差別・偏見を続ける私たち-関東大震災朝鮮人虐殺から100年に想う-
関東大震災時に朝鮮人虐殺が行われたことは動かしがたい事実です。しかし、私たちは十五年戦争同様に関東大震災で起きた被害性を強調する傾向が強く、自分たちが行った加害性の事実から目を背けるか、認めても申し訳程度とし、かつ責任を小さくしようとする傾向にあります。今回の記事では関東大震災の朝鮮人虐殺という事実を認めない傾向、風潮について皆様と一緒に考えて参りたいと存じます。
関東大震災での朝鮮人虐殺を認めない風潮
朝鮮人虐殺への国家責任を否定、回避し続ける政府
今年の5月23日、参院内閣委員会において、立憲民主党の参議院議員杉尾秀哉は関東大震災時に朝鮮人虐殺における官憲、軍の関与を示した資料が国会図書館にあることを指摘し、朝鮮人虐殺に関する政府の見解を質した。(※1)杉尾は既に昨年12月6日に質問主意書の形で、① 朝鮮人虐殺について官憲、軍が関与している資料があったこと、② 当時の政府が朝鮮人虐殺に関する特定を意図して困難にさせようとしたこと、③虐殺された被害者を特定する名簿の存在の可否に関する調査を行うことの可否について政府に質問をした。(※2)しかし、政府は調査した限りにおいて杉尾が指摘するような資料は見つからなかったと回答した。(※3)そしてまた、参院内閣委員会における政府の答弁も質問主意書に対するものと同様に資料はないとの答弁を繰り返し続けた。
(※1)に引用した東京新聞の記事によると、2015年以降8回に渡り質問主意書で政府対応を質したにも関わらず、毎回「記録はない」との見解であったという。公文書の記録がある以上虐殺への関与はないとは言えないので、資料を確認できないという形で責任を回避しようというものと言えよう。
朝鮮人虐殺への追悼を拒絶する都知事
朝鮮人虐殺の事実から目を背けようとしているのは政府だけに留まらない。東京都知事の小池百合子は就任後の2017年より、朝鮮人虐殺に関する追悼式典への追悼文を送らない方針を続けている。(※4)8月18日の記者会見において小池は慰霊大法要における「震災による極度の混乱下で犠牲となられた方々」が朝鮮人虐殺での追悼も意味しているとして、朝鮮人虐殺は震災での犠牲者の一部であるとすることで、朝鮮人虐殺という表現を使うことを回避している。(※5)
小池の朝鮮人虐殺への言及を避けようとする姿勢について、東京大学大学院教授の外村大は、東京新聞の取材に対し、「なぜここまでかたくななのかよく分からない」との感想を述べた上で、「自治体トップが、関東大震災でこんな痛ましい事件が起きたことをはっきりと認め、二度と起こさぬよう追討の意を示すことが必要」だと述べた。(※6)歴史的事実に向き合わないことで再びを同じ過ちを犯す可能性があることを、歴史家として懸念したことの表れと言えるだろう。
関東大震災時の政府対応をかばうメディア
保守的傾向を持つ読売新聞は、関東大震災の特集記事において朝鮮人虐殺があったことは認めたものの、「政府は流言の鎮静化を図ろうとした」と政府、国家の責任を否定、回避した。(※7)だが、9月3日午前8時15分、内務省警保局長(注:治安当局の中枢)は、海軍東京無線電信所船橋送信所から広島県呉鎮守府(海軍の根拠地)副官経由で地方長官(現在の都道府県知事)に東京で朝鮮人が暴動を起こしたとして、朝鮮人の取り締まりを命じた電文を送っている。(※8)
9月3日に、警視庁は朝鮮人暴動が迫害、暴動を否定する公告を出し、政府も9月5日に、内閣告諭第2号で朝鮮人迫害を戒める布告を出しているものの、これらには(※8)で引用した内務省警保局長の出した電文に関する責任対する言及はない。(※9)ここで、引用した文献の著者である山田昭次は関東大震災時における朝鮮人虐殺を専門的に研究した歴史家であり、山田の主張は一次資料に基づくものである。もし、読売新聞が政府が朝鮮人虐殺流言の鎮静化を図ったとの主張を正しいとしたいのであれば、山田の主張と異なる新たな資料を提示する形で反証することがジャーナリズムとしての責務ではないか。
関東大震災での朝鮮人虐殺は現代の問題である
今まで、政府、都知事、メディアの関東大震災時における朝鮮人虐殺の責任を認めない、回避したいという姿勢に対する批判を述べてきた。だが、私は、私たち自身が朝鮮人虐殺を過去の問題であり、また日本人である以上自分が被害者の立場になることはないと他人事のように感じ、虐殺の責任を問われることを忌避したいという気持ちが強いため、朝鮮人虐殺の責任を認めない、回避したいという姿勢につながっているのではないかと考える。
8月21日、朝鮮人虐殺への追悼文を送らない小池の姿勢に抗議する学生主催のデモが行われた。デモの参加者の一人座安黎香は東京新聞の取材に対し、「ヘイトクライムにつながる問題だと思う」と答え、小池の姿勢がヘイトスピーチ、ウトロ地区放火事件など現在の在日朝鮮人に対する差別、偏見につながる問題であるとの見解を示した。(※10)また、現代美術家の金暎淑はネット上での韓国、朝鮮への排外的は言説やヘイトスピーチの横行に息苦しさを感じたとし、関東大震災の朝鮮人虐殺についても「なかったことにはできない」と述べている。(※11)過去の過ちに目を瞑ることは結局現在も同じ過ちを犯す危険性を抱えることなのである。そして、本質的に100年前と変わることなく、私たちが朝鮮人に対する差別、偏見を持ち、迫害を放置していることは、朝鮮人虐殺に対する追悼集会への差別主義者、右翼による妨害、誹謗中傷が行われ続けていることに表れている。(※12)
イタリアの歴史学者ベネデット・クローチェは「すべての歴史は現代史である」との言葉を残している。過去の問題は現在に対する教訓であるという事を考えると、改めてこの言葉の重さを私は認識せずにはいられない。
お知らせ
次回は都合により、9月8日金曜日の13時から16時の間、次々回は9月17日日曜日の12時から17時の間とさせていただきます。ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。
私、宴は終わったがは、皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えています。どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。
脚注
(※1) 2023年5月24日 東京新聞 朝刊 P22
「100年ぶり」の国会質問に政府の答えは? まもなく発生100年の関東大震災「朝鮮人・中国人虐殺」問題:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
(※2) 2023年12月6日 杉尾秀哉質問第53号「関東大震災時の朝鮮人虐殺事件における犠牲者の遺体処理に関する質問主意書」
(※3) 内閣参質210第53号「参議院議員杉尾秀哉君関東大震災時の朝鮮人虐殺事件における犠牲者の遺体処理に関する質問主意書に対する答弁書」
(※4) 2023年8月17日 東京新聞 朝刊 P1
小池百合子都知事が朝鮮人虐殺の追悼式に追悼文を今年も送らない方針 7年連続 「目を背けている」と批判も:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
(※5)
朝鮮人虐殺の認識めぐり小池知事明言避ける「今お伝えした通り」 震災全体の犠牲者に哀悼の意:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
小池知事「知事の部屋」/記者会見(令和5年8月18日)|東京都 (tokyo.lg.jp)
小池は9月1日の関東大震災から100年目の日に、再度朝鮮人虐殺への追悼を行わないことに対する質問があったときも同様の答弁をしている。
また、東京都が朝鮮人虐殺追討への妨害、誹謗中傷を事実上容認していることについては、(※12)を参照のこと。
小池知事「知事の部屋」/記者会見(令和5年9月1日)|東京都 (tokyo.lg.jp
(※6) 2023年8月19日 東京新聞 朝刊 P25
(※7) 2023年6月13日 読売新聞 朝刊 P1,P35
(※8) 山田昭次「関東大震災時の朝鮮人虐殺とその後」P62~P63
(※9) 山田「前掲」P76~P77
(※10) 2023年8月22日 東京新聞 朝刊 P23
(※11) 2023年8月23日 東京新聞 夕刊 P7
(※12)
関東大震災から100年 虐殺犠牲の朝鮮人追悼式典行われるも同じ場所で“ヘイト発言”団体が集会実施 都が使用許可与える(TBS NEWS DIG Powered by JNN) - Yahoo!ニュース
【動画】ヘイト団体と反対派で公園騒然、朝鮮人虐殺の追悼碑前「帰れ」「警察が妨害」 関東大震災100年:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
2023年9月1日 東京新聞 朝刊 P20~P21 こちら特捜部
ヘイト団体があえて朝鮮人虐殺追悼碑の前で「慰霊」集会を開く構え 政府、東京都は見て見ぬふりのナゾ:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)
2023年9月2日 東京新聞 朝刊 P23
【関東大震災100年・詳報】「朝鮮人虐殺、否定すれば次の死者も」 都が上映を禁じた映像制作者ら抗議のダイ・イン:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)