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駒草出版 「ミステリーな仏像 本田不二雄著」

 先日、ベートーヴェンの書籍を手にした話をアップしたが、この時一緒に借りてきた一冊の本がある。題して「ミステリーな仏像」である。

 不思議と目に留まったその本の背表紙を前にして、なんとなく目が離れない気がしたので手に取ってみた。仏像にフォーカスをあてた本なのだな、というのはそのタイトルから伝わる情報である。

ミステリーな仏像

 仏像ということは、神社ではなくお寺さんか。

 とか思いながら手に取り、何気なく裏表紙を見た。私もなぜそんなことをしたのか分からなかったが、小説などの文庫本に好奇心が向いたとき、裏表紙にあらすじが書かれていることがある。この本はまったく文庫本のサイズではなかったが、本を手にした時のクセのようなもので私は裏表紙を目にしたのである。

え……死んで……る……?

 仏像といえば……。中指と親指を頬の近くでそっとくっつけて、片方の手のひらはこちらを向けて見せ、脚を組んで座っている。もしくは直立して胸の前で両手を重ねている。そんなイメージだった。

 この力なくだらりとした赤ん坊と見られるお姿。ヘアースタイルはそれこそよく見かける仏像のヘアースタイルのように見えるし、シンプルな線で表現されたスマートなお顔はお釈迦様のそれのように見えた。

 ますます意味が分からなかった。

 私が本を借りる理由としてはそれで十分だった。よく見れば表紙の写真は刀剣を右手に構えながら、左手はヴイサインをしているみたいに見える。

 みたまえ。諸君、これが無知なる者である。仏像のことすら知らないのである。

 裏表紙の写真は「誕生仏」と呼ばれるもので、お釈迦様誕生の瞬間をかたどったものなのだそうだ。お釈迦様の元々のお名前がシッダールタであり、生まれるや否やトコトコと歩き出して「天上天下唯我独尊」と語ったことは、それとなく知っていた。子どものころから子供向けの童話やら昔話やらを読んでいたから、その折に触れていたのかもしれない。

 しかしまさか、その様子が絵巻物などではなくて像として残っているとは知らなかった。

 なぜだらんとした様子なのかといえば、それは生まれた時の体勢によるものだという。

 シッダールタ(お釈迦様)のお母さまはマーヤー(摩耶夫人)という女性。沙羅双樹のお花をと手を伸ばしたとき、急に「産まれる!」と思った夫人は、そのとき右脇腹から赤ん坊を苦もなく産み落としたという。

 ここで現実の話を持ってきてはいけない。キリスト誕生のときもそうだが「そんなこと現実に起こるわけがない」などと、その時代を見てきたかのように言うことは出来ない。どんなに科学や技術が進んだとしても、その当時を目の当たりにしていない以上は決めつけで何を言ってもなんにもならない。

 さて、裏表紙の写真というのはつまり、マーヤーの右脇腹からまさにでてきたところだった、というわけだが、この「誕生仏」のマーヤーは実に不遜というか自信満面といった風貌をしている。本の中に写真が掲載されているので、気になる方は図書館や本屋で本を探してみてほしい。

 もしかしたら我らが友人、グーグルが探し出してくれるかもしれない。

 本と言うものは当然、最初のページからめくるものではあるが、気になるところから読み進めたって誰にも迷惑をかけない。もし本を読むのに長続きしないという方は気になったところから読み進めてみると良いと思う。

 この「ミステリーな仏像」には他にも多種多様な仏像が紹介されている。人毛を植えた鬼子母神、三柱の福の神を一体にまとめた像、六つの地蔵を一つにまとめた像、縄でぐるぐる巻きにされた像、仏像に隠された十字架、仏像に格納された骨の模型と五臓の模型。

 仏像や寺というものは、神社よりもある意味で庶民的というか人々に近い存在なのではないかとなんとなく思っていたが、これほどまでにストーリーを思わせる仏像が多種多様にあるとは思わなかった。近所のものから実際に見に行ってみようかと思っている。

 ところで、小野小町といえば世界三大美人の一人である。世界的に見ても特に美人と言われる三人の中に日本人が含まれているのは、なんというかこそばゆい感覚がする。嬉しい気がするけど私の事ではないから、こう思うこと自体はただの思い込みだ。

 現在では本当に美人だったのか、とか口が達者で人に取り入るのが上手かっただけなのではとか、演技とか夜のお相手であるとか、つまりは世渡りが上手かっただけなのではないかという説もあるようだが、ここには今回触れないでおく。

 なぜ仏像の本の話をしているのに小野小町が出てきたかというと、この「ミステリーな仏像」の中に小野小町の像が紹介されていたである。私は少なからずショックを受けた。一体何があったのかと。

 みなさんは小野小町の末路をご存知だろうか。

 恥ずかしながら私は全くと言っていいほど知らなかった。もっと言うと、小野小町が何をした人であって、どうして世界三大美人に数えられることになったのかも知らない。いやはや、不勉強がすぎる。

 小野小町は歌人であり、宮廷で優雅な生活を送っていた。百人一首にも歌が残っているほか「百代通い」という伝説が残っている。また、晩年は使えていた天皇が崩御した際に放浪の旅に出て八十代のころ京都市に辿りつき、その生涯を終えたのだそう。

 これらは調べながら書いていることをここで白状する。

 さて、ふっくらにこにことした顔のご老人をイメージしたのは私だけではなかったはずだと思っている。いかに絶世の美女といえど、人間である以上は年月の経過に抗うことはできない。まして、当時の医療や健康法というものを思えば。

 すっかり頭髪も落ち、あばら骨の浮いた胸元を隠しもせず、枯れ枝のような細い指で杖を持ち、触るとへこみそうな足で立っている。そんな小野小町の像もこの「ミステリーな仏像」で紹介されている。正直、この機会に巡り合えなければ私は小野小町を永遠に「日本が歴史的にも世界に誇れる絶世の美女」だと思って憚らなかったに違いない。

 そればかりか、まるでモノが変わったかのような小野小町の像まで現存しているという。

 爛々とした両目、まるで清楚も純情も感じない、大きな口を開けてさも愚かななにかを愉快と笑う顔。「まんが日本昔ばなし」のアニメに出てくるような山姥を像にしました、と言われたら納得しかねないような形相。

 著者は「見てはならぬものを見た」という言葉で小野小町に関する文を終えている。

 ビリケンさんについてもこの「ミステリーな仏像」で触れている。大阪の顔の一つともいえる、あの吊り上がっているように見えるのに満面の笑顔をしている像だ。ぺたんと床に足を伸ばして座り、手は肩からすとんと素直に下ろしたポージングが実に愛らしい。この足の裏をなでなでするとご利益があるという。

 この通天閣にあるというビリケンさんには、内部にちんまいビリケンさんを納めているらしく、そのちんまいビリケンさんと一緒に願いが込められた紙が納められている。
 「いろいろお願いを聞いてください、ありがとうございます、お礼にあなたの足の裏を掻いて差し上げます」といった内容なのだが、なんと英文も記されているのだという。

 ビリケンさんといえば、ちょっとよくある仏像とは違うなと思っていたのだが、ここで英語が出てくるとは。メリケンさんだったのだろうか。

 なんとメリケンさんだったのである。(一応ここに書き残すが、決してアメリカを嗤う意味でメリケンとは言っていないことを信じてほしい)

 発祥はなんと本当にアメリカで、絵画のコンテストに出したところ優勝したというのがきっかけだったのだという。なんやかんやあって世界に広まった。驚きである。この本は仏像を紹介しているとばかり思っていたが、よもや発祥の地がアメリカのビリケンさんに触れてくるとは。

 さて発祥の地がアメリカでありながらも、その起源について記されているのがこの本の面白いところだ。ここは是非お手にとって読んでほしいと思うのでここで引用はしないことを許してほしい。

 ※なお、あらゆる物事には諸説あるということをどうか理解していただきたい。

 この本は私に新たな発見を見せてくれた。仏像というものが過ごしてきた歴史、込められた願い、たとえそれが金欲しさに作ったものだったとしても、それは確かに素晴らしい完成度を誇る像なのである。

 人が作ったものには何かしらが宿るものだし、「物」というものは「吸う」ものだ。そして何かを発する。非科学的だと言われてしまうかもしれないが、なんとなく感じてしまう何かがある。

 そういえば、たしか福岡だったと思うのだがどこかのお寺さんに置かれた不動明王様にお水をかけてお参りしたことがある。子どもの時分、これはそういうものなのだで納得していたが一体これはなんなのだろうか?

 また、いつでもなんとなく思い出すのは「山田地蔵尊」と呼ばれるところ。ズラリと並ぶ地蔵。それもまるで雛壇のように段々になったところに、石で出来た静かなお地蔵様が道路を見つめている場所がある。

 そもそもこの地は歴史的にもなかなかの曰くがある場所なので、そういうカンがある人は近づかない方がいいかもしれない雰囲気の場所だ。私も行ったときには空気感がいつもと違う、なぜか蜂が一匹、石碑の周りを旋回しているなど(これは考えすぎかもしれないが)、普段なにも霊感などというものと無縁の私が確かに『なにか』を感じた。

 もう十年以上前のことなのに、あの日のことはよく覚えている、と思う。

 この本は仏像のほかにもさまざまな「像」を紹介している。日本史や民俗学、日本の芸術などに興味のある方にはまた一層違う感想を抱くことと思う。

 少し不思議な「像」の本、ご一読してみてはいかがだろうか。

写真サイト:Pixaboy
撮影者:Marjonhorn


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