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創作と日常の狭間から

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創作なのか、現実なのか、その境界線をゆらゆらするショートショート。
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記事一覧

石屋は不要です

私の胸の辺りには今、石ころが五つほど詰まっている。一つ増えるたびに体が重くなり、今では息をするのも苦しい。石屋が街に来る日を尋ねるため友人に電話したら別の話題で盛り上がってしまった。大笑いしたら口から石が二つ飛び出した。石屋に背中を叩かれるよりはずっと良いと、その後も笑い続けた。

ランタン屋

ランタンを買いに行った。細い路地の奥、二階の窓辺で灯台のような光が灯る店だ。一つ欲しいと店主に告げると誕生日を訊かれた。答えると店主が古びたランタンを取り出した。裏面には確かに生年月日が刻まれている。「道に迷ったときはランタンが一番効きますよ」灯火一つに人は救われるのだそうだ。

神への道

神社に行こうとスマホの地図を手に雨の中を歩いた。大きな通りに出ると、車道は下り坂なのに、歩道は急な上り坂になっていた。何を試されているのだろうか。わたしは坂を登った。その先には、急な下り坂と入り組んだ迷路のような道が待っていた。呼ばれていない神の地にはたどり着けないことを知った。

本はささやく

ふと見つけた古書店に入る。古い紙とインクの匂いが何十年も降り積もったような静寂の中、赤い背表紙に手を伸ばす。「あらお目が高い」小さく囁かれた。他に客はなく店主であろう老人は奥で本を読んでいる。「おすすめですわ」本を買うとき「本は喋りますか?」問うと「たまには」と店主が答えた。

雲の海

高速道路に入ると西の空が見渡せた。青き山並みは今日は荒れた雲海に飲み込まれていた。迫り上がる波のような雲間に時折、紫の光が散る。ドーンと重い音が響く。幼い頃、この音を聴き鬼が来ると怯えた私に祖母が言った。鬼ではない、美しい龍神様が花嫁を探しに来ているのだよと。

ハレの手紙

雨粒が窓を打つ。山の上のこの家は常に風が取り巻いているので、四方の窓を叩く風雨が騒々しい。集中できないでいた本から顔をあげれば、木の葉が一枚、窓に張り付いていた。遠い街に住む友人からの便りだった。『来週、遊びにゆくよ』心の中だけぶわりと晴れ間が広がった。

見えない運動会

にぎやかな音楽が止まった。入場行進が終わった。この退屈な静けさは校長先生の話に決まっている。それにしても長すぎる。電線の鳥の毛繕いを眺める。太鼓の音が鳴り始めた。スタートラインに着くのはすらりと背の高い憧れの先輩。歓声と笑顔と溢れ出す好き。

黒を消す

明るい緑色のTシャツを買った。黒いTシャツを捨てた。また一つ、クローゼットの黒を消して、安堵する。黒い服を忌避するようになったのは去年のこと。重い病を抱えた友の前で、元気でいようと決めた日から、身の回りから黒を消しては、大丈夫と呪文のように唱えている。