん”が不安そうに状況を話した。

「里中さんは、万代さんと部室に入ってきたかと思うと、自分のロッカーから日本刀を取り出して走って行ったの」

「日本刀を?」

「それが…あの“波平”(なみのひら)だったのよ」

あの“波平”とは、アンナちゃんが顔見知りの刀鍛冶・松尾さんが代々持っていたいわくつきの薩摩刀だ。ところが盗まれてしまったのである。あろうことか少し前に起きた通り魔事件の犯人が所持していた。私はその犯人から斬りかかられたものの何とか難を逃れて事件を解決に導いた。アンナちゃんも同行していたから“波平”を見間違えることはないだろう。

「部長たちが心配だわ」

私はなつきとアンナちゃんにそう言うと、オカルト研究会がある方へ急いだ。

「きぃえええぇーーーー」

けたたましい声が聞こえた。

「猿叫」

アンナちゃんが口にした。薩摩示現流の特徴の一つで斬りつけるときに気合を込める掛け声という。

駆けつけたところ、里中部長がオカルト研究会の部室に入り刀を振り上げて斬りつけていた。

ところが相手の男は涼しい顔をしている。不敵な笑みさえ浮かべているではないか。

「結界」

すぐ後ろに立っていた万代くんがつぶやいた。二年生の万代幸佑は霊が見える不思議な力を持っているので、結界もわかるらしい。

里中部長は刀が通用しないため、腕を降ろすと悔しそうな顔で訴えた。

「アソウカイジ。お前がこのオカルト研究会を拠点にして”特殊詐欺グループ”の指示を出していることはわかってるんだ」

「おかしいな。極秘ツールを使って配信しているからバレないはずだが…」

アソウカイジと呼ばれる男は、部長の言葉にそう返した。特殊詐欺グループの中心人物だと認めたようなものだ。

「私のおばあちゃんは、お前たちが強盗に入ったせいで、腰の骨を折って寐たきりになったのよ」

「ふん、知ったことか。実行するのは“闇バイト”で指示を受けたやつらだからな。それに狙った老人は数え切れないhどいてとても覚えきれない」

「ちきしょー!絶対に赦さないわ!」

「きゃぁあああーーー」

部長は再び刀を振り上げてアソウに斬りつけた。

「おっと」

アソウが腕を突き出すと、部長の方が吹き飛んだ。何か見えない力で突き飛ばされたような感じだ。

「そこまで知られちゃあ。俺としてもこのまま帰すわけにはいかねえな」

「いかん。次の波動が来るぞ」

万代くんが警告したそのとき、なつきが何かを取り出してアソウに向けて突きつけた。

「ううう、力が入らん。お前は何者だ…」

「ただの専門学校生ですけど。なにか」

なつきが手に持っているのは“勾玉(まがたま)”のようだった。

「なつき、それは?」

驚く私の顔を見てなつきが小声で教えてくれた。

「道真公が夢枕に立ったとき、いざとなったらこれを出すがよい、って置いていったんだ」

道真公はおそらく相手が魔力のようなものを持っていると想定していたのだろう。

里中部長は体勢を立て直すと、アソウが怯んだ隙をついて斬りつけた。

「イヤーーーー」

「くそっ、そうはいくか。・・・・・・・・・・・・・・・・」

アソウが呪文のようにブツブツ念じると全身が暗い雲のようなもので包まれた。

「ガチッ」

刀が撥ね返される音とともに部長が床に叩きつけられた。魔力をパワーアップしたらしい。

道真公から授かった勾玉よりも大きな力をもっているというのか。

「悪いが全員口を封じるしかないな」

アソウはさらに集中して念じはじめた。呪い殺すつもりだろう。

「ギャアアア」

奇声を発したのは部長じゃなくて万代くんだ。

目は吊り上がり、口は耳まで裂けて牙が覗いている。アソウに飛びかかると首筋に噛みついた。

私はその姿に見覚えがある。佐賀にある猫塚を訪ねた際に知り合った男の子・アキラくんが“七つ尾の猫”に憑かれたときと同じなのだ。

取り憑かれた万代くんに魔力は通じないらしく、アソウカイジを組み伏せると殴打して失神させた。

「ななお、ななおなの?」

私が勝手に付けたニックネームで呼ぶと、万代くんの口から白い雲のようなものが出てきて“七つ尾の猫”が現われた。

当の万代くんは猫塚事件を見ているが、なつきとアンナちゃんはさすがに怯えて後ずさった。化け猫みたいなのが目の前にいるのだから、自然な反応だろう。

「まさか佐賀の猫塚からここまで来ることになるとはのう。そなたとは妙な縁があるようじゃ」

ななおはぼやきつつ事情を話してくれた。

「神功皇后が直々に関わってはことがややこしくなるから、わたしにそなたを助けるようお命じになったのだ。動かぬわけにはいかんじゃろう」

「そうなんだ、神功皇后が…。ありがとうななお。おかげで命拾いしたわ」

「まあよい。それと、その刀じゃが、神功皇后が人間に持たせるとろくなことがないから回収するようにおっしゃった。わたしが預っていくぞ」

ななおはそう告げると“波平”を咥えて姿を消した。


エピローグ

私は里中部長が正気を取り戻すといきさつを聞いた。

新入部員歓迎企画「刀剣を知る集い」で大牟田の『刀剣イベント』を見てから、私とアンナちゃんの様子がおかしいので気になったそうだ。

「それで行動に注視していたら、夜中に学生寮や高級マンションに行くじゃない。心配になってこっそりつけていたら般若の面をつけて刀を持った女と戦いだしたからびっくりしたわ」

部長はあの修羅場を見ていたというわけだ。

「でもなぜ“波平”を持ち帰ったんですか」

私が疑問をぶつけると部長はしどろもどろになった。

「それがね…よく覚えてないけど、気がついたら手に刀を抱えていたのよ。しかも鞘にちゃんとおさまった状態で」

刀が「大事にすれば役だつこともある」と囁いたような気がして部室のロッカーに保管したのだという。

部長はさらに続けた。

「本来日本刀なんてさほど興味はないはずなの。でも、ときどき一人になったときに鞘から抜いて見入るようになったのよ」

そんなある日、また囁くように「オカルト研究会のアソウカイジが部室で悪事を指図している」と”特殊詐欺グループ”のことをほのめかしたそうだ。

そのアソウカイジは私が警察と救急に連絡したので、緊急搬送されていった。

奇しくも通り魔事件のときとお同じ警官で「またあんたたちか」と呆れられた。一応事情聴取されたのでアソウが特殊詐欺グループに関与しているとSNSで知ったので、部室で追究したら暴れ出してショックで失神したと言い繕った。

どうせ本当のことを話しても、彼を痛めつけたのが化け猫だなんて信用しないだろう。里中部長も日本刀がないのだから、銃刀法違反を疑われずに済んだ。

こんな出来事が続くと、歴研部は私が入部してから“オカルト”的な要素が濃くなっているような気がしてきた。やれやれだ。

- 了 ー


画像は『無料の写真素材・AI画像素材「ぱくたそ」 一刀両断JKの無料写真素材 作者:マダムはしもと』より。


『歴研部員「橘の君」事件簿』シリーズ全話はこちらのマガジンでご覧になれます。


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