小説:プネウマ

EP1 サーシャ

眼を開けたらそこは見知らぬ場所だった。

森……の中だろうか?
周りには木々が生い茂っていて、少し先には川が流れている……

「ここは……どこ? 私はどうしてここに?」

体を起こし、思いだそうとすると。
「痛ッ!!」

ズキっとこめかみ辺りが痛くなる、ダメだ……思い出せない。私はとりあえず近くにある川に行き、顔を洗い、口に水を注ぐ。喉の渇きを癒し、辺りを見渡してみる。空からは太陽が顔を覗かせていて木々や川、植物達に光を当てる。

凄く、穏やかな時間……
そこに優しい風が流れてくる。
風が気持ちいいなぁ……なんか、このまま、どこかへいってしまいそう……

目を閉じ意識がその先にいこうとした時、一瞬の光の中に男性の顔が浮かんだ。
光に照らされてる顔は全体が見えているわけでないが何かを叫んでるように見える。

ハッと我に返る。

今の人は誰?思い出せない……だけど、とても懐かしい感じがした。
私はあの人のことを知っている?のかな?

しばらく立ち尽くした後、私は両手で自分の頬をパンっと叩く。

「考えてもしょうがない!! まずはこの森みたいなところからでないと!!」


悶々とした私は森の中を散策してみることにした。のはいいのだが、こんなどこかもわからない。誰がいるかもわからない、こんな状況で果たして闇雲に動いて大丈夫だろうか?
もう少し待てば誰か探しに来てたりしないかな?

「ダメ!! ダメ!! 弱気になるな!! まだ太陽も高いから、大丈夫……よね?」

暗くなる前に森を抜けるか、もしくは人に会えれれば。

「うん!! 行こう!!」

意を決して私は歩き始めた。

------

 それからどのくらいの時間を歩いただろうか。
歩いても歩いても人はおろか動物すらいない。

「完全に迷っちゃった。でも、なんでこんなに静かなんだろ? 生き物すらいないなんて……」

まぁ〜〜元々ここがどこかもわかってはいないのだけど……私は目の前にある大きな岩の上に座り込み、ため息をする。

「やっぱり無謀だったかな〜〜?」

途方にくれる私。

「え〜〜ん」

空を見ると陽は沈み始めていた。

「このままだと夜になっちゃう。どうしよう。」

ドサッと岩の上に横になり、空を見上げる。

「ホント、ここはどこなんだろう? 私はどうしてここに? それに、さっきの人は一体?」

ハァ〜っと深い溜息をついて。

「私、どうなっちゃうんだろ」

空を見ながらぼんやりしていたその時。

ガサッ

ビクッと体が反応し、体を起こす。

「ッ!! 誰かいるの!?」

辺りは静まり返っている。

「お願い、誰かいるなら出て来て……何も危害は加えないから」

反応はない。

「風? 気のせい、だったのかな?」

サーシャはがっくりと肩を落とした。その時、草陰から1匹の狼が出てきた。

「!!狼 !?」

更に気がつくと周りには沢山の動物が集まっていた、鳥に、リス、鹿や猿などいろんな種類の動物達がサーシャを囲んでいる。

「え!? え!? いつの間に!!」

さっきまで気配すらなかったのに……

 サーシャは身構えているが動物達はただそこに立ち尽くし、ジッとサーシャを見つめている。

「襲いにくるわけではないの……かな?」

少して狼が背を向け歩き出す、2〜3歩歩いたとこで、もう一度サーシャの方に目を向ける。

「ついて来いってこと?」

言葉を理解してるかのようにサーシャの言葉を聞いて狼はまた歩き始めた。他の動物達も狼についていく。戸惑いながらも私はついて行くことにした、もしかしたら何かあるかもしれない。

一縷の望みをかけながら……

狼について行き、少し歩いたところで森を抜けることができた。そこには開けた草原で周りを山々が囲っている。更に狼が歩いていくのでついていくと、その先に一軒の家が建っていた。
木材で作られているその家には灯りもついているから人が住んでいそうだ。

 私はその場にへたり込み、胸を撫で下ろした。

「よかった〜家があった〜〜灯りがついてるってことは人もいるだろうし、よかった〜〜」

 体から力が抜けていく、やっと人に会えるという安心感がサーシャの体の緊張をほぐしていく。

「狼さん、ありがとう」

狼にお礼を言う、動物だから、もちろん言葉が返ってくるわけではないのだけど首を家の方に振り、「早く行け。」とでも言いたげな感じだ。

「……ありがとう」

 私は狼にお礼を言い、家の扉の前に立つ。フーッと深呼吸を1回してコンコンと扉を叩く。

「あの、誰かいませんか?」

「ハ〜イ」

奥から女性の声がする。

やった〜人がいる、よかった〜

ガチャと扉が開き、中から綺麗な女性が出てきた。女性は少しビックリした表情を見せてきた。

「よかった〜自力で辿り着けたのね!? よく見つけれたわね」

「えっ!? あ、あの」

この人は私が来ることを知っていた?

「迷わなかった?」

「いえ。実は大分迷ったんですが、あそこにいる狼が、連れてきてくれたんです」

女性は狼に視線を向ける。

「ロウ!? 貴方が連れてきてくれたのね!! ありがと」

女性は少し驚いた後、微笑みながら狼に話しかける。ロウって言うんだ、あの狼。

 ロウと呼ばれる狼はそのまま背を向け、他の動物達と森の中へ消えていった。

「ありがとう、ロウ……」

女性は去って行く動物達を見送り、私の方に振り向き「さぁ〜疲れたでしょ? 入って入って、暖かいお茶でも煎れましょ」

その言葉を聞いて私は安堵した。

「お邪魔、します」

家の中は綺麗にされており、廊下を通り広間に案内されイスに座る。

「いま暖かいお茶いれるからね」

女性はニコッと笑みを浮かべならお茶をいれてくれている。

「あ、ありがとうございます。」

「お腹は空いてない? ずっと歩いてたんでしょ?」

「あ、でも」

グゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

……あたりに沈黙が流れる……

なんで!?なんで、こんないいタイミングでお腹が鳴るの〜私は一気に恥ずかしくなる。

「アハハハ、食べ物も用意するね」

「……ありがとうございます」

もう!!私のバカバカ!!

「ハイ、どうぞ」

目の前に暖かい飲み物と食べ物が並ぶ。

「美味しそう、ありがとうございます」

飲み物を口に含み、更に食べ物を口に入れる。

「美味しい、すごい美味しいです!!これ」

「フフ、ありがと」

女性はニコッと微笑みながら言葉を返してくる。それにしてもホント綺麗な人だな〜〜女の私でも惚れちゃいそう。

「? どうしたの?」

「い、いえ!! なんでもないです」

私は再び食べ物を口に含む。

「それにしても無事でよかったわ。ここは森があるから迷いやすいしね」

「そうですね、ホント不安でした。目が覚めたら突然ここにいてどこかわからないし、生き物の気配はないし……」

「!? そうだ!! あの、ここはどこですか!?私はなぜここに!?」

サーシャはガバッと女性に言い寄る。

女性は驚き、目を見開いた後、まぁまぁ、という仕草をしながらサーシャをなだめる。

「うん。これから色々説明していくね。ただ」

「ただ?」

 丁度、その時扉が開く音がした。

「あ、帰ってきた、ごめんなさい。ちょっと待ってね」

そう言い、女性は入り口の方に向かって行った。奥から男性の声がする。

「ただいま、すまない。見つけられなかったよ。少ししたらまた探しに行ってくるよ」

「おかえりなさい。それが、もう来ていて奥の方にいるのよ。ロウが連れてきてくれたの」

「なんだって!! そうだったのか、ならよかった」

何やら女性と話していてだんだんと足音が近づいてくる。奥からあらわれたのは優しそうな男性だ。

「やぁ、無事で良かった」

男性はニコッと微笑みながら話してきた。

「あ、あの、お邪魔してます」

緊張が伝わったのか……

「大丈夫、ここは安全だから楽にして」

男性は微笑みながら言葉を返してくれた。

「ありがとうございます」

「紹介がまだだったわね。彼は主人のハーレット、私はリッカよ」

この2人は夫婦なんだ。

「ハーレットだ。よろしくね」

「サーシャです」

「さて、色々説明してあげないとね。あなたの分のお茶も煎れるね」

「ありがとう」

 少しして、リッカが用意したお茶をハーレットが一口飲み、リッカも自分のお茶を飲みながら説明してくれた。

「さぁ〜落ち着いたところで、色々説明しないとね」

「お願いします」

「まず、信じられないかもしれないけどここは地上と天界の間にある島だよ。君はなんらかの理由で魂が体から抜け、彷徨い、この島に流れ着いたんだよ」

彼は壁に貼ってある絵を見せてくれた。そこには塔が建っている巨大な島、その回りに沢山の小さな島が描かれている。

「この中心にあるのが天界、通常は死んでしまえば魂はこの中心にある塔に向かい、そこで天界か地獄への選別、更に転生の手続きを行うんだ、ただ稀に、寿命ではないのに、何かのきっかけで魂が肉体から離れてしまったりした場合、魂が彷徨い流れてしまうときがある、その魂達を保護するのが俺達の仕事。ちなみにサーシャや俺達がいるのはこの島」

そう言ってハーレットは絵の中に描かれている無数の島の中の一つを指指した。

「天界? 魂? 転生? え? じゃ〜私は死んだってことですか?」

「正確に言えばまだ死んではいないよ、死んでしまった場合は天界に直行だからね。ここに流れ着いたということはまだ肉体に戻れる可能性もある」

「じゃ〜戻れるんですね!?」

サーシャはハーレットに言い寄る。

「まぁまぁ、もちろん戻れる可能性もある、ただ今はまだ肉体が戻れる状態じゃないみたい」

そういうとハーレットは壁の方に目を向けた、その先にはなにやら不思議な置物が置いてある。

「これはこの島に魂が流れてきた時や、肉体の状態を教えてくれる物だよ。これでまず君がこの島に流れ着いたことがわかって俺が探しに向かったんだ」

続けてリッカが話を続ける。

「これを見る限りサーシャの肉体は外的要因……つまりケガなと外からの刺激で肉体から魂が離れてしまったことが知らされてるの」

「だから君の肉体は現時点では昏睡状態だと思われる。肉体が回復すれば戻れるけど……」

「けど?」

「肉体が回復しない場合は死を意味するから君はここから天界の方に行くことになる」

「そう、なんですね」
なんだか、現実味がない。

「ここに来る前の記憶はある?」
リッカが聞いてくる。

そう言われれば……

「実はないんです。自分の名前は覚えてるんだけど」

そっか……と、ハーレットは頷きながら。

「記憶がない場合は大体なにかしらの強い刺激が与えられて魂が肉体から離れてしまうケースが多いかな、事故とか、何か強い衝撃が肉体にかかってしまったか」

「そうなん、だ」
私の体に、なにがあったんだろう……思い出せない。

「まぁ〜大体は少し時間をおけば徐々に記憶が戻ってくることが多いから今は様子を見よう」

「……」

「心配かもしれないけど必ず思い出せるわよ。安心して」

「その間はここに居るといい、なに、そのうち思い出すさ」

「あ、はい」

リッカはニコッと微笑みながら

「ならとりあえず夕食にしましょうか? ハーレットもお腹すいたでしょ?」

「ありがとう」

「サーシャの分も用意するから、ね?」

「ありがとう、ございます」

 それから、リッカが用意してくれた夕食をご馳走になり、リッカは疲れたでしょ? と私に寝床を用意してくれたのだが、私は、眠る前に風に当たりたくなり、外に出た。

外に出て空を見上げると満点の星、更に影?みたいなのに小さな灯りが見える。

「あれが2人が言ってた他の島ってことなのかな?」

なんか不思議。

ここは宙に浮いてる島で私は今、魂だけの存在でこれから肉体に戻れるのか? 死ぬのか? 全然実感が湧かない……ボーーっとしてると肩にブランケットがかけられ、振り向くとそこにはリッカがいた。

「大丈夫? はいどうぞ」

そう言って、飲み物を渡してくれた。

「ありがとう」

飲み物を受け取り飲む。

「美味しい」

「ありがとう。これは果物を絞って作ったジュースよ」

ストンとサーシャの隣に座り

「なんか不思議な感じでしょ?」

「うん、なんか、全然実感なくて……」

「そうよね」

「私、自分の体に戻れるのかな?どんな感じか思い出せないけど、両親とか友達とかみんな心配してるだろうし、まだまだやりたいことも沢山あるし、なんでこんなことになったんだろ〜〜」

「それに私の体になにかがあって私は肉体から魂が離れたんでしょ?」

「そうね」

「私の体どうなったんだろう? 事故とかに巻き込まれちゃったのかな? 体、無事だといいけど」

「そうね。でもあなたがここにいるってことはまだ死んではいない、だから諦めないで」

「リッカ……」

「あなたの生きたいと思う気持ちがあれば肉体はしっかり応えてくれるわ」

「生きたい、気持ち」

「そう、肉体は魂と共鳴しているから貴方が死を望めば望むほど肉体も死に向かってしまう。だから、気持ちをしっかり持って。必ず、大丈夫だから」

リッカは強い眼差しで見つめてくる。

「そう、なんだね。そうだよね!! うん。私負けない!! まだ死ねない!!」

「うん。その調子。よかった。じゃ〜先に私は戻るわね。」

リッカはスッと立ち上がり室内に戻ろうとする。

「あの、リッカ!!」

「ん?」

「ありがとう」

リッカはニコッと笑い

「イエイエ。どういたしまて♪用があったら遠慮なく呼んでね」

そう言ってリッカは中へと入っていった

「生きる、気持ち……か」

澄んだ空を見てたら気力が湧いてきた。
パンっと自分の頬に手を当てて

「うん!! 大丈夫だよね。よ〜し!! 自分の体に戻るぞーー!!」

うん。スッキリした
私は残りのジュースを飲み干した。

「ふ〜〜美味しかった」

それにしてもリッカは綺麗だな〜
ハーレットも良い人そうだし、いいな〜ああいう夫婦、憧れちゃう

「私もいつかいい人見つかるかな。2人はどうやって出会ったんだろ?」

そのとき頭がズキッと痛みだした。

「痛っ!!」
頭の中に一気に映像が流れ、濁流の様に情報が流れてくる。
この2人は私の両親?妹に犬?そしてこの男性は?私と……揉めてる?

映像が飛び。扉の前で私が立ってる?なぜ?貴方は……?その瞬間全てが繋がった。

!?

「あ、ああ」

私は立ち尽くして。

「思い出した、私は、私は……」

サーシャはその場に立ち尽くし、しばらく動けなかった。

------

朝になり、広間に降りていくとハーレットとリッカがいた。

「おはよう」

「おはよ。サーシャ。ご飯あるけど食べる?」

「う、うん」

私は目の前に出された食事を食べながらハーレット達に話しかける。

「ねぇ?」

「ん?」

「昨日リッカ言ってたよね? 生きたい気持ちをしっかり持てば肉体は応えてくれるって?」

「ええ、言ったわ」

「なら、肉体に戻るのを諦めて天界に行くってことも選べれるのかな?」

「え?」

リッカは驚いた表情を見せた。

「不可能ではないよ。それを選択する者も、中にはいるからね」

ハーレットが応えた。

「どうしたの? 昨日はあんなに肉体に戻りたがっていたのに」

リッカが心配そうに聞いてくる。

「私、思い出したの、全部」

「記憶が戻ったのね?」
リッカが聞いてくる。

「うん、私の住んでる町、家族、そして大事な人もいて」

「そう……それなのに、どうして」

「私と彼は幼馴染で身分が違うけどずっと一緒だったの、彼もそういうのは気にしない人で私も彼も気がついたらお互い惹かれたの」

サーシャは飲み物を一口飲み、ふ〜っと深呼吸をしてから、話を進める。

「ある日、そんな彼にプロポーズされて、とても嬉しくて幸せだった。でもすぐその後、彼の母親にこの話は無しにしてほしいと……」

「彼の両親は他に結婚させたい人がいるし、私とは身分が違うからと、その通りだなって、思ったの。やはり私は彼に相応しくないなって思って……それで彼のプロポーズを断ったのそして彼がどうして? と寄ってきたのを振り払ったときに私は階段から落ちて」

サーシャの体は少し震えていた。

「そうだったの」

「彼にとって私はこのまま死んでいった方が、彼のお母さんの希望通りになるし、彼もその方が幸せになるだろうしって思って」

気がついたら私の手の甲に液体がポトっと落ちた。

「あれ? おかしいな。なんで涙が出るんだろ? なんでかな? ごめんなさい。」

リッカは何も言わずギュッと背後から私を抱きしめてくれた。

「その涙は、諦めてる涙には見えないけどな」

ハーレットは、穏やかなトーンで話し始める。

「サーシャの気持ちもわかる。でも君にはまだ家族がいるし、彼もそれを喜ぶかな? 何より、サーシャは生きたいだろ? 彼といたいんだろ?」

「う、ううう〜。うえ〜ん」

久しぶりに人の前で泣いてしまった。やはり、私は、生きたいのかな?

「自分と大事な人の幸せは自分達で決め、作り上げていくものだよ。そこに周りの意見は関係ない。お互いが、想いあっているならね」

「ハーレット」

「まだ時間はある。それでも天界行きを望むならしょうがないが、時間の許す限りしっかりと自分自身と向き合うといいよ」

「うん。そうだよ。」

リッカが私の肩をポトっと叩く。

「ありがとう」

私はどうしたいんだろ? リッカが作ってくれた朝食を食べた後、私は外に出た。

明るくなった外を改めて見てみると、家の周りには花が咲いていて、少し離れた所には木々などの緑もある。その先には山……そして少し歩いたところに湖があった。

「へ〜こんなところに湖があったんだ」

湖に手を入れてみる。

「冷たくて気持ちいい」

サーシャは湖に足を浸け座り込んだ。
ただただ前を見つめながら、自分の中に感じるドロドロする嫌な部分、その中にあるモヤモヤに思いを寄せる。

彼にとって私はなんなのか?
私にとって彼はなんなのか?
身分も違うし、私と一緒になれば彼はきっと家を追い出され、不孝になる。
でも、彼はそれでもいいと言ってくれた。
彼の優しさは本心なのだろうか?
なぜ私?
私じゃなくてもいいんじゃ?
私だと彼を不孝にしてしまう。
じゃ〜私は彼じゃなくてもいいの?
本当に?
私は、私は、小さい頃からずっと一緒で気がついたら彼といれることが楽しくて、嬉しくて……私は、彼と、一緒に、いたい!!

でも、でも、私に覚悟はある?
両親にも周りにも迷惑かけてまで、私はどうしたいのかな? ダメだ、考えても考えても答えが見つからない。

サーシャは横になる。

いや、覚悟がないだけなのかな? ハァ〜っと溜息をつく。頭の中で思考がグルグルとループする。

「お、ここにいたか? 気持ち良さそうだね。」

「ハーレット?」

ハーレットがひょこっと姿を見せた。

「よっと」と声を出し、サーシャの隣りに座る。

「良い所でしょ?」

「うん。凄く素敵なとこ、ここが宙に浮いてる島なんて信じられない。それ以前に私は今、魂だけの存在で生と死の間にいるってことすら実感がわかないよ。」

「そうだよな。実は下界ではサーシャは本当は瀕死の状態だなんてピンとこないよな。」

少し間をおいて。

「でも、それが実際現実になっている。サーシャの肉体はいま、生死を彷徨っている。君の生きたいという想いが強ければ体は応えたくれるかもしれないし、諦めてしまえば肉体は一気に死に向かうだろう。」

ハーレットは私の目をじっと見つめながら

「最終的に君の判断だ。だが、せめて後悔のないようにしたい。その想いを尊重し、手助けするのが俺とリッカの役目だ」

この人は、なんて澄んだ目で見るんだろう。そういえば私は彼らの事をよく知らない。

「ありがと。ちなみに貴方達のことを聞いてもいい?」

ハーレットはキョトンとして。

「いいけど、どうしたんだい急に?」

「いや、その、なんとなくね。昨日2人を見てたらとても素敵な夫婦だなって思って、2人は天使とかなの?」

「いや、実は俺達も元はサーシャと同じ下界で生き、寿命を迎え、そして理由は良くわからないけど、転生かこの島で彷徨える魂の案内役としての勤めを永遠に続けて行くかを選ぶことになったんだ。だから俺とリッカは案内役をすることを選択した。その結果、俺達は転生する権利を失い、この島で永遠で案内役を努めていくことにしたんだよ」

「永遠に!? じゃ〜ずっと2人だけなの!?」

「まぁ〜厳密にいえば時々サーシャみたいに迷い込んでくる魂もいるし、実際には島同士は若干交流があるんだよ。だから時には島同士で協力しあったりする場合もある。でも基本は2人で生活してるよ」

「そうなんだ……寂しくない?」

「う〜ん。リッカがいてくれるから寂しくはないかな」

「実際、他の島の住民達とも会うこともあるしね」

「そうなんだ。仲がいいんだね」

「そうよ」

後ろからリッカが現れた。

「うわ!! びっくりした〜〜いつの間に」

「フフ、話し声が聞こえてきてね。なんの話しかなと思って」

ハーレットを見るリッカを見て。

「2人は本当に仲がいいんだね。私と彼も2人みたいになれるかな?」

「もちろん!!」

「2人の気持ち次第でどのような形にもなれると俺達は思っているよ。」

気持ち次第か。

「私、怖いのかもしれない」

「彼にプロポーズされた時は凄く嬉しかったの、身分が違うのに関係ないって、私と一緒にいてくれて、そんな優しい部分が元々好きだったんだけど、身分の違いや周りに迷惑をかけてまで私達のワガママを貫き通していいのかなって。一緒になれば彼は家を追い出されるかもしれないし、私の家族にも迷惑かけちゃう」

「それでも彼と一緒にいる覚悟が私にはあるのかなって」

「……なら、見てみるかい?」

「え?」

ハーレットとリッカはニコッと笑い。

「ついておいで」

ハーレット達と向かったの家の地下であった。階段を降りていき、薄暗い中、扉をあける。部屋の中に入り、リッカがロウソクに火を灯すと、そこには魔法陣?みたいな円陣の模様が描かれていた。

「家の地下にこんなところがあるなんて」

「まぁね。たまにしか使わない部屋だから、汚れてはいるけどね」

ハーレットは苦笑いしながら、部屋の中の置物などをどかしていく。

「今回は貴方がやる?」

「ああ」

2人が何やら準備している。

「よし、じゃ〜サーシャは真ん中に横になって」

ハーレットの言う通り、円の中心でサーシャは横になる。頭側の方にハーレットが胡座をかいて座り、目を瞑り始めた。

「サーシャも目を閉じて、リラックスしてゆっくり呼吸をして」

リッカに言われるがまま目を瞑り深呼吸をする。

「よし、いくぞ」

そういうと体の周りが暖かくなり、頭がボーッとしてくる。そこから急に猛スピードで引っ張られるような感覚がする。

「うわッ!! なにこれ!?」

「大丈夫、深く呼吸を続けて!!」

フッと頭の中にリッカの声が聞こえてきて安心したのか体がこの流れの感覚に慣れてきた。トンネルを抜けるかのようにフッと一瞬光に包まれる。
少しして、目を開けるととある一室の中、目の前にあるベッドを見ると私が目を閉じ横になっている。

「わた、し?」

これは現実?夢?どういうこと?

「今、天界にあるサーシャの視覚で地上に見れるように繋いだのよ」

リッカの声がする。

そうなんだ。
そのままベッドの脇に目を向けると見覚えのある人がいる。

「ロラン……」

「サーシャ、気分はどうだい? 今日は風が気持ちよく穏やかな1日だったよ。こんな日はお前と外にでも出掛けたい気分だよ」

もちろん私の体は反応しない。

「フ〜」

彼は深く呼吸をし、ベッドの脇にあるイスに座り、私の手を握る。

「頼むよ。サーシャ。戻ってきてくれ。俺はやっぱり、お前がいないとダメなんだよ」

彼は話し続ける。

「今日も母さんとケンカしちゃったよ。どうしても、俺をステンリーさんのとこの娘と、結婚させたいらしい」

「こんな時にまだその話し続けるのかよって怒鳴っちまった。母さんだってお前を小さい頃から知ってるのにな。いつから、ああなっちまったんだろうな」

「ロラン」

「お前は優しいからな。だから身を引こうとしたんだろ? だから断ったんだろ? だけど俺は諦めきれないよ。お前じゃないとダメなんだよ。お前じゃないと俺は絶対後悔する。そんな後悔する人生は嫌だ。俺はお前といたい。だから、頼むよ。戻ってきてくれ。また俺にサーシャの声を聞かせてくれ……」

ロラン……
気がついたら私はの頬に流れるものがあった。その直後、扉が開き、父と母が入ってきた。

「あ、こんにちは」

「あら、いらっしゃい」

「おう!!」

 母と父は優しく微笑みながらロランに声をかける。

「毎日、毎日ありがとうね」

「いえ、元はといえば俺のせいですし、本当……なんて言ったらいいか」

「気にしないで、ね。あなた」

「ああ、それにしても階段から落ちるなんて、本当にコイツはそそっかしいな。」

「本当にね」

母はハァ〜っと溜息をつく。

「ロラン。貴方も娘の事を気にしてくれるのは嬉しいけどいいのよ。結婚の話も出てるんでしよ?」

ロランは2人の方に顔を向け。

「ありがとうございます。でも俺はサーシャがいいんです!! サーシャ以外、考えられない。例え、家を破門になっても……すみませ!! また来ます!! じゃ〜!! サーシャ。またな」

そういうとロランは部屋から出ていった。

母はヤレヤレと、呆れながらも嬉しそうに
「ホントにこの子は幸せね。あなたをお嫁さんにしてくれるって人が現れたのに」

そう言って私の頬をなでる。

「本当だな。こんなチャンス中々ないぞ」

「でもロランが破門になっちゃうのは……」

そう……私となんか一緒になったら彼は全てを失ってしまう。

「いいじゃないか」

「あなた?」

お父さん?

「ロランは、それでも一緒になりたいと言ってくれてる。破門になったって、俺たちが助けてあげれればいい、それに、この2人なら身分なんかなくなったって幸せになれるさ」

「そうね」

「サーシャ、聞こえるか? お前のことだから心配して起きれないんだろ? 大丈夫、俺たちもついてる。だから……早く、戻ってこい。俺と母さんにお前の花嫁姿を見せてくれ」

そう言うと父は涙を、流しながら私の頭を撫でる。

父さん。

------

気がつくと私は円陣の上にいた。
ああ、戻ってきたんだな。

体を起こすとリッカが「お疲れ様」と手を出してきて私はその手をとり立ち上がる。その後ろでは汗だくでいかにも疲労困憊なハーレットがグダ〜っと倒れていた。

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。これはちょっと疲れるやつでね、それより」

「?」

「いいの見れたかい?」

「うん。ロランも両親も本当に私を大事にしてくれて、なんか身分とか迷惑かけちゃいけないとか、心配した自分がバカみたい」

涙が止まらない。

「私は、生きたい!!」

 その瞬間。サーシャの体を光が包み込む。

「これは?」

ハーレットとリッカは驚きながらも。

「随分いいタイミングだな」

「おめでとう、あなたの生きる気持ちが肉体に戻る為の力に変わった。今なら肉体に戻れるわ」


「本当!?」

「言っただろ? 生きたい気持ちは時に奇跡になると」

「私死なずに肉体に戻れるの!? ありがとう。ハーレッ!! リッカ!! 私、あなた達のこと忘れない!!」

ハーレットとリッカは少し寂しそうな顔をして
「ごめんなさい。サーシャが肉体に戻る時はここの記憶はなくなるわ」

「え?」

「魂になってからの情報が漏れないようにするためだ、天界、獄界、転生、信じる人も信じない人もいるが本当にあると知られたらよくないからね」

「そんな……」

「残念だけど、でも」

「でも?」

「私達はあなたのことはけっして忘れない。ハーレットと私はあなたのこれからの人生に幸せが訪れるよう、祈っているわ」

そう言ってリッカはサーシャを抱きしめた。

「あなたなら、大丈夫。どうか幸せな人生を」

「時間だ」

「私、頑張!! ハーレッ!! リッカ!! ありがとう、本当にありがとう!!」

そう言い、サーシャの体は光に包まれ消えた。

「幸せな人生を歩めるといいな」

「サーシャなら大丈夫よ」

「そうだな」

「さて、オヤツにしましょうか? ハーレットも疲れたでしょ?」

「ああ、そうしよう」

ハーレットとリッカは上に上がっていく。

------

目を覚ますと私はベッドの上だった。

体がギシギシと軋む感じがする。痛いの我慢し、起き上がる。

少しボーッとする
あれ?私、どうしたんだっけ?ロランと一緒にいて階段から落ちて……

思い出せない。
でも、なんかとても貴重な時間を過ごしたような、不思議な感じ。

はっと違和感を感じ右手の方に目をやると△が私の手を繋いで寝ていた。

「ロラン……」

私は優しく彼を起こす。ん〜っと眠たげにロランが目を覚まし、サーシャと目が合う。まるで時間が止まったかのような刹那の間。

ロランの目が一気に見開き。

「サーシャ? サーシャ!! 起きたのか!? 大丈夫か!?」

ロランが私の体をグワングワンと振る。

「ちょっと〜〜痛いってば」

「ああ、ごめん。ちょっと待ってな。伯父さん達読んでくる!!」

そう言うとロランは部屋から出ていった。

「も〜。そそっかしいんだから」

彼が居なくなり、部屋の中を見回す。窓から陽の光が当たり、風が優しく吹く、不思議だ、階段から落ちてから意識はなかったはずなんだけどでも、私の気持ちと覚悟の決心はついていた。

「私達なら……大丈夫よね?」

 ドタバタと部屋の外から騒がしくなり、両親が入ってきた。2人共、涙を流している。

私は。

「お母さん、お父さん。心配かけて。ごめんね」

2人は私に抱きついてきて喜びの声をかける。なんか色々喋っているがあまり耳にはいならない。

ロランの姿が目に映る。

ちゃんと……ちゃんと、伝えなきゃ。

「ロラン。あのね」

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