赤ちゃんの「からかい行動」とは?ー他者の予測を裏切る創造性
赤ちゃんが大人を「からかう」ことがあります。そしてそれは他者との相互作用を前提とした、創造的なパフォーマンスであると言えます。「からかい行動」とは何か。赤ちゃんの「からかい行動」はいったいどのように創造的なのかを書きます。
ある日ボールを渡そうとしたときのこと
最近、もうすぐ1歳になる娘が「どうぞ」とか「あった」とか簡単な言葉を話すようになりました。物を渡したり受け取ったりすることもできるようになりました。離乳食を食べないのがまあ悩みといえば悩みで、野菜スープを上げようとすると、ぷぃ!っと顔を背けます。
さて、この顔を背ける行動が、別の場面でも見られるようになりました。それはふつうに遊んでいて、ボールを受け渡しするときです。
娘がボールをもって僕に向かって「どぞ」と差し出します。ぼくはそれを受け取ります。
そして、そのボールを見て、「あった」といって手を伸ばします。
ぼくが「はい、どうぞ」といってボールを渡します。
そうするとぷぃ!っと顔を背けて、ニヤニヤしているのです。
ぼくがそれに対して「あー!ばかにしてるな!」などとリアクションすると、ケタケタと笑います。
最初にこの行動を観察したのは妻だったのですが、2人して驚いてしまいました。
気になって調べてみると、これは「からかい」という社会的認知の発達過程における一つの基準であるそうです。
「からかい行動」とは
Reddy(1991)によれば、「からかい」とは「相手の感情に影響を与えることを目的とした意図的行為」と定義づけられています。
早ければ8ヶ月ごろから見られる行動であるそうです。掃除をしようとしている親を見て、床の真ん中にどんと座ったり、物を渡すふりをして渡さなかったり、さまざまなバリエーションが報告されています。
大人の意図を理解し、それに従うだけでは、他者の意図を理解したうえで、期待を裏切り、邪魔をすることでからかうのです。
言い換えれば、「からかい」とは相手が何を予測しているかを予測し、それを裏切って遊ぶ行為です。
「他者の予測」を予測し、裏切る
もういちど、先ほどのボールの受け渡しのシーンをふりかえってみます。
娘がぼくにボールを差し出します。ぼくが受け取ることを予測しています。
予測通り、ぼくがボールを受け取りました。
こんどは「あった!」と言ってボールに手を伸ばします。ぼくがボールを渡すことを予測しています。
そして予測通り、ぼくがボールを渡そうとします。
そのとき、ぷいっと横を向きます。ここで「裏切り」をしてみせます。そしてぼくが何かしらのリアクションをすることを期待しています。
期待通り、ぼくが「あー!ばかにしてるな!」と言います。期待通りにことがはこび、愉快で仕方ないのでしょう。ケタケタと笑います。
とても単純なからかい行動なのですが、でも「赤ちゃんが人をからかうとは!」「なんて高度な認知活動をしているのだ!」と驚く一方、もう一つ気づきがありました。
この「からかい行動」には「表現」の源泉があるように感じたのです。
時間芸術における予測と裏切り
相手の予測を予測して裏切る「からかい行動」はなぜ「表現」の源泉なのか。
「時間芸術」と呼ばれる分野があります。演劇や映像、音楽やダンスなど「時間」を必要とする芸術作品のあり方です。
時間芸術においては、人がパフォーマンスをしたり、物語を演じたり聞かせたりします。これらは、観客に「予測」をさせることをしているといえます。
観客は、パフォーマンスを見ながら「この流れだと、こんなストーリーになるんだろうな」「こういう事象が起きたということは、こんな展開が待っているんじゃないかな」というように、いくつかのパターンを予測します。
カンペキに予測通りに物語が進んでしまっては、面白くないのです。実は観客は裏切られることを期待しているともいえます。
裏切られることで心が動く観客
パフォーマンスは観客にある展開を予測させます。そのうえで観客の予測を裏切ったとき、観客の感情は揺れ動きます。
2時間をかけて期待させ続け最後にどんでん返しをする映画もあれば、DJがジャンルを固定せずに曲をつなぎ、フロアをゆるがしつづける場合もあります。映画や音楽における「変調」や、ダンサーの不規則な動き、演劇における場面転換など、さまざまな「裏切り」のかたちがあるでしょう。
「観客に予測をさせて、それを裏切るまでの流れをつくるのが時間芸術である」というのはあまりに乱暴な定義です。しかし、大雑把にそのような見方もできます。そしてその見方をすると、赤ちゃんの「からかい」は、時間芸術的な創作であるとも考えられます。
まぁ、もちろんこれは大げさな解釈です。「たかが子どものやることでしょ」と見過ごすこともできます。
しかし、ぼくは子どもの遊びにはアーティストと通底した構造/創造性があると考えています。それは赤ちゃんでも同じなのだと、この記事を書いて確信を強めました。
参考資料
参考にした文献はこちらです。
「発達心理学の新しいパラダイム」めっちゃ良書。
このnoteを書こうと思ったのは、Takramの緒方壽人さんのこの記事を読んだからでした。超面白いです。
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