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【ショートショート】不正のはいはいレース #たいらとショートショート

「先にお飲み物お伺いしましょうか?」
「ぴゅあ、150ml」
「すこやか、100ml」
「ほほえみ酒、ん〜2倍の濃さで200ml」

ここは、赤ちゃんしか入店できない居酒屋。
赤ちゃん界では、濃いめ(規定量より水が少なめ)のミルクを「酒」と呼んでいる。
ぴゅあ、すこやか、ほほえみはそれぞれミルクのブランド名だ。


「では、ゆうたろうさんのはいはいレース優勝を祝して」
「「「乾杯!」」」

「ぷっは〜!」
「ゆうたろうさん凄いっす。7ヶ月で、1歳の子を差し置いて優勝なんて!」
「いやいや」

ゆうたろうは、同じ月齢の3人の中で唯一はいはいができるようになっていた。


「しかも、ほほえみって値段高くないっすか?!それを酒で飲むなんて…!まじかっこいいっす!」
「そんなそんな、いつもママがちょっと濃いめにミルク作っちゃうから慣れててさ」
「俺なんて…ずり這いしかできないから、はいはいレースまだ出れないっす…」
「何言ってんだよ、俺なんてまだ寝返り練習中だぞ?!」


2人が話しているのを遮るように、ゆうたろうはゆっくり哺乳瓶を机に置いた。
「今周りに誰もいないよな…?」
「ん…?はい」
「ここの店員、同じ支援センター通ってるもんな…」
「えっなんすか?」

ゆうたろうは残りのほほえみ酒を飲み干し、言った。
「実はさ…支援センタースタッフ、俺の叔母さんなんだけどさ」
「…はい」
「叔母さんに頼んで、ズルしてレース優勝した」
「「えええっ?!」」
2人の声が店中を響き渡る。

「しっ静かにしてくれ、店員に聞こえちまう!」
「すすすいません」

「叔母さんが、俺以外のレーンにワックスを塗りたくって、床をツルツル滑りやすくしたんだ」
「…」
「俺が1歳に勝てるわけない…だろ。ワックスのおかげで他の赤ちゃんが滑ってゴールできなかったってわけさ」
「でも、どうして…」
「…去年隣の地区のはいはいレースの不正のせいで、あそこの支援センター新しいおもちゃ入れて貰ってないんすよ!」
1人の赤ちゃんは怒りのあまりガラガラを机に叩きつける。

「バレたら大変すよ…!新しいおもちゃ入らないのは死活問題だ…」
もう1人は顔を真っ赤にして泣いた。

「皆ごめん…でも俺、欲しかったんだよ…。優勝賞品ほほえみ缶3缶が…」
「…」
ゆうたろうはよだれを垂らしながら号泣した。

「…ゆうたろうさん、顔をあげてください。」
「大体のママさんは、ミルクを安さで選びますからね。ほほえみなかなか買ってもらえないっすよね」
「お前ら…」
2人は、険しい表情から優勝を祝った時の柔和な顔に戻った。

「俺たちの秘密にしましょう!言わなきゃバレないっすよ!」
「今度、ほほえみちょっとくださいよ?」
「ははは、分かった分かった!」
ゆうたろうは、涙をよだれかけで拭き、笑顔に戻った。


「あ〜なんだか離乳食食べたいっすね、店員呼びましょうか?すいませ…」
「あの〜…さっきからずっとここにいるんですけど…」
「えっ?!」

同じ支援センターに通う店員が、ゆうたろうたちのテーブルの前で、四つん這いで待っていた。
3人の顔は青ざめていく。

「ご注文はいかがなさいますか?」

(文字数:1,256文字)


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