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ランナーズハイ             ――画像しりとりはじめました(#148)

(#147) リストラ→「ら」→ランナーズハイ

なんや知らんが、

走っているうちに気持ちよくなってきたらしい。


なお、この勇者は、ひどく赤面する予定。

また、この勇者は、その後、容疑者Mメロスとなる予定。



ランナーズハイ。マラソンなどの長距離走はもちろんのこと、ジョギング程度でも、長時間走っていれば徐々にシンドくなるわけだが、そのシンドいのを我慢してさらに走り続けると、ある時点から逆にえも言われぬ快感というか、恍惚感にも似た感覚が湧き上がってくる。これがランナーズハイと呼ばれる現象である。

このランナーズハイ、体内で生成される「内在性甘美の井戸」……もとい内在性カンビノイド(*1)という、いわゆる脳内麻薬によってもたらされる恍惚感なのだそうな。鎮痛効果はマリファナなみというのだから、走るだけでラリることができると考えれば、まあ安上がりというものか( ̄∀ ̄)。

*1:内在性カンビノイド:従来、ランナーズハイは、βエンドルフィンという快感ホルモンによって生じるとされていた。が、近年の研究により、βエンドルフィンが脳の半透膜を通過して脳に達することができないことが分かり、ランナーズハイをもたらしているものとして有力視されているのが内在性カンビノイドとされ、そのことを裏付ける実験結果も出ているもよう。
 詳細は脚注参考記事を参照されたい。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

私にとって「走る」という行為は、今にして思えばミョーなドラマをもたらすものだったようだ。

小さい頃の私は、どちらかと言えば病弱な方であり、なにかというとすぐ発熱しては寝込む、ヒドい時はそのまま病院へ直行、入院……というのが半ばルーティンワークにすらなっていた。
当然、運動なんて縁遠いものだし、ましてやスポーツを楽しむなんてことは完全に別世界の娯楽だ。

最初のトラウマは、小学校低学年。何年生だったかは覚えていないが、転校前の学校なのは確実なので、1年から3年までのいずれかの運動会の時のことである。

運動は苦手な私ではあったが、しかしながら、その時ばかりは妙に心躍っていた。昂ってさえいた。その理由は、同じクラスの大好きなユリアちゃん (仮名) と一緒に走るというチャンスが予定されているからだ。

詳しい内容までは忘却の彼方だが、とにかく男女ペアの障害物競走と借り物競争的なものがミックスされてる、そんな感じのものだったのをかろうじて覚えている。

クラスでも一人でいることが多く、客観的に見れば寡黙というより根クラといった私とは対照的に、ユリアちゃんは性格も明るくて良く笑い、いつもたくさんの友達が周りに集まるような、いわゆるクラスのマドンナ的存在だった。自分にはないものだらけの太陽のような女の子に憧れにも似た好意を抱くのは、10歳前後のガキんちょには半ば必然だったかもしれない。

そんな憧れのマドンナとペアで一緒に走れる。
そう考えただけでもうワクワクのドキドキ、心臓バクバクで頭の中はポッカポカだ(*´∇`*)♪。

レースの前半はとても楽しかった。それぞれの借り物パートでは、彼女が知らなかったものを自分がたまたま知っていたこともあり、松平くん、スゴ~い!なんて言われてもう有頂天だ。
最初は緊張で隣に立つのもいささか憚られるようなぎこちなさ丸出しだったのに、レースの中盤ではナチュラルに手を握って一緒に走ってさえいる。

運動会、チョー楽しい\(^o^)/♪

そして、レースの最終盤。二人三脚で進むか、どちらかがどちらかをおぶって進むかの二者選択という、誰が考えたのか知らないが、エラくトリッキーな最後のステージが待っていた。

とはいえ、こんなもの、わざわざ考えるまでもない。
私はかがんで両手を後ろに回し、さぁどうぞ、と、おんぶスタンバイ。
ここまでは、ゲーム性が問われるステージでもやることなすこと私の思いどおりにことが運び、始終、私がレースをリードしているような展開だったこともあってか、彼女もごく自然に私の背に体を預けてくれた。
憧れのユリアちゃんを背負い、そのままトップゴールを決めるのだ!

気合が入る。
せなに感じる温もりと信頼感を推進力に変え、いざ、スタートだ。

――お、重い!( ゚Д゚)!。

……どうしたことだ。どんなに気合を入れても足が前に進まない。
彼女の名誉のために断っておくが、決して彼女の体重が過剰に重い、いわゆるD.B.デイービーというわけでは断じてない。正確な体重はもちろん知らないが、外見から察するにごくごく普通の体重と思しき体型である。ただ単純に、私の力が圧倒的に足りないのだ。

だが、ここで怯んでいては男がすたるというもの。
私は、ありったけの力を総動員して、歩を進めた。

一歩、二歩。たぶん、傍から見れば、生まれたばかりの仔馬が華奢な足をプルプルさせながら必死に立ち上がろうとしてる、あれだ。仔馬一頭なら微笑ましい命の煌めきを感じさせる一大イベントだが、小学生の男の子が小学生の女の子をおぶってぷるぷるしてるのは、微笑ましいというよりはいささか痛々しい。

三歩目。ついに片膝をついてしまった。

「大丈夫?」

心配そうな彼女の声が耳元でちょっとビブラートしている。
ううっ、ユリアちゃん、不安にさせて済まない。

「大丈夫」

彼女の不安を払拭させるべく即答。そして、再度四肢に力を込める。
なんだろう、前より彼女が重く感じる。
――いやいや、なんのこれしき。

「替わろうか」

いよいよ見るに見かねて彼女がそう言葉をかけてくれた。

「いや、大丈夫」

全然、大丈夫じゃない。
正直、もう体力の限界ですらあったが、彼女にそのセリフを口に出させてしまった自分に猛然と腹が立った。

拳王さまもこう仰っておられる

自分に対する怒りが最後の力を与えてくれたのだろうか、そこから四歩、五歩、六歩。勢いづいて一気に歩を進めたが、それが限界だった。

前のめりに崩れた自分の背から小さく彼女の悲鳴が聞こえた。
こちらはこちらで、組体操のピラミッドの一番下のやつになった気分だ。
受け身の体勢もろくにとらずにつんのめったから、顔中砂まみれになってしまった。

気がつくと、彼女は無言で、ついさっき私が颯爽と構えたおんぶスタンバイの体勢をとって私を待っている。
事ここに至っては、是非もない。
私も無言のまま、彼女の背に体を預けた。

こうして、プライドがズタボロにちぎれた砂まみれの荷物を背負い、クラスのマドンナは、颯爽とグラウンドを走り出した。

私はといえば、情けなくて情けなくて周囲のどこも見ることができず、ただただ目の前にある彼女のうなじの大きなほくろだけを凝視していた。
そこから先はもう何も覚えていない。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

中学に入ると、私の環境はがらりと変わった。
中学に上がってすぐ、自分の身体が何やらワケのワカラン長ったらしい名前の難病で、恐らくそう長くは生きられないと主治医に言われ、だからせめてこれからは好きなように生きてくれ、と泣きながら母に言われ、どうしようもない中学生のガキは、とりあえずありきたりに荒れて、ケンカ三昧の日々が始まった。

なにせもう身体を気遣う必要がなくなったのだ。むしろ、医者の言われたとおりに死ぬのが癪で、ケンカの果てに殺された方がまだ自分の意思が少しは反映するのではないか、という、自分の病気の名前なみにワケのワカラン理屈を振りかざして暴れるという始末。

幸いというか、世間はちょうど校内暴力全盛の時代だったので、ちょっと態度を不遜にするだけで、ケンカ相手に困ることもなかった。
アイツ生意気だ、それだけでケンカに突入できる時代だったのだ(笑)。

しかし、そんな荒れ放題の1年ちょいの末、ついに警察の御厄介になった時のこと。身柄を引き取りに来た母の、涙に暮れて何度も何度も頭を下げるその小さな背中を見て、なにやってんだろ自分――そう自己拳王、もとい自己嫌悪した。

自己拳王

かくして、アホみたいに荒れることを止め、もうなるがままでいいか、そう達観できた14歳のガキは、自分の中に秘かな変化を知る。

中学に上がるまでの自分は、自分の身体の弱さを自覚して極力無理をしないよう無理をしないよう努めてきた。が、そのリミッターをはずして大暴れバカしてみたら、意外と身体バカくのだ。

勿論、これまでどおりちょっとしたことで熱は出るし、相変わらずちょくちょく入院沙汰にもなるのだが、無理をしないよう縮こまっていても、思いのままに身体を動かしていても、結果同じなら縮こまってる必要もないか。
そう気づくことができて開き直れたのは、結果的に大きかったといえよう。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

高校に進学すると、自分の運動能力が、今まで自覚していた「劣っている」という認識とはやや違っていて、むしろ単純な運動能力なら秀でている部類だということも分かった。
無論、秀でているといってもたかが知れているレベルではある。
たとえば、陸上部の連中が出ないような体育大会のリレーなんかでは帰宅部の自分が天下を取れる、そんなレベルだ。
せいぜい高校の学校内という井戸の中のピョン吉、その程度だということもまた自覚していた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

そんな事情が少し変わったのは大学1年の時。
人体の身体に関する総合講義みたいなカリキュラムをとった春、運動における筋肉の種類とかの話から、筋肉には瞬発力に秀でた速筋、持久力に優れた遅筋というのがあり、その割合は個々人で違うので、それを知ることが自分に向いたスポーツを見つけるひとつの道標になる、とかいう話だった。

そして、具体的なサンプルとして何人かの希望者の筋肉組織を調べることとなり、出席番号が早い私もその中に入っていた。

そこで私は思いがけないことを知る。
自分の筋肉組織が、速筋と遅筋を兼ね備えたハイブリッド、いわゆる中間筋というものの割合がベラボーに多いというのだ。
これは先天的に備わったもので、後天的に増やすことができない「才能タレント」だから、鍛え上げればとんでもない一流アスリートになれる、いやなるべきだ、その助教授は口角泡を飛ばしながら興奮している。
彼は陸上部の顧問でもあった。

いやいや、私、もうすぐ死ぬんで(笑)。
大学の陸上部に入らないか、というお誘いに、こちらの事情を話し丁重に固辞おことわりしたのだが、その後も執拗……もとい熱心な説得が続き、なんだかんだで陸上部に「預かり」みたいなポジションで所属して、とりあえずトレーニングを積むことになってしまった。
無理のない程度の基礎的なトレーニングなら、むしろ身体の為にはプラスになるかもしれない、という主治医の意見も結果を後押しした。

高校の頃は、100mのラップもせいぜい11秒台の後半だった私だが、さすがに科学的なアプローチで効果的な練習を積むと、僅か1か月かそこらで、100mのタイムは11秒フラットくらいまで伸びた。
陸上関係ドシロートの自分的には、いやたかが1秒ぢゃん(笑)……という認識なのだが、その道のプロに言わせると、ちょいとビビるくらいスゴい伸び方らしい。しかもそれが、何か特別なトレーニングを積んだのではなく、ごく普通の陸上部がやる基礎体力をつけるトレーニングで上がっちゃったのがアンビリーバボーだとのことだ。

まあ、なんかんな喜んでいるみたいだし、とりあえず元気でやれているうちはやってみるか――
周囲のあまりの欣喜雀躍ぶりにほだされて、私も本腰を入れて陸上に打ち込んでみるかな、次第にそう思うようになってきてもいた。

そんな6月のある日のこと。
いつものようにアップから入り、軽く短距離のダッシュを数本こなす。
北海道の6月は、ビミョーな季節だ。
基本的には夏に向かい何をするにも一番良い季節なのだが、5月の中旬から6月の頭くらいまでは、最高気温が25℃を超えるような陽気の夏日があるかと思えば、急に10℃を下回るような寒い日も訪れる、いわゆる「リラ冷え」という代物が風物詩になっている。

その日も、前の日から比べると10℃以上気温が下がっていて、天気が快晴のわりには朝から肌寒い日だった。

アップを終え、この日の1本目のダッシュに入った――その時だった。

最初は、トラックに落ちている何か木のようなものでも踏んだのか、そんな第一印象の大きな音がした。

え――?

次の瞬間、私はトラックに倒れ込んでいた。
コケて手をついたすりむき傷が痛いなぁ、そんな風に思っているうちに、みるみるうちに左の足首に激痛が走る。
そして、その痛みは刻一刻と只事じゃないレベルに強まっていく。

これは、やっちまったか――

病気だけじゃなしに、いわゆる整形外科領域のケガも数多く経験している「ケガのセミプロ」である己の経験上、これはやったらアカンやつや💦……そう直感できた。

こういう寒い日はアップも念入りにやっておけ、そう指示されていたし、そうしたつもりだったのだが――

激痛の中、トラックに大の字になって空を見上げた。
せっかくやる気になったのになあ……遮光ゴーグル越しに見上げた空は、フィルター越しでさえ抜けるように青く大きい。

その視界に二人の顔がかぶさってくる。
真っ青な顔の顧問とその隣にマネージャー見習いとかいう1年生の女子。

担架ー!と叫ぶ顧問を制して私が立ち上がろうとしたので、あわてて顧問が肩を貸してくれた。
すかさずもう片方に1年の女子が回り込み、二人の肩を借りて、どうにか立ち上がる。

「先生、すみません。やっちゃいました」
「いや、いい。いいから」

顔面蒼白な顧問は、経験上、理解わかったのだろう。
あの音は、アキレス腱が切れた際の特有の音だ。

「君も、ごめんね。重いでしょ」

右肩を預ける形になった女子マネ候補生は、まだちょっとぎこちない感じで、それでも一所懸命にバランスをとろうとしてくれている。

「いえ、全然。それより大丈夫ですか?」

心配そうに眉をひそめて見つめてくる彼女。

「大丈夫、大丈夫」

――ぶっちゃけ全っ然大丈夫じゃないけど、そこでわめき散らさないで我慢できるくらいの根性プライドは残っていた。
精一杯のひきつった笑顔を見せると、私の視線が不意に彼女の横顔からその下に流れた――

え?(゜o゜)?

彼女のうなじに大きなほくろ。
改めて、彼女の顔を見た。
こんなことってあるんだ。

遮光ゴーグルのおかげで、私の動揺しまくった目が見られずに済んだのは幸いだったが、なんというバツの悪い再会だろう。

――ま、今回は助けてもらうのが1人じゃなく2人だから、まだいいか
(全然よくない)

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

今日の〆の一曲。
AIR MAIL from NAGASAKIで『メロスのように-LONELY WAY-

アニメ『蒼き流星SPTレイズナー』のOP。

この曲自体は、昔、カラオケのオフ会か何かで誰かが歌ってたのを聴いて「ええ曲やなぁ(*´∇`*)♪」思て、その後、速攻でシングル買った記憶がある。まだ、ジャケットが細長い8cmシングルだった時代^m^

中崎英也が曲を書き、秋元康が詞をつけている。
……そりゃあ、良い曲になるワケだ。
特に奇をてらったところもなく、歌も曲も「スタンダード」という言葉がぴったり当てはまるような曲なんだけど、なんか良い(*´∇`*)♪


おっと、今宵ももうこんな時間だ。
こんな夜は、左足首の古傷が疼くぜぃ( ̄∀ ̄)アホカ


そんなこんなで、
明日も、なるべく多くの人が、ランナーズハイになるまで走り続けなくても自然と幸福感が得られる、そんなステキな一日になりますよう🌈✨



■ おまけ

今回の画像しりとり列車 (148両目) の前の車両です。タイトル「リストラ」と右下のネタ画像で、なにこれ?て引っかかりを覚えた方がおられましたら、時間が許すような時にでも、覗いてみてやってください。

■ 参考・出典


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