★ヒーローになりたい男 夜鍋(1年8組大曽根)

「昨日未明、水死体が〇〇市の海岸で発見されました。遺体は警察が行ったDNA鑑定から先月△〇市で起こった未成年殺人事件の加害者だと確認されました。警察は、、、、」

お茶の間で流れていいのか怪しいニュースがテレビから流れている。
手元には解しすぎてボロボロになった焼きジャケと机に張り付いた米粒が九つ。

なんだか、今日も、食欲湧かないな、、。
机に置かれている紙を忌々しげに見つめて、やがて根負けしたように目をそらす。

一昨日学校で配られた進路希望書。
それが三日間も己を蝕み続けている。
大学に行くか、それとも就職するか、、。

その昔、俺はヒーローになりたかったらしい。
きっかけは日曜にやってるヒーローアニメ。
それを毎日のように見てはソファの上でポーズを取ってカッコつけて飛び降りていたとか。

けれどその幼い夢は成長とともに崩れ去っていった。

先程の水死体のニュースも終わり、話題の芸能人の不倫事件に移ったところで食べるのを諦め、残りを片付けて玄関を出てカチャンと鍵を閉める。

いつも見かけるスーツの男性。

同じように電車に揺られる隣町の中学生。

周りを押しのけて進もうとするご婦人。

あぁ、いつもの事だ。

なんだか、それに抗いたくなった。
いつものことに嫌気がさした。
あぁ、どうせなら水死体の現場でも行ってみようかな。自殺なんて、する気はないけど。

同じ学校の人に見つからないように電車を少し後の時間のものに変えて、学校のバックを知らない駅のロッカーに預けて。ついでに学校に休むと連絡を入れておこう。アリバイは完璧。

財布とケータイだけ持って、親に何も言わずにどこかに行くなんて、まるで家出じゃないか。

自分だけが日常から取り残されている。
その疎外感だけで心が踊る。

なんだか、楽しい。
まるで世界が自分だけのものになった気分だ。
学校からも社会からも世界からも、突き放されたように。それが異質なのに、まるで自分が特別になったみたい。

気がつくと目的の駅に着いていて、近くのコンビニで適当に昼食を買って歩き出す。

おにぎり2個と菓子パン3つ。あとは自動販売機で買った緑茶が、ビニール袋の中で楽しそうに飛び跳ねていた。

1時間くらい舗装道路を歩き続けると警察のドラマでよく見る黄色いテープが張り巡らされた場所をみつけ、ようやく水死体が発見された崖に着いたとわかる。

その近くには、ぽつんと1人男が立っていて
こちらに気がついたのかしばらくじっ、と見つめられてその後大声で呼び寄せられる。

「あれ、少年もしかして学生?!学校は??」
「あー、いや、えっと、、。」

まさか学校をサボった、なんて言えず言葉に詰まっているとうんうん、と頷かれて肩を叩かれる。

「偶にはサボりたい時だってあるよな!しょうがねぇさ。あ、ちなみに俺も大学サボってここ来たんだ。サボり仲間〜!いぇーい!」

なんて返事をすればいいのか分からずあたふたしているとぐぅと腹の音がなり、ここに来るまでに何も口にしていなかったことを思い出した。

「おーおー、腹の音で返事かー。なかなか面白いやっちゃなぁ」
「······う、うるさいなぁ。朝飯食ってなかっただけだよ」
「朝飯は大事だぞー。俺もここ来る前に食ってきたからなぁ」
「······そう、なの?」
「おう。でも、まぁさすがに腹減ってきた」

男は腹を手で抑えながらまるで子供のように萎れた様子で何だか可愛そうになり、俺は菓子パンを1つビニール袋から取るとグイッと押し付けあげる、と声に出す。

「これあげるよ。なんか可哀想に思えてきた」
「······いいの?」
「早く受け取らないと俺食うよ」
「······ありがとう少年。大事に食べる」

食べると言っておきながら袋を開けようとしない男を横目に目の前に広がる地平線を眺めていた。
いつまでそうしていたのか、ふと空を見上げると少しだけ日が傾き始めていた。

「なぁ少年。人を殺したことってある?」
「あるわけないだろ。警察に捕まるし」
「だよな。でも俺はあるんだ」
「まさか、冗談だろ?」

そう、男に問うとさっきまで笑っていた顔が嘘のように悲しそうな顔になった。
まるで、何かに締め付けられているみたいに。

「ホントだよ」

会って何時間かくらいしか経っていないけれど、自分には分かる。嘘だ。
あぁ、なのに、ほらね。
やっぱり俺はなんにも言えない。
彼に、慰めの言葉ひとつかけられない。

「まぁまぁ、そんな顔すんなって少年。あぁそれと亡者からの忠告だ」

言葉を切って遠くを見つめる。
遠くを、光がないその瞳で、彼は何を見ていたのだろうか。

「俺みたいに【朱】には手を出すなよ」

いつの間にか彼は居なくなっていて、まるで慰めるかのように潮風が柔らかく頭を撫ぜていた。

そこからどう帰ったのか今でもよく分からない。
いつの間にか、進路希望書に警察官と書き殴っていた。自分が警察になる?あの時男に声をかけられなかった臆病者の自分に警察なんてなれるのか?

いいや。なれるのかじゃない。
なってやる、絶対に。

彼の様な人を、1人でも多く救うヒーローに。

終わり

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