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精神科閉鎖病棟での価値観

こんにちは、Aさんです。
筆が乗っているので、僻地にある精神科患者の狂った少し変わった価値観をご紹介したいと思います。

一つ前の記事で下町の某大型病院へ入院を考えるも断念した話を書きました。
一人で行ったかのように書いていますが、本当は夫が付き添ってくれて運転も夫がしてくれました。
Aさんはインターネットを黎明期から嗜んでおりまして、身バレするのを極端に恐れています。
2000年前半からインターネット漬けなので、今の世の中みたいに顔出し本名出しなんてあり得ない、頭がおかしい、どうかしてる、という価値観をまあまあ最近まで持っておりました。
個人ホームページ全盛期。キリ番、個人掲示板、ハンドルネーム、メモ帳にhtmlを打ち込んでffftpでアップロード。お絵かき掲示板、個人チャットルーム、エトセトラエトセトラ。ああ、懐かしのあの時代。

本題からずれてしまいました。
上記の理由から年齢も性別も家族構成も不詳にしようかと思ったのですが、そうすると書ける話が限られてくるので、とりあえず夫がいる既婚者の女ということは明かそうかなと思います。

突然なのですが、Aさんの夫はよく職務質問を受けます。
歩いていようが、車に乗っていようが、警察の鋭い観察眼が彼を素早く捕えます。
180cm近い身長、痩せ型、ロン毛、髭、黒縁メガネ、ダボついた服装、気怠げに歩く、ポケットに手を入れている、顔色が悪い。
役満です。不審者ビンゴがあるとすれば、ビンゴの紙の穴全部を開けなければならない位、怪しい風貌です。
それ故に、彼が普通の生活でフランクに知らない人に話しかけられることはありません。道を聞かれることもきっと少ないでしょう。善良な市民であれば、もう少しマシな人を選ぶはずでしょう。
新宿なんか行ったら黒人のにーちゃんに薬物を売られそうになる感じです。なんなら、売ってる側に見られることもあるのでは。

ちょっと配偶者のことをボロクソに言いすぎたので、補足すると死ぬほど優しいジェントルマンです。Aさんのクソみたいな人格をマイナスからややプラス位まで引き上げてくれた、とても素敵な男性です。

そんな不審者然とした夫が、付き添ってくれた精神科病院で
「こんにちはっ!」
と、男性に元気よく挨拶されたとびっくりしていました。
なんだろう、シンパシーを感じたのでしょうか。群れの中でより強いオスに最初に挨拶しておこう、という生き物としての本能だったのかもしれません。

かと思えば、病院外にある喫煙所で、目が座ったおっちゃんにずっと睨みつけられていたそうです。
普段夫は人混みを歩いていても、周りの人が避けていきます。改札でピッする時、積極的に他の方に譲られます。駅などで所謂ぶつかりおじさんに狙われるAさんですが、夫がいると全く狙われません。
そんな夫が、ここではおっちゃんにメンチ切られているのです。一歩でも夫がおっちゃんに近寄ろうものなら、「わりゃ、こりゃ、やんのかい、ボケえ、コラァ!」とアウトレイジな世界になりそうです。
(注釈:夫は喧嘩などしません、Aさんの空想です)
ちなみにこの喫煙所、当たり前のように喫煙者の方々が地べたに座って、ハードにスモーキングしていたそうです。
そりゃあ近隣住民からクレームきますよね。(病院のクチコミに書いてあった)

Aさんが病棟を案内してもらっている間、夫は院内の喫茶店で待っていたそうです。
おそらく障碍者支援などでしょうか、喫茶店で働いている方は一般就労ではなさそうな雰囲気だったとのことです。
カレーとバナナシェイクのセットを頼んだ夫。そうすると喫茶店スタッフの方が困惑しはじめたそうです。
「ちょっと!バナナシェイクって今日できるの?!」と男性スタッフが厨房にいる女性スタッフに向かって叫んだそうです。
夫は女性スタッフの方に目をやると、厨房と客席を仕切るカウンターにバナナが沢山並んでいるのが見えたそうです。バナナあればできるよね、バナナシェイク。
しかし、女性スタッフは困惑しながら「ええ?!バナナ?!バナナシェイク?!バナナある?!」とプチパニック状態で叫び始めたと。
夫も困惑。その話を後から聞いたAさんも困惑。
まあでも、バナナがあるからといって必ずバナナシェイクができるとも限りません。牛乳が切れているかもしれないし、ミキサーの調子が悪いかもしれない。
そんな場合は普通の喫茶店だって大きな声で、オーダーされた商品を提供できるかどうか確認しますでしょう。
結局バナナシェイクのオーダーは通ったそうです。
男性スタッフが夫に近づいてきて、顔を10センチくらいの距離まで近づけてきて、
「生クリームかけますか?」
と聞いてきたそうです。
夫、そんなに近い距離で初対面の人に話しかけられた経験がなく、びっくりして「とりあえず大丈夫です」と答えたそうです。
夫の頭の中は、「生クリームって?甘さ足すってこと?え?どういうこと?」とバグり散らかしてたそうです。
「生クリームかけますか?」という台詞、至近距離のおじさんの顔、このふたつのコンボはなかなか貴重な体験ですものね。
おそらくですが、バナナシェイクの上にトッピングするホイップクリームのことでしょうね。Aさんもよく言い間違えてしまいますから、気持ちがよくわかります。
バナナシェイク、びっくりするくらい美味しかったそうで、「作り方聞きたいな〜」と満足げな様子だった夫。

上記の喫茶店の件は『Aさん 入院辞めます』の後日譚みたいなもので、決して喫茶店スタッフの方を揶揄している訳でも、彼らの価値観がおかしいと言いたい訳ではありません。こういう方達のおかげで院内に喫茶店というオアシスができている訳ですから。まあ、入院しなかったから二度と行くこともないんだけど。


Aさんが今回の記事で伝えたいのは、郊外、特に地方都市にある精神科病院の急性期閉鎖病棟という場所では、世間一般と病院内での価値観が逆転する傾向にあるのではないだろうか、ということです。

そもそも、記事内やプロフィール欄でたびたび出てくる「急性期」という言葉に触れておかなければ、と思います。
「急性期」とは精神科のみならず、普通の病院でもよく使われる言葉です。
差し迫った病状、緊迫した状態、ということですね。普通の病院であれば、すぐに処置しなければいけない病状の方や、常に介護が必要な症状の方を指します。
精神科の「急性期閉鎖病棟」も上記と同じような扱いで、病状が安定しない患者さんや、常にスタッフの方の介助が必要な方達が集められる病棟である。

この急性期閉鎖病棟にいる患者さんというのは、ガッツリ病状が重いです。入っていたAさんが言うので間違いないです。
それ故、なんらかの行政の支援を受けている方がほとんどです。なんらかの支援とは、介護サービスや障碍者手帳・障碍者年金、生活保護などの身の回りのお世話から金銭的な国からの援助を指します。

これから綴るのは二回目の入院の時のエピソードです。

一回目の閉鎖病棟入院を経て、院内での身の振る舞い方や過ごし方に幾分か慣れていました。また、一回目に入院した時に居た長年入院している固定メンバーも健在だったので、こういう人に対してはこういう言い回しや行動が良い、という閉鎖病棟を安心安全に過ごすための独自マニュアルも心得ていたわけです。

そんなこんなで10日ほど経つと、比較的病状が軽いおしゃべり好きなおっちゃんやおばちゃんと花札で遊ぶようになりました。
(因みにAさんは閉鎖病棟で花札をおっちゃん達に教わり、めっちゃ強くなった)
Aさんが入院していた病院はボードゲームやカードゲームを規定時間内であれば貸し出していて、暇だろうからなんか患者同士で楽しんで〜というスタンスでした。
ひたすら無言で花札をするわけではないので、まあ雑談しながらという流れになりますよね。

「Aさんは自宅では週に何回介助受けてるの?」と、何かの会話の最中に聞かれました。
「介助ってなんすか?」と返答すると、びっくりした様子で
「え?!一人暮らしって言ってましたよね?!介助の人来ないんですか?!」と。
ああ、なるほど身の回りのお世話をしてくれる介護サービスのことか、と合点がいったAさん。
ここで「そんなん受けなくても生きていけるんで」とか「そこまで重症じゃないです」などと言うのは禁物です。マイルドに受け流すのが鉄則。
「あ〜、まあ、一人でなんとかなってますね〜、今のところは〜」と差し障りのない返答。

「え、じゃあ、障碍者手帳は何級ですか?」

と、思い切り踏み込んだ質問を投げかけられる。
Aさんの病名については今後説明していきたいのですが、まあ別に障碍者手帳を貰わなくても生きていける感じです。というか、障碍者手帳をもし持っていたとしても、精神科の閉鎖病棟で知り合った人に自分の個人情報など教えたくない。

「あー、手帳とかは持ってなくてー。あはは、よく分かんないっすね」と、これまた華麗に受け流す。
そうすると質問をしてきた男性が力のこもった口調で、障碍者手帳のメリットを説いてきたのである。そうすると、質問をしてきた男性の熱が他の花札メンバーに伝染したのか皆が口を揃えて、

「え?じゃあ、障碍者年金もらってないの?!どうやって生きてるの?!」

と、ものすごい音量で聞いてきたのである。ほぼ怒声である。
この話題はそこまで白熱する議題なのだろうか……。Aさんは場の空気に圧倒されて、もう花札どころではなくなっていた。せっせと短札を集める為、他の人たちの手札を観察していたが、そんなものは頭からすっぽ抜けた。

「ふ、普通に働いてます……」

そう答えると矢継ぎ早に「どこの作業所なのか」「A型就労かB型か」「どこどこの作業所は良くない、あそこの作業所は楽だ」どーたらこーたらエンヤーコーラ、と色々な人が各々好きなことを話し始める。
花札をやっているメンバーの近くにいたおっちゃんおばちゃんじいさんばあさんも集まってきて、収集がつかなくなりそうになっていた。

「いえ、作業所とかじゃなく、普通に働いているんです」
その瞬間、いつも花札を楽しくやっている、重度の強迫性障害を患っている仲良し(一般的な仲良しではない)の男性が三枝師匠(現、分枝師匠)ばりに椅子ごとひっくりかえりそうになったのである。

「い、い、一般就労なんですかっ?!」
一般就労とは、その名の通り、障碍者雇用や作業所勤務ではなく、ごくごく普通に会社に勤めてごくごく普通に働いていることを指す。

ここで私は考え始める。こことシャバの価値観は逆転しているのではないか、と。
例えば普通の社会で「障碍者雇用です」という方はパーセンテージでいうとものすごく少ないので、出会う機会がごく少数なのではないでしょうか。作業所勤務という方にも普通に過ごしているとそこまで出会わないと思う。
しかし、ここ、精神科急性期閉鎖病棟ではどうだろう。普通に働くことを「一般就労」とわざわざ特殊専門用語のように扱っている。
ここでAさんは不安になってくる。あれ?私って変なのかな?私、ちょっとおかしい?障碍者手帳もらうべき?年金もらうべき?作業所通うべき?

追い討ちをかけるように、彼らはどこの地区に住んでいるか聞いてきたのである。
Aさんはここでは他人に名前以外の個人情報など教えるもんか、と心に誓っていたのだが、彼らの熱に気圧され、「ほんにゃら区です」と答えてしまう。

「はああああん?!ほんにゃら区ぅぅぅ?!」
もうじいさんばあさんおっちゃんおばちゃん、閉鎖病棟村が血湧き肉躍り狂う勢いである。

Aさんが住んでいたほんにゃら区は、そこの都市でいうと割と富裕者層の多い、繁華街やビル街、タワマンなどが立ち並ぶ地区であった。
別にAさんは金持ちとかではない。ブラックな会社勤務だったゆえ、徒歩で帰れる家を選択したらほんにゃら区だっただけだ。家賃も安い。
しかしそんな説明をしてもどうしようもない位、閉鎖病棟村の村民たちは私の素性を知ろうと躍起である。

「Aさん、実家はどこなの?」
いつも物静かなご年配の女性がここぞとばかりに口を開いた。
実家……?実家を聞いて何になるというのだ。実家なんぞ知られたくない!と個人情報絶対守るんだモードAさんが再び息を吹き返してきた。
しかし、物静かなご年配の女性、私から一才目を逸らさない。そしてこの女性、食事の席順が隣で、入院初日からめちゃくちゃ優しくしてくれた心優しきおばあちゃんなのだ。
Aさんの閉鎖病棟村を安心に過ごしたいもんと、退院後に面倒になりたくない個人情報絶対守るもんの二つの感情がせめぎ合う。
いや、てか、Aさんの実家、わりかし治安悪いで有名なもんにゃら区なわけだから、言っちゃった方が共感をもらえるんじゃん?と、やや落ち着く。

「もんにゃら区ですよ!」
これにてこの話題終わり!終了のゴングを鳴らすのは、ご飯席順隣の優しいおばあちゃん、あなたよ!と待っていたAさん。

おばあちゃん、にっこり笑って、
「アパート?マンション?」

が、が、ガーン!敗北である。ほんにゃら区とかもんにゃら区とか、そんなことはどうでも良かったんだ。私から聞き出したかったのは実家含めた私の経済状況なわけだ。Aさん、圧倒的に完敗である。白旗を何本でも掲げたい。

「一軒家です」
太字にしているが、ものすごい小声で答えた。しかし、彼らは会話を相手のトーンに合わせるなんてどころじゃなくなっている。
話題は「一般就労」で「高所得者層が住んでいる場所に一人暮らし」で「実家が一軒家」なAさん、すなわち私の事で持ちきりである。

次の日の朝、挨拶を交わす患者さん全てに
「Aさんってものすごいお嬢様なんでしょ?」
と聞かれた。どんな噂の周りかたなんだ。
そして昨日まで気軽に話しかけてくれていた、食事を同じテーブルで食べるメンバーがよそよそしく、Aさんの安寧な入院生活が一気に崩れ落ちた。


この日の診察でAさんは泣きながら「自分は作業所に通って介護サービスを利用し、障碍者手帳と年金を貰わなければならないほど病気が重篤だ」と主治医に訴え、薬を増やされたのであった。

シャバと精神科閉鎖病棟の価値観の逆転。ここに染まってしまったら、入院が長引くとAさんは学んだのだ。

この現象は社会的な在り方や働き方だけでなく、病状についても同じことが起こり得る。
心身ともに元気なことが良きとされるシャバと、精神科閉鎖病棟では価値観が異なるのである。
次回はAさんが閉鎖病棟に入院する度に陥る、「病状が悪ければ悪いほど正義なのでは?」パニックについて語りたいと思う。




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