小説:プネウマ

EP4 ジェイク

「チッ!! ここはどこなんだ?」

体躯のいい男が舌打ちをしながら見知らぬ森の中を彷徨っていた。

「何で俺はこんな森の中にいるんだ? ここはどこなんだよ?」

しばらく歩いてみるが森の中の異様な静寂さに男は違和感を感じていた。

「それにしてもこの森は生き物の気配がねぇなぁ。だが、なにかに警戒されてる感じはあるんだが、まっ、ジタバタしててもしょうがねぇな」

男はドスンと地面に座り、辺りを見回す。

「おい!! いるんだろ? 隠れてねぇで、出てこいよ?」

男は叫ぶが反応はない。

「チッ!! 仕方がねぇ。気長に待つか」

その時、草陰からガサガサと草が揺れる音がする。

「!!」

体躯が大きい割には俊敏な動きで男は体を起こし、構える。

「いるんだろ? 出てこいよ?」

ガサガサと草陰から出てきたのは狼だった。

「狼?」

狼はヴヴヴゥ〜〜と威嚇をしながら男の方に視線を向けている。

「いいねぇ〜♪戦(やれ)るんだろ? お前?」

男は両腕を構え格闘のスタイルに変える。
いいねぇ〜〜いいねぇ〜〜この狼は只者じゃねぇ。
面白い闘いができそうだぜ♪男は楽しみからくる興奮なのか舌で唇を舐め回す。

お互い間をとりながら両者の間にはピリッとした空気が流れる。

そんな時

「!?」

男も狼も人の気配を感じたのか、視線をズラす。
その先には2人の男女が近づいてきた。

「人が……いるのか?」

男は2人の方に向かい視線を向ける。

「あ、いたわ。よかった。あら、ロウ!! あなたもいたの?」

女が狼に声をかける。
こいつらは知り合いなのか?

ロウと呼ばれた狼は俺の方に視線を向けなおし、ヴ〜と威嚇している。

「ロウ?」

男も女も俺の方に視線を向ける。
その視線は少し警戒しているようだった。

「チッ!! 興醒めだ。運がよかったな。狼」

狼は変わらず威嚇している。

「なにはともあれ見つかってよかった。俺はハーレット、彼女はリッカだ」

「人に簡単に名前を教えるんだな。まぁ〜〜いい。俺はジェイクだ。んで、ここは一体どこなんだ?」

「それは、これから説明するよ。でもよかったら場所を変えないか? 案内するよ。」

男と女は背を向け、歩き始めた。
どこに連れてくつもりだ? 罠か? だが……何も手がかりはねぇしな。考えてもしゃぁねぇな。とりあえずついて行くか。

ハーレット達の後ろにジェイクがついていく……その後ろにはロウと呼ばれる狼もついてきている。

「なんだ?オメェもくるのか?残念だったな。戦(やれ)なくて」

それからしばらく歩き続けた。が、遠すぎる。流石に飽きてきた。
「おい!! まだ着かねえのか?」

「もうすぐだよ」

「チッ!!」

まだかかるのか。しゃぁねぇが、今はこいつらについて行くしかなさそうだしな。

それにしても……

ジェイクはリッカに視線を向ける。
いい女だな。こいつらは恋人同士なのか?
夫婦なのか?どちらにせよ、いい仲なのは間違いね〜〜どうせなら男も殺して、女を俺のモノにしちまうか?

俺はそうやって……生きていたしな。

男の口がニヤッと笑みを浮かべる。
ハーレットとリッカの距離が開いたの隙を狙い。ジェイクはハーレットとリッカの方に一気に近づき、ハーレットの背中を押す。

「うわ!!」

ハーレットが前にバランスを崩している隙にジェイクはリッカのクビに太い腕をかけ動きを封じた。

「キャッ!!」

「リッカ!!」

ヴヴヴ!!ヴォウ!!
ロウがジェイクに向かって吠える。

「うるせいぞ!! 狼!! 来たら女を殺すぞ!!」

ロウがピタっと止まる。

「やめろ!! リッカから手を離してくれないか?」

ハーレットは静かな口調でジェイクを諭すように話かける。

「嫌だね。俺はこの女が気に入った。なぁ〜〜俺の女になれよ」

「それは嫌よ。お願い、離して」

「アアッ!!」

リッカの首に絡ませてる腕を強くする。

「ウッ!!」

「やめろ!!」

「うるせいぞ!! なぁ〜いいだろ?」
そういうとジェイクはリッカの首筋に顔を近づける。

「やめて……よ」

リッカはジェイクの顔から離れようとする。

「やめてくれ」

「いいから、オメーはそこで見てろよ。楽しみはこれからだぜ」

「ヴォウ!!」

「狼!! オメーもうるせいぞ!! 黙ってみて!!」

その瞬間……本当に一瞬だった、空気がピリッと変わったのを感じた、だが、その瞬間ですら遅かった……強い気配、それを感じた時には何が起きたかわからなかった。

「!!」

気がついたらハーレットはジェイクの懐内にいてリッカの首を閉めていた、腕を持ち上げていた。

いつの……間に?
なんでこいつはここに……いるんだ?ジェイクの顔には冷や汗がこめかみのあたりから垂れていた。

「離せと言っているだろう」

ハーレットの瞳に気味が悪い気を感じる、この気はなんだ?いままでこんなの感じたことがねぇぞ。コイツは……ヤバイ!!

「うぉーー!!」

ジェイクはもう片方の腕でハーレットに向けてと腕を振り下ろした。

------

気がついたら俺の視界には空が映っていた。

何が起きた?
俺は地面に寝ている……のか?何故?俺は気を失っていたのか?
どれくらい?

ハッと我に返り、体を起こす。
少し離れた岩の上に座っていたハーレットと、その横では、リッカと、ロウが立っていた。

「テメー……テメーは一体、一体何者なんだ!!」

「そんなことはどうでもいい……次にこんなことをしたら許さないぞ。」

ハーレットは冷たい眼差しでジェイクを見下ろしていた。ダメだ、本能が訴えてる。コイツには……敵わない。ギリっと歯を噛みしめハーレットを睨みつけながら

「チッ!! わかったよ。」

「わかったんならもういいよ。さっ、ここだとなんだから俺たちの家に向かおう。もう少しだ。そこで全て説明するよ」

そう言うと2人と1匹の狼は歩き始めた。
俺も後をついていく。少し歩き、森を抜けると、そこには一軒のコテージの様な家が姿を現した。デカくはないが2人が住むには充分な広さだ。家の中に入り、廊下を抜け、案内されたロビーにあるソファーにジェイクは座り込む。

「いい家じゃねーーか」

「それはどうも」

しばらくするとリッカが飲み物を持ってきてくれた。

「はい、どうぞ」

「お、悪いね〜〜」

飲み物を置くとリッカはささっと離れて距離をおいた。
警戒されてるようだ。

「チッ!! 悪かったよ。もうしねぇよ。」

頭をボリボリ掻きながらジェイクは飲み物を口に含む。
「で? 一体ここはどこでお前らは一体何者なんだ?」

「ここは地上と天界の間にある島だよ。何かのきっかけでおまえの肉体から魂が離れてしまい、ここに迷い込んできたんだ。それを保護し、地上、又は天界に導くのが俺たちの役割だ」

「天界? ってことは俺は死んだのか!!」

「いや、正確にはまだ死んではいない。死んでしまった場合は天界に直接行くからね」

「ってことは地上に、自分の体に戻ることができるのか?」

「肉体に強い損傷を受けていて肉体が死を迎えるのであれば天界に行くことになるが、そうでないのであれば、まだ死んだわけではないよ。ただ、生きてるとは言い難い……植物状態みたいなものかな。だから」

「だから?」

「おまえの生きたいという強い意思があれば肉体に戻れる可能性も充分にある」

「そうか。なぁ。どうやったら戻れる? 俺は、今すぐにでも戻りてぇ。仲間が待ってるんだ」

「仲間?」

「おう!! 俺は泣く子も黙る盗賊団のボスよ。」

「盗賊団……ってことは人も殺したりしたのか?」

「そんなのはしょっちゅうよ。殺しに盗み、一通りのことはやってきたぜ」

「それでロウは警戒してたのね」

「確かに、他の人にはないオーラがあるしね」

「そんな風に褒めてくれて嬉しいねぇ♪」

ジェイクはソファーの背もたれに深く背中をかけ、組んでた足を逆にする。

「まぁ、しかし、こういう死後の世界っていえばいいのか? そんなのは実際あるんだな。俺はてっきり死んだらお終い。無になるんだと思ってたぜ」

ジェイクは飲み物を一気に飲み干した後、急に真面目な顔をして問いかける。

「なぁ〜? 天国があるってことは、その、地獄もあるのか? 俺は……地獄行きか?」

「……罪人の場合は獄界というとこに行くことになる。どのくらい罪を犯したかはわからないからなんともいえないけど……その可能性はある」

「か〜!! やっぱりか、まぁ、そうなるとは思ってはいたが……しょうがねぇ。それでも俺たちはそうやって生きてきたし、これからもそうやって生きていくしかねぇからな」

ハーレットとリッカは黙り込むしかできなかった。

「なんだよ? 黙るんじゃねぇよ。同情してんのか?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「それともなんだ!? 可哀想とか思ってんのか!? ふざけるなよ!! 生まれたときから親も身寄りもいね〜隙を見せればガキでも攫われて売られちまう。そんな世界でどうやって罪を犯さず生きていけるっていうんだ!! ああ!!」

ジェイクはバンっとテーブルに手を押し当てる。

「チッ!!」

舌打ちをし、ジェイクは外に出ていった。
外に出たはいいものの、どうしようないことはわかっている。俺は……途方に暮れていた。俺だって好きで罪を犯したわけじゃねぇ。自分や仲間を生かす為だ。なのに、なぜ……地獄に行かなきゃならねんだよ。

「クソ」

「ジェイク」

声の方を見るといつの間にかハーレットが来ていた。

「なんだ?慰めにでも来たのか?」

「いや、俺達にはお前の獄界行きになるのか、天界行きになるのかはわからない……だがそれでもこの島に魂が流れてきた以上、お前の行く先を導き、見届けるのが俺達の役割だ」

「フン。お前らはいいなぁ。罪を犯さず過ごせて、ここで悠々自適に過ごしてんだからな」

「確かに、俺やリッカはジェイクの様な境遇じゃない。だから大きな罪を起こさずにこれた。だけど……いつも思うよ。俺やリッカだってもしかしたら罪を犯す状況にいたかもしれないと」

「……」

「自分だって、やむ得ず罪を犯していたかもしれないし、罪を犯すことを悦びにしている人間になっていたかもしれない。そうならなかったのは運が良かっただけなのかもしれない」

「……」

「だけど、運がよかったなんて言葉だけで済ましたくない自分もいる。この世に生まれたからには皆、幸せになる為に努力をし、生きていくのだから」

「そんなのは偽善だ。全ての人間が幸せになる。そんなことは……ありねぇ……」

「そうだな。神様もイジワルだよな。最初から皆が幸せになるような世界にしてしまえばわざわざ獄界なんかなくてもよかったのに……世の中には、お前みたいな奴や幼い子供達が罪を犯さなきゃ生きていけない……そんな世界なんか、作らなきゃ良かったのにな」

「その通りだ!! 何が平等だ!! この世には不条理しかねぇ!! 神はなぜ、こんな世界を作ったんだ!!」

「それはわからない。それでも」

「それでも?」

「生きていくしかないのかもしれない。みんな、辛い思いや、苦しい経験をして、それでも人生を全うする。その為に生きていくしかないのかもしれないな」

「なんだよ。それ」

「偽善だとわかっていてもみんなが罪を犯すことなく、安心して生きていられる世界であればいいのにと……思ってしまうよ」

「……そんなの、答えになってねぇよ。それに所詮、この世は弱肉強食。毎日、殺す奴に殺されていく奴がいる。この世は所詮、そんな世界だ」

「そうだな」

ハーレットはフッと微笑んだ。

「まぁ、いい。そうだとしても、俺達はそうやって生きていくしかないんだ」

ジェイクは自身の拳をギュッと握りしめる。

「ジェイク」

「あん?」

「それでも今後、殺さないように努力してみてくれないか?」

「なに?」

「殺しの連鎖は憎悪の連鎖しか産まない。ジェイクだって仲間達が殺されていくのを見るのは嫌だろ?」

「それは、そうだが」

「自分が殺してきた分だけ自分にも仲間達にも災いが襲いかかってくるかもしれない。だから」

「……」

「もし、肉体に戻れたら、そういう生き方を皆でしていってくれ」

「うるせい。俺達は盗賊だ。生きる為に、襲い、殺し、奪う。そういう生き方しかできねぇ」

「ジェイク」

「だが、殺しは最低限に抑えてやるよ。仲間達を獄界に行かせるわけにはいかねぇ。俺は俺の出来ることで仲間達を幸せにしてやらねぇとな」

その時、ジェイクの体を光が包み込む。

「!?なんだ!! これは」

「よかったな。お前の生きたいという意思に肉体が応えてくれたんだよ。肉体に戻れるよ」

「おぉ!! そうか!! ハッハッハ。やったぞ」

「現世に戻っても頑張ってな」

「おい」 

「?」

「その……リッカには悪いことをしたな。すまなかった」

「ホントよ。現世に戻ったら女性には乱暴しないこと。いい?」

気がつけばリッカも来ていた。

「フン。あばよ」

そう言い残し、背を向け、右手をグッと上げたジェイクの姿は光の中に消えて言った。

「行っちゃったね」

「ああ」

「いい人生を歩めれるといいわね」

「そうだね」

「さ、私達も戻りましょ」

「ああ、行こう」

肉体に戻り起きた時にはここの記憶はないだろう。そういうルールだから……でも彼の中で何かが変わってることを祈るよ。

------

目が覚めるとそこは自分のアジトだった。

「ボス!!よかった。目が覚めたんですね」

俺の周りを仲間達が囲んでいた。

「お前ら……」

なんだ、俺はさっきまで……あれ? 思い出せないな。だが、なんか、不思議な感じだ。まるで幻のような。別の世界にいたような。まぁいい。俺はまだ生きてる。

「お前ら心配かけたな。もう大丈夫だ!! さぁ!! いくぜ!!」

「おぉ!!」

あれから数ヶ月が過ぎた。いつものように必要なモノは奪っているが、最近、めっきり殺しはしなくなった。部下達も「ボス? どうしたんすか?」なんて言ってくる始末だ。ホントなんなんだろうな?自分でもわからないが以前より殺す気が失せちまった。だが……

「案外悪くねぇな。こういうのも」 

妙に気分は晴れやかだ。俺が倒れていたあの時に何が起きていたんだろうか?思い出せないがきっと、何かがあったんだろうな。

「ボス。そろそろお時間です」

「おう。今行く」

呼びに来た部下とアジトに向かう。

「そういえばボスは最近、殺しはしないんですね?」

「ん? そうだな」

「どうしたんですか? 以前ならすぐ殺してたのに」

「それが、正直わからねぇんだ。倒れてる時に俺の中で何かが変わっちまったのか? 最近殺す気分になれねぇんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。だが、モノは殺さなくても奪えてるし、殺しをしないのも悪くないかなって感じだな」

「もう殺しはしないんで?」

「そうだな。そのつもりだ。向かってくる奴がいれば殺るかもしれねぇが、もう無駄な殺しは必要ないかなって……」

その時。

ドスッとニブイ音と共に目の前には剣先が見えている。

「え……」

俺は……刺された……のか?

ゴフッと口から血が出る。ジワジワと痛みが出てきた。呼吸ができない……俺は死ぬの……か?

「ふざけるなよ。何がいまさら殺しをしないだ。そんなことで罪が償えると思うなよ」

体が冷たい。俺は、俺は。頭の中に仲間達の顔が流れ込んでくる。

「死にたく……ない……助け……て」

そう言い残し、ジェイクの瞳は涙を流しながら漆黒に染まった。その瞳に光が宿ることはもう、ない。

そんなジェイクを見下ろす男の左目の下に黒子があった。






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