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翻訳はウソをつく

不実な美女か貞淑な醜女か

 ロシア語通訳者として活躍された米原万里さんは「不実な美女か貞淑な醜女か」という本を書かれました。これ「美しい翻訳は正しい訳にならず、正しい翻訳は美しい日本語にならない」という意味です。私自身も翻訳や通訳に関わることがあるのですが、すごくよくわかります。
 ただ、ですね、中には「不実な醜女」(正しくも美しくもない訳に)もあれば、「貞淑な美女」(正確かつ美しい訳)もあるんですね。

Physical therapy and occupational therapy

 ワタシは日英バイリンガルもどきなので、通訳や字幕つきの放送は両方同時に理解しようとするのですが、「あれ?違うこといってるな」ってことは時々あります。特に一瞬で訳を作らなければならない通訳は自分でも確実に的確な訳を出せるとは限らないです。そして、これって語学力というよりもその人の知識やセンスを問われることがあります。
 学生時代、通訳バイトをしたときに、通訳のほとんどが私なんかよりずっと語学力の高いネイティブバイリンガルに近い人たちだったことがあるのですが、ある場面で

physical therapy and occupational therapy

という言葉が出てきたときに、私以外の全員が「え?」ってなったことがあります。正解は「理学療法と作業療法」ですが、physical(身体の・物理の)やoccupational(業務上の)からこうした言葉に変換するのは語学力だけでは無理です。

一瞬で定訳を出した水原一平通訳のnasty ball

 最近の「名訳」といえば、これだと思います。

 この水原一平さん、エンジェルズのBest interpreter(最優秀通訳)をもらったこともあるという本当に本当に通訳の名手ですが、彼の通訳というのはいつみても尊敬します。その中でも、「そうくるか!」と思ったのがこの

why you could get so nasty on him

です。nastyというのは以前、トランプが対立候補であるヒラリー・クリントンに対し「Nasty woman」と呼んだことでも話題になりましたが、こんなニュアンスです。

 で、インタビュアーは「なぜあなた(大谷翔平)は仲間であるトラウトにあんなNasty になることができるのか知りたい」と聞いています。ここで「不快な」はちょっと違う。意味わかるけど、ちょっと俗っぽいニュアンスもあるし、これどんな日本語にするんだろう、と、思ってみていたら、水原さんは当たり前のような顔をして

なぜあんなエグいタマを投げたんだって

と、即座に訳したんですね。ちなみにほとんどのマスコミはこの水原さんの「エグいタマ」という訳を採用していますし、やはりこれよりどストライクな訳は考えにくい。彼は一瞬にして定訳を出しているんですね。見事というほかありません。

某翻訳者のジェンダー観が反映されたミュージカル

 もともとワタシは演劇ファンで、若かりし頃によく覚えてるのが、「オ◯ラ座の◯人」を日本初演前に原語CDでめっちゃ聴き込んでたんですね。で、数年後日本で初演があったので、見たんですが、

びっくりしたなあ

だって、日本初演キャスト、英語と全然違うこといってる。

Phantom:You alone can make my songs take flight.  It's over now the music of the night.
◯人:わが愛は終わりぬ 夜の調べの中で

 え?です。要するに、ですね。オ◯ラ座の◯人はヒロインに恋をしているのですが、恋をしていると同時に、自分の作曲の才能を開花させるために利用していたんですね。そして、彼女が去ってしまったら自分の歌を歌ってくれる人がもういなくなってしまうから音楽家としての自分の存在価値がなくなってしまう、っていってるんで、「ふられちゃった」なんてもんじゃないんです。「私の音楽(=存在価値)はもう終わりだ」って言ってるんです。
 しかも、気になるのが原語版にない言葉がやたらと出てくる。ヒロインは亡き父のことをやたら「パパ」呼ばわりするし、ヒロインのライバル役であるカルロッタはヒロインのことを「チビ」呼ばわりするし、ヒロインの恋人のラウルはやたら「僕のいうとおりに」というけど、これにあたるセリフも原文には見当たらない。
 これ、要するに、「ヒロインは未熟で小柄で男性に従順であるべきだ」、という翻訳者の日本的なジェンダー観が反映されているんですね。
 ですが、ヒロインの設定はスウェーデン人(登場人物の大半であろうフランス人よりも平均身長が高い)の成熟した女性なんですね。実際、映画版のヒロインのエイミー・ロッサム(しかもメゾソプラノ)はカルロッタ役の女優より大柄です。父親を呼ぶ時はあくまでもFatherでありPapaでもDaddyでもありません。
 こういうところから考えると、キャンベルスープと同じでこの翻訳者は「日本人好みのテイストにしてる」ということでしょう。

驚異的な正確さと美しさの岩谷時子訳

 ところが、これと同時代に同じイギリスミュージカル(ちなみに本当に本当のオリジナル版のミュージカルはフランス語です)の「レ・ミゼラブル」が初演されています。訳者は岩谷時子です。

Eponine:On my own, pretending he's beside me.  All alone, I walk with him till morning.  Without him, I feel his arms around me.  And when I loss my way I close my eyes and he has found me.
エポニーヌ:一人でも二人だわ いない人に抱かれて 一人朝まで歩く 道に迷えば見つけてくれるわ

まず、訳し漏れがすごく少ない、日本語と英語だと音節の数が大きく違うので「訳せない」部分がありますが、主語とか動詞(!)とか、余計な言葉を極限まで省くことで、字余りが出ないような配慮も極力行っているので、観客にとっても非常に(というか、オリジナルでさえノンネイティブには非常に聞き取りが厳しい台本)音として聴きやすく、心に響きます。

 ということで「貞淑な美女」ともいうべき「適切な翻訳」というのもありますし、聴くものが母国語で味わえることのメリットもあります。 

天下の名訳

 演劇でいうと古くは鈴木信太郎という名訳者がいましたが、「シラノ・ド・ベルジュラック」の

ロクサーヌ:おひろげあそばせ

を原文で読んだらBroidezだったので、うむ、なるほど、と驚きました。美文の大好きなロクサーヌが恋人のクリスチャンに美しい言葉で愛を語ってほしい、とお願いする場面です(無骨な軍人のクリスチャンはそれができないので主人公に手伝ってもらう、というお話)。Broiderってこれですよ。

つまり「鮮やかに飾ってほしい」という意味です。ですが、ロクサーヌは一語で言っている。ならば、「広げる」でいこう、ということなんですよね。

 ちなみに鈴木信太郎訳で一番有名なのはラストシーンで、自分がクリスチャンのゴーストライターをしていたことを最後まで隠しておきたかった主人公が死の間際に「最後まで譲れないもの」として、

mon panache!


と、いって息絶えるのですが、「私の心意気」と訳していますが、原語の直訳だと「私の(帽子の)羽飾り」です。ただし、直訳では背景がわかりにくいので意訳をした、ということでしょうが、これは今でも名訳とされています。こうした名訳を味わう、という意味では翻訳ものも悪くはないでしょう。

ニュースも誤訳する

 以前に書いたことですが、エリザベス女王危篤の際、CNNやBBCが「Health Concern」という王室の発表を聞いてすぐに報道特別番組に切り替えたのに対し、日本のメディアがニュース速報さえ出さなかった、ということがあります。

 日本語でも「会ひ見ての後の心に比ぶれば」という遠回しな表現がありまして、この場合、「会う」とは訳しません。もっとディープなことを遠回しに表現しています。それと同じで「健康状態を心配している→そうですか」ではなく、ニュアンスを考えれば、「ヤバい→危篤→臨時ニュース!」と解釈するのが正しい。FOX Newsは(ほかの局もそうだった気がしますが)Concernedにわざわざクオテーションマークを入れていますが、「字義通りに解釈するなよ、察しろよ」といっているんです。
 もっというと、9.11のときも、日本のメディアは現地取材をせずに現地報道の翻訳を流していたので、現地メディアに比べて内容が表面的で、しかも、時に「あれ?」という報道があったのを覚えています。
 ですので、可能な限り、原語の正しいニュース報道の把握に努める方がいいのだろうと思います。

原語に触れる意味

 このように、通訳・翻訳というフィルターを通して、原文のニュアンスが変えられてしまったり、意味が正確に伝わらなくなってしまったりすることもあります。美しく、正確な通訳は称賛すべきですが、そうでないものもたくさんあります。

 Googleなどの翻訳機能がどんどん進化している昨今ですが、だからといって原語を学ぶ意義がなくなったわけではなく、こんな時代だからこそ、正しい情報とことばの理解のためにも学んでいく必要があるのではないか、と、思います。

 

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