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白い鳥青い箱の向こうで君は輝く

20代からTwitterを始めた。
趣味に分けてアカウントは色々持っていたけれど、今も使っているアカウントは一つだけ。

その頃から相互フォローの方と、最近交流があった。
彼女は私より10近く若くて、会ったのはライブ会場だったドームで一瞬だけ。
控え目に笑う、とてもかわいいこだった。
お互いTwitterを使う時期には波があったから頻繁に交流はなかったけど、TLではいつも見かけていた。
初めの頃は、何があったかは知らないけれど、辛くなったり、逃げ出したくなったり、抱えきれなくなったり、迷ったりしていたように見えた。いつの間にか好きなことを見つけて働き出して、うまくいったりいかなかったり、悩んだり諦めそうになったり、頑張ろうとしていた。
そういう色んな姿を、いつもTLから知った。
SNSとは難儀なもので、その人の周りにいる人はたぶん誰も知らない真夜中の気持ちを、見知らぬ街にいる私が知ることがあったりする。
しばらく交流は途絶えていたところに、今の職場を退職すること、それに伴い自主企画をするとツイートしたのをちょうど見かけた。

初めの頃の、悩んだりもがいている頃を思い出し、自主企画、しかも県外でなんてすごい、と思って、思わずメッセージを送った。
久しぶりのご挨拶と、日々仕事に奮闘する姿をツイートから感じていたこと、そして、自主企画に驚いたけれど、どうか楽しく素晴らしい門出になるように、と。

勝手に送るメッセージだから返信不要と書いたけれど、彼女は丁寧に返信をくれた。
本当に久しぶりだったのに、会ったことも忘れていないこと、最後に色んな人の力を借りながらやってみたい思っていることを教えてくれた。

20代の彼女を、特にTwitterの彼女だけをささやかながら知っている私にとって、翌日発表された彼女の自主企画のタイトルは衝撃だった。
「僕は僕を大切にすることを誓う」
人との巡り逢いやそうして得た経験達は、本当に、誰かの人生を動かしていくのだと思った。

何年も前の真夜中、暗い中光る携帯画面にうつる彼女のツイートを見て、思いを巡らせた。そして、若い頃の自分と彼女を勝手に重ね、暗闇の中チカチカと光る言葉の瞬きに願いをかけた。
どうかあなたも素晴らしい人たちと巡り会いますように、簡単に手放しそうになるそれを、絶対に離すものかと思わせる何かや誰かが、あなたの前にもっともっと現れますように。
確かなんの関係もない旅先の写真と、同じくなんの関係もない140字を私はツイートして、それを見たかは分からないけれど、そのあとの彼女のツイートを見て、私は寝た。きっと彼女にも明日の朝がくると確信して。
彼女がこの5年間、出会いを積み重ねて、努力を積み重ねて、自分を好きになったのか大切な人達に出会ったのか、それは知らない。どうしてそのタイトルにしたのかも、なんの関係もない私は、知る日もないだろうと思う。
でも、僕は僕を大切にすることを誓う、というタイトルを彼女が使ったことが、私は本当に、とても嬉しかった。

私は見に行けないけれど、素晴らしく楽しい門出になりますように、と心から願って、もう一度、でも今回は真昼間に、140字に願いをかけた。自分が光っていると、人はあまり気づかないから。

きっとまた会うことはない。でもこれからも、彼女の好きな音楽やチャレンジしたこと、ただの日常などをツイートから知って、よかったね!とかすごい!とか楽しそう美味しそう!と思って、元気出してね、とか、大丈夫きっとうまくいくよ、と応援したりしたい。
わたしにとってTwitterってそういうもの。
お伽話のように、誰かの人生の美しい部分が思い出したように転がってくる。
時々転がってくるそれを、きちんと受とれる人間でいることが、このTwitterという玩具で遊ぶことができるということなのかなと、今回のことで思った。

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