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コチ 1-9


 まだ花が蕾だった頃の話。

 蕾の頭上を空高く伸びる草の葉がグルグルと重なっていた。
 小さな空から見えるのは、ほっそりとした光でひっそりと空に浮かぶ月。
 賑やかに音楽を奏でる虫たちの歌の間から声がする。

 「やあ。可愛らしい蕾だね。」

 蕾が小さな空を見上げると、淡い月明かりに月影が羽ばたいていた。

 「あ、また来てくれたのね。」

 思いがけない言葉とその嬉しそうな声にチョウは一瞬たじろいだ。 

 「あれれ?僕に会った事あるの?」

 チョウは、生い茂った葉っぱの一つにそっと腰を下ろした。

 「あ、ごめんなさい。憶えてないよね。私、なかなか花が咲かないから。あなたとね、前に約束をしたのよ。」

 さっきよりもだいぶ萎んでしまった声にチョウは慌てた。

 「約束?そうか、えっと、待ってよ。そうだな。うーん。ヒントがあるのかな?」

 「私の花が咲いたら春を告げに来てくれるって話。どうだ?思い出したか?」

 蕾は笑いながらそう言うと、チョウは一瞬言葉を詰まらせた。そして、明るく蕾に話す。

 「ははーん。残念でした。それは僕じゃない。他のいけ好かない野郎だな。おかしいと思ったよ。僕がこんなに可愛い蕾を忘れるわけがない。でも、安心しなよ。チョウは約束を破らない。そのチョウはきっと君との約束を覚えているはずさ。」

 その優しいチョウの声は蕾を安心させた。

 「ごめんなさい。間違えちゃったのね。」

 「いいって。いいって。世界は広いんだ。羽を生やした奴なんてそこらじゅうに飛んでいるさ。その中で僕は君に会えた。幸運の羽の持ち主って事だね。」

 「嬉しい。じゃ私は幸運の蕾?」

 「ははっ。そうさ。君は僕に会えたんだからね。」

 調子の良いチョウの言葉に蕾はクククって笑った。

 「じゃ幸運の花が咲くかしら?」

 「そらそうさ。とびっきり幸運の花が咲くよ。でも残念だな。君に春を告げる事が出来ないなんて。先約がいるんだもんね。」

 「そのチョウが憶えてくれているかはわからないけどね」

 「憶えているさ。言ったろ。チョウは必ず約束を守るんだよ。」

 「そうだった。」

 蕾は優しく微笑んだ。

 「チェッ。悔しいな。そうだ。決めた。僕も君と約束しよう。」

 「え、何を?」

 「君さ。虹を見たことあるかい?」

 「虹?」

 「大空を架ける色とりどり大きな光の橋だよ。」

 「え、なにそれ。見てみたい。」

 「これは自慢だからよく聞いてね。僕が小さくまだ葉っぱを齧っている頃さ。あ、もう心配ない。もう僕は大人さ。君の葉っぱを齧ったりしないよ。」

 「ほ。良かった。」

 「僕が夢中で大きな葉っぱを齧っていると見上げた空に大きな虹が架かっていたんだ。それはとても美しくて、空一面、手を繋いだようにどこまでも伸びているんだ。それから、僕は空にかかる美しい虹によじ登ろうと短い手を必死になって伸ばしているとさ。どうなったと思う?」

 「何?」

 「僕に羽が生えたんだ。」

 「え、本当に?」

 「ほら見て。」

 チョウは自分の羽を翻した。

 「じゃ幸運の羽で虹の羽なのね?」

 「はは、そうだね。ねえ。君も見たいだろ?」

 「虹?‥見えるかな?」

 「君が花を咲かせたらさ。」

 「うん」

 「虹をここに連れてくるよ。」

 「ここに?」

 「そうだよ。ここに虹を呼んで。君の春を祝福しよう。」

 「素敵ね。もしかしてそれが約束?」

 「そうだよ。」

 「本当に?」

 「もちろんさ。僕には幸運の羽があるんだぞ。」

 ふふっと花は笑った。

 「私も幸運の花が咲くもんね?」

 チョウも笑った。

 


 


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