想い出の味 時雨


今朝は目覚ましの音よりも少し早く起きた。
割とすっきりとしていて目覚めがいい。
勢い良く開けたカーテンの先から差し込む朝陽が瞳に染みた。
入学式にふさわしい、青く澄んだ空が広がっている。
すっきりとした表情で部屋から出ると、規則正しく揃った真っ白な食器が出迎えてくれる。
真っ二つに割れた卵から出た黄身は双子だった。
バタートーストは「サクッ」と良い音がキッチンに響く。
食後に飲むミルクが、目覚めに程よい冷たさで喉の奥を通った。
鞄の爪先をトントンと鳴らすとスッポリと履けて、手に持つ鞄はいつもよりも軽かった。
イヤホンを耳に突っ込み、いつもよりも少しだけ背筋を伸ばして歩く。
学校は歩いて20分となかなかいい場所にある。
学校の前の坂は体力がない僕にとってはキツイが。
坂をのんびりと上っていると、かたをポンっと叩かれた。
振り返った先には幼馴染兼親友が笑顔で立っていた。
名前は天月亮。
容姿もかなり良いのだが、性格もいい。
男女共に好かれていて、かなりモテていた。
中学の卒業式後は揉みくちゃにされた後の亮の制服にはボタンが一つも付いてなかったというのをよく覚えている。
「同じ高校に進学出来て良かったな。これで同じクラスとかだったら最高なんだけど。」
「同じクラスだといいな。でもほんとに亮には感謝してる。亮に勉強見てもらったおかげで合格できたんだから。」
「頑張ったのは玲二だろ。俺は何もしてないんだから。それよりこれからもよろしくな。」
「うん。よろしく。」
2人で校門まで行くと、クラス名簿が貼ってあった。
1組1番 天月亮。
2番 石神 玲二 。
と書かれていた。
うちの高校は3年間クラス替えがない。
3年間亮と同じクラスならきっといい高校生活が送れる。
これからが楽しみだった。
時間が過ぎるのもあっという間で、定期テストの日がきてしまった。
結果はクラスで10番目。
なかなかいい成績だと思う。
亮はというと、5番目だ。
やっぱり亮には敵わない。
「やっぱり亮は凄いな。でも次は負けないから。」
「大丈夫だ。次も勝つから。」
なんてドヤ顔で言う。
僕達は1番の理解者で1番仲が良い友達で、1番のライバルだと思っている。
亮がどう思っているかは分からないけど。
昼休み。
今日もいつも通り、一緒に昼食を摂った。
亮は毎日自分でお弁当を作っている。
サッカー部の朝練もあるのに。
亮は料理が上手い。
特にだし巻き玉子は今まで食べてきた中で一番美味しい。
お父さんが料理店を営んでいる影響なのかもしれない。
「玲二は夢ってあるか?」
「特にないな。亮はサッカー選手か?上手いし。」
「確かにサッカーもいいけど、俺は料理人になりたい。親父の料理を食べたお客さんはみんな笑顔になって帰ってくんだ。それを見てて、凄い仕事だと思ったんだ。」
「亮は料理も上手いもんな。亮なら出来ると思う。応援するし、僕に出来ることがあったら手伝うから。」
「ありがとう。俺は本当にいい友達を持ったよ。」
そんなのこっちの台詞だよ、その言葉は恥ずかしいから胸にしまった。
毎日亮は学校の勉強と並行して料理や食材のことを勉強していた。
時々僕にも料理を教えてもらったりして、料理の楽しさを知ることができた。
亮の料理はもちろん美味しいのだが、彩りや見映え、栄養面も考えられている。
それを活かし、料理の大会に出場することに決めたようだ。
当日の朝、起きると亮からメールが着ていた。
たったの5文字だったけれど、覚悟がひしひしと伝わってきた。
「頑張ってこい」
とだけ送った。
一日中ずっとソワソワしていた。
午後5時過ぎ、亮から電話がかかってきた。
スマホの向こう側からは泣き声が聞こえてきた。
その様子から納得のいかない結果だったのだと悟った。
慰めようと口を開きかけた時、
「れ、玲二。俺優勝した。」
「ほ、ホントか。やったじゃないか。」
亮の和食が高評価だったらしい。
特に僕が気に入っているだし巻き玉子は人気だったらしい。
亮の努力は並大抵のことではなかった。
その事を知っていたからつられて僕も泣いてしまった。
あれから1年後、高校を卒業し、和食料理店を営むことになったらしい。
やっと亮の夢が叶った。
いや、叶うはずだった。
起きて顔を洗い、朝ご飯を食べながらニュースを見ていた。
どうやら僕が住んでいる場所の近くで通り魔事件があったらしい。
物騒だなと思っていたのだが、次の瞬間自分の目を疑った。
眠気は一気に吹き飛んだ。
被害者の名前の欄には天月亮と書かれていたのだ。
僕はまだ着替えてなかったから、パジャマのまま家から飛び出した。
なんの挨拶もせず、勢い良く玄関のドアを開ける。
そこにはテレビを見ている亮のお父さんの姿があった。
「玲二君か。ごめんな。連絡できなくて。」
「そんなことどうでもいいんです。どうして亮は死んだんですか?やっと夢が叶うはずだったのに。」
「仕込みの準備をしてる最中に通り魔に刺されたらしい。世の中は残酷だよな。あと1日でも生きていたら夢が叶ってたのにな。」
少しの間、亮のことについて話していると、突然亮のお父さんが勢いよく立ち上がった。
「君に食べてもらいたいものがあるんだ。少しだけ待っていてくれ。」
数分後、亮のお父さんは一皿の料理を運んできた。
それはあのだし巻き玉子だった。
「亮はこのだし巻き玉子を作る度に玲二君の話を楽しそうにしていたんだ。亮のお気に入りってな。幸せそうだったよ。」
だし巻き玉子を口に入れた瞬間、出汁の風味と濃厚な玉子の味が、口の中いっぱいに広がった。
亮のだし巻き玉子そのものだった。
亮との思い出が走馬灯の様に次々と蘇ってくる。
急に視界が見づらくなったから、目を擦った。
指先は涙で濡れていた。
亮が死んだのは本当に悲しかったし辛かった。
だけど今、ある決心をした。
「僕、決めました。亮の夢を僕が受け継ぎます。僕が修行して料理人になります。」
「玲二君の人生だ。玲二君は自分がしたいことをしなさい。」
「僕は亮の側にずっといました。頑張っている姿も見てきました。これが僕のしたいことです。」
「ありがとう。亮は本当にいい友達を持ったよ。」
それから毎日亮の家に通い、店の手伝いをしながら料理を教えてもらった。
3年後、亮が優勝した大会に出場し、僕も優勝。
亮の家の料理屋を辞め、自分の店を営むことにした。
やっと僕の、そして亮の夢が叶った。
看板メニューは亮との想い出が詰まったあのだし巻き玉子。
だし巻き玉子はとても人気で毎日大繁盛だった。
花を多めに買い、亮の墓に向かう。
報告をするためだ。
「やっと僕達の夢が叶ったよ。でも僕1人じゃ上手くいかないかもしれない。だから見守っててよ。精一杯頑張るから。」
頑張れよって言っている亮の声が聞こえたような気がした。
小さな声で店の名前を知らせ、墓を後にした。

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