noteの街に風が吹く:小説的考察【7話・最終回】私に足りなかったもの。
昨日の夜は自問自答しているうちにテーブルに突っ伏して眠っちゃったから寝不足気味だ。
私はそんな事態を招いた張本人の「ムギ」に相談するため、職場で顔を見るや声をかけた。
「聞いて欲しい話しがあるんだけど、お昼一緒にどう」
「じゃあ、あのおばちゃんの定食屋でいい?」
「ええそうしてちょうだい」
ムギと私はあまり混まないようにお昼どきより少し早くお店に行って、日替わりランチの“煮込みハンバーグ定食と豆腐サラダ”を注文してからいつもの隅っこの席に座った。
「もう、ムギのせいだからねっ」
私は「創作大賞」のことが気になってうたた寝してしまい、寝不足であることを訴えた。
「へえ、そうなんだぁ~。いい感じじゃん。で、なんか悩みがあるんでしょ」
ムギは心なしか嬉しそうに聞いてきた。全く反省の気配はない。
まあ、私も悩みを相談するつもりだったのでぶっちゃけた。
「noteのマネタイズのことなんだけど、聞いてくれる」
「マネタイズか~、あんまり関心無いんだよね。でも悩みを打ち明ければ道が見えてくるかも。取りあえず話してみて」
ムギめ、言い出しっぺのくせに他人事かよ。私は込みあげる不満をグッとこらえながら自身の考えを話した。
「まずはこれを見てくれる…」
私はGoogle検索欄に「note マネタイズ」と打ち込んだ結果をムギに見てもらった。
ネット上に「noteの収益化」や「noteで有料記事を配信する方法」といった文章や動画がズラリと並んでいる。
いかにnoteを使ったマネタイズが語り尽くされているか一目瞭然だ。
「こうしてみると壮観でさえあるわね」
「新しい風」のひとりであるムギに私の真意がどれほど伝わったかはわからない。しかし私は先を続けることにした。
「私はまだnoteのマネタイズを始めていないんだよね…でもなんとなく感じはつかめているの…」
「おばさーん、メロンクリームソーダありますか」
私はこれから相談の本題に入るつもりなので、テンションを上げようとメロンクリームソーダをオーダーした。
「ふーん、ずいぶんお気に入りのようね」
ムギは私のオーダーが嬉しかったのだろう。ニヤリとしながら自分は別のものをオーダーした。
「おばさん、私はゲイシャNo.5ね」
「なにそれ。マンボNo.5みたいな名前ね」
ムギは私のリアクションを待っていたかのように説明しだした。
「ゲイシャはエチオピア産のコーヒーで希少価値が高いコーヒー豆なの。一般的には3000円ほどするといわれてるわ」
「え、けっこうするのね」
「でもおばさんは豆の煎り方で価格設定を10段階にわけているの。ゲイシャNo.5は500円だからお手頃なのよ」
「ふ~ん、そうなんだぁ~」
ムギの博識振りを知るほど「新しい風」が秘めているポテンシャルが気になってしまう。
「で、マネタイズのことなんでしょ?」
私はムギに言われて本題を切り出した。
note公式ではクリエイターに向けて「あらゆる創作を収益化できる」と呼びかけている。
文章をはじめ、マンガ、音声、動画、デジタルコンテンツなどあらゆる創作を面倒な手続きなしで販売可能だ。そこがnoteの大きな特徴といえるだろう。
「でもさぁ、私は秋谷りんこさんが“商業の場で書いてみたい”と覚悟を語っていることに胸を打たれたんだよね」
「つまり“創作大賞”に挑戦するならばプロを目指したいということね」
「もちろん難しいことは十分わかっているいるつもり。でも憧れちゃうのよねぇ、小説家に」
「いいんじゃない。私はジュンらしくていいと思うな。陰ながら応援してるわよ」
「いやいやいや、そこは堂々と応援してちょうだいよ」
「フフ 冗談よ。そうなれば、このお店が“作戦会議”の場になりそうね」
「その言葉を聞いて安心したわっ」
気がつくともう2時になろうとしていた。
「さすがに戻らないと、チーフから渋い顔をされちゃう」
「本業も頑張らないとね」
有料記事か無料でいくか、それが問題だ
仕事を終えて家に帰るバスに揺られながら私は考えた。
シェイクスピアの戯曲『ハムレット』に出てくる名セリフ「To be, or not to be: that is the question.」
日本語訳では「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」がよく知られる。
ほかにも訳した人によって「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」や「アリマス、アリマセン、アレハナンデスカ」など諸説あるらしい。
今の私は『ハムレット』のような心境と言えるだろう。対象はnoteに限られるが…
「有料記事か無料でいくか、それが問題だ」
について相変わらず自問自答していた。
なぜなら「創作大賞」に応募する作品は「無料」で公開する必要があるからだ。
つまり有料記事では応募できないってこと。
あーあ、マネタイズに取り組もうと有料記事を書く予定だったのに…どうすればいいの…
うじうじ悩むところは変わってないのね…
そんなこと言ったってしょうがないじゃん…って、誰? わたしの自問自答に入り込まないでくれる!
私はPCのディスプレイでいたずらっぽく笑うその姿を見て涙腺崩壊しそうになった。
「まゆ!なんか来てくれそうな予感がしてたのよ…」
「そろそろ壁にぶち当たってるころかなぁ~って思って様子を見に来たら、案の定ね」
「悔しいけどその通り。でもそれより久々に会えた嬉しさでいっぱいって感じかなぁ」
「まぁ、わたしもジュンの顔を見たくなったから来たというのが正直なところだけどね」
まゆは年齢不詳の魅力的な微笑みとともにそう答えると、早速本題に入った。
「ジュンの投稿や意識をざっと俯瞰してみたけど、noterとしては想像以上に成長していると思う」
「そ、そうなんだ…まゆにそう言われてなんかホッとした…」
「安心してる場合じゃないのよ。今のあなたに一番必要なものは何かわかる?」
「え?やっぱりマネタイズかしら…」
「半分は当たってるけど。あとちょっとのところでうだうだしてるからじれったいちゅうのよ!」
「あのすみません…ちょっと落ち着いてアドバイスいただけますか…」
「ンッ、ンッンッン。ゴメンゴメン、ちょっとイラッとしちゃった」
まゆは咳払いでごまかしながら詫びたつもりだろう。だが「イラッとした」はいくら鈍感なわたしもグサッと来る。
まあ、まゆとわたしはお互いに飾らない関係だからこそそんなやりとりができるんだけど。
まゆは真剣な眼差しで私を見ながら続けた。
「覚悟。覚悟がないのよ」
「覚悟…」
「そう。noteってさぁ、有料記事を書いて全く売れなくても基本的に損はしないのよ」
「基本的にって?例外もあり得るってこと?」
「出ました“幸が薄そうな女”発言。もうめんどくさいなぁ~」
「幸が薄そうな女でも何でもいいから、教えてよ」
「有料記事の返金制度に絡むトラブルとかないことはないみたい」
「ないことはないみたいとは曖昧な」
「さすがにその事例はまだ見てないから断言できないの!」
「ゴメンゴメン。気になるとつい追究してしまうのよね、他にはなにかあるの?」
「有料記事と直接関係はないけど『共同運営マガジン』の管理者やメンバーシップのオーナーになった場合ね。参加者に配慮して運営しなければならないから精神的なプレッシャーはあるかもね」
「そっか~、それで“覚悟”がないと難しいってことね」
「ほらほら、詳しく説明したらそうやってうだうだ悩みだすじゃないの」
「あーーーっ、もうどうしたらいいのーーーー」
頭を抱える私を見てしびれを切らしたのだろう。まゆが語気を強めた。
「ジュン。私も忙しいからいつまでも付き合っちゃいられないのよ。一度しか言わないからよく聞きなさいっ」
「はい」
「あなたは小説を書いて『創作大賞』に応募することで夢を追うの。そのためには無料で公開するしかない」
「はい」
「それと並行してマネタイズを進めるため有料記事も書けばいい」
「はい」
「以上。」
まゆに諭されて確信した。結局は私がなんとなく思い描いていたやり方を進めればいいんだ。いつまでも覚悟ができなくて悩んでばかりいたのだと。
「まゆ。この期に及んで怒られそうだけど、あと一つ聞いてもいいかな」
「仕方ないわね、どーぞ」
「私は何を小説に書けばよいのか、考えがまとまらないの」
「あぁ、忘れてた。その件も悩んでたわね。例えば私、つまり座敷童子一族との不思議な経験を書くっていうのはどうかしら」
「ええっ? 座敷童子一族・まゆを登場させちゃうってこと? そんなことしてもいいの?」
「いいのよジュン。小説ってまさに“創作”なんだから。創作大賞2024では募集ジャンルが増えて、#ミステリー小説部門や#ホラー小説部門、#恋愛小説部門、#ファンタジー小説部門 、#お仕事小説部門なんかもあるし」
「そうなんだ。なんかインスピレーションが湧いてきたかも…ちょっとまってね」
私は思いついたタイトルを手書きでメモした。まゆに見せようとしたそのとき…
「おっと、誰かが来たようね。私はいない方がよさそうだから、ここらで退散するわ。じゃあ健闘を祈ってるから」
「ピンポーン」
まゆがPCに吸い込まれていくように姿を消したのとほとんど同時に玄関のチャイムが鳴った。
「ジュン。気になったから来ちゃった~」
モニターに映ったムギが照れ笑いしながら話した。
まゆのアドバイスによって“覚悟”を決めたばかりだ。私がこれからいろいろ相談することになるムギの登場は福運かもしれない。
私の記憶によると、たぶんこの部屋に母親以外で人をあげるのはまゆ(※精霊だけど)に次いでムギが2人目になる。
「おじゃましまーす」
ムギは遠慮がちに上がりながらも、手に下げた袋を嬉しそうに渡してきた。
「これ、うどん屋さんの前を通ったらCMでやってる新タイプのドーナツが売ってたから買ってきたの。一緒に食べよ」
私は電気ポットのお湯で熱い玄米茶を入れた。お土産のドーナツを二人で食べながら、自然とnoteの話に花が咲く。
ムギはテーブルの上に置かれたPCを見て興味津々のようだ。
「おっ、いろいろ考えていたみたいね。“創作大賞”に応募する小説のこととか?」
「うん、まだアイデアの段階だけどね。これがそのタイトルなの」
私はさっき書き殴ったばかりの手書きのメモをムギに披露した。
『noteの街に風が吹く:小説的考察|座敷童子が教えてくれた「創作大賞」への覚悟』
それを読んだ瞬間、ムギの目が輝いたように思えた。
-了-
※参考にした文章
自家焙煎コーヒー ゲイシャが400円で飲めるコーヒー専門店 佐賀市大財「kuyuru coffee ootakara」
『ハムレット』2「生きるべきか死ぬべきか」~言葉遊びと翻訳家の戦い 構成について~
※noteの街に風が吹く:小説的考察は
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