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「感想」を重ねる対話型鑑賞の問いと技

見た作品について語れば語るほど、思い入れが生まれる。あまり面白くないと思っていた映画でも、感想を人と語りあうからこそ、対象への愛着が生まれる。

今日この記事では、個人の感想をおさえつけず、多くの感想が交わされる場の作り方として、対話型鑑賞のファシリテーションにおける姿勢と技法を紹介する。1万字越えの長文なので、じっくりお付き合いいただきたい。

筆者は、2015年から対話型鑑賞のファシリテーションを企業の研修や美術館のファミリーアワー、自身が主催するイベントなどで実践してきた。美術作品に限らず、詩、短歌、演劇の上演、戯曲、企業理念、絵本など、多様な媒体で対話型鑑賞を行ってきた。

2022年に京都芸術大学ACOP主催の2日間のシンポジウムにおいて、「ビジネスと対話型鑑賞」と題したセッションに登壇し、書籍『ここからどう進む?対話型鑑賞のこれまでとこれから アート・コミュニケーションの可能性』(淡交社)に収録されている。

ただし、ここに書く問いと技は、最後に記した先人たちの研究と実践をまとめたものであり、そのうえにぼく個人の持論を追加しているものである。


対話型鑑賞は「感想」を重ね合わせる技術

対話型鑑賞とは、複数人での対話を通して主に美術作品を鑑賞する手法だ。ファシリテーターの進行のもと、参加者が作品と向き合いながら「みる・考える・話す・聴く」を繰り返すことで鑑賞を深めていく。

雑に言えば「同じモノを見ながら、みんなの感想を重ね合わせていく」ということだ。

同じモノを見て感想を重ねる場面は、仕事でも生活でも多くある。

友達と一緒に映画を見たあとや子どもと絵本を読むとき、経営陣がロードマップについて目線を合わせるとき、チームでエンゲージメントスコアを確認するとき。これらのあらゆる場面で、対話型鑑賞のファシリテーションの姿勢と技法を応用できる。

たとえば、ある提案資料をもとにステークホルダーが集まり、ミーティングをする。その提案資料に対して論理的に議論するだけでは気持ちが乗らない。対話型鑑賞的なミーティングによって、資料に対する「感想」を重ねながら、新しい意味を見出すことができる。それによってプロジェクトチームのバイブスが変わっていく。

感想の力を信じる、アートから始める

この文章で言いたいことは2つある。ひとつは、「感想」の力を改めて信じたいということ。そして、アートから始めてみてほしいということ。

1つめの「感想の力を信じる」。「それってあなたの感想ですよね」と冷笑し、一蹴しないでほしい。たどたどしくても感想が言える状況は関係性がフラットである証左であり、複数の感想が織り重なるからこそ集団で新たなものの見方を生み出し、それが新しいアイデアにつながっていく

2つめの「アートからはじめる」。対話型鑑賞の技を応用するならなによりもまず、アートの対話型鑑賞を経験してほしいということ。アート作品は「多角的なモノの見方」を引き出す仕掛けが幾重にも埋め込まれている。だからこそできる経験がある。

モノを見る「目」そのものが変わる経験

では、その対話型鑑賞とはどのような経験なのか。ぼくが経験してきた対話型鑑賞は、モノを見る「目」それ自体を変えてしまうような経験だった。

1つの作品をめぐって、少なくとも30分、長ければ2時間ほど対話しながら鑑賞をする。美術館での作品鑑賞の時間は1作品平均10秒といわれる。だからとても長い時間作品を見ていることになる。この長い時間の中で、複数の参加者から語られる感想が重なり、作品の見え方が最初の印象からどんどん塗り変わっていく

人はモノを見るとき、同時に自分の記憶の中にある参照項を投影してモノを意味づける。いわば、記憶というフィルターをかけてモノを見ている。

対話型鑑賞では、他人の感想を通して、他人のまなざしを借り、その経験から自身のまなざしが書き変わってしまう

そのようにして、自分の感想、他人の感想、そして提供された情報を手掛かりに、作品の中に埋め込まれた意味が自分の体のなかに敷き移されていく。

まず擬似的にでも体験したいあなたにうってつけの映像がある。このYouTube映像で行われている3人の対話を見てほしい。

30分の長い映像だが、前半の10分だけでも我慢してみてみてほしい。多くの人が目にしたことがある岸田劉生「麗子微笑」について、あなたが最初に抱いていた印象がどんどん塗り変わっていく。

ファシリテーターの姿勢

対話型鑑賞は、そこに集った人たちの感想が重なることで、モノを見る目を変えてしまう経験だ。同時に、その重なりの中から新たな意味、アイデアが生まれる。そのような認識の変容、創発を生み出すファシリテーションの姿勢についてこれから書き出していきたい。

まず、対話型鑑賞のファシリテーターの姿勢として、参加者への支援がある。その支援には大きく分けて3つある。❶鑑賞の支援、❷対話の支援、❸参加者がファシリテーションの技術を使えるようにすることだ。

❶鑑賞の支援:事実と感想を分けつつ重ねる

まず、対話型鑑賞は作品を鑑賞する場である。ただ見るだけでなく、深く見ることが促される場だ。対話型鑑賞のファシリテーションは、この鑑賞を支援する。

そのなかでとりわけ、作品に描かれた「事実」と、作品から思い浮かんだ「感想」を分けながら語るよう支援する。発話者が、どのような感想を作品のどの部分から思ったのかをわかるようにする。

たとえば、ある人が作品に対して「視界が歪む感じがする」という感想を言ったとする。だが、その時点では、どんな事実がその感想を思わせたのかはわからない。だから、「どこからそう思ったんですか?」と問いかける。

すると、発話者は、作品をさらによく見て、根拠を探す。そして自分も周囲も、不規則な曲線が多く描かれているという事実からそう思ったのだということがわかる。そうすると、その曲線に対して別の感想を持っていた人は、「私にはこう見えた」という感想が言いやすくなる。

これはミーティングのファシリテーションでも同様だ。ある資料に対して「わかりづらい」という感想が出たとする。資料のどの部分がそう思わせたのかを確認しなければ、単なる否定になり、改善点が見えない。どこからそう思ったのか、事実と感想を分けながら重ね合わせていくことがファシリテーションの姿勢として必要だ。

❷対話の支援:感想を言いやすい関係性を支援する

また、対話型鑑賞はいうまでもなく対話の場である。そのために、参加者間のパワーの不均衡をフラットにする必要がある。

参加者のなかには、アートに関する情報を豊富に持っている人もいれば、そうじゃない人もいる。極端な話、大人もいれば子どももいる場合もある。

そのままにしておくと、情報を持っている人の発話が多くなり、情報を持っていない人は発話が少なくなったりする。逆に情報を持っている人はあえて語らなくなってしまったりする。持っている情報を分かち合いながら、集まった人たちの「感想」が交わされる場づくりが重要となる。

この姿勢は、ミーティングのファシリテーションにおいても重要だ。背景情報を多く持っている人の発言パワーが大きくなり、そうじゃない人の発言パワーが小さくなる。情報を持つ人ばかりが語ったり、あえて語らずに最後に「正解」を言って会議を終える場合がある。このような不均衡をいかに崩せるかが、創発的な会議のファシリテーションの肝になる。

それぞれの「感想」が引き出されるためには、背景情報を分かち合うことだ。そのうえで、肩書きが偉い人もそうでない人もフラットに「感想」を語ることが必要となる。「それってあなたの感想ですよね。話してくれてありがとう。私の感想は…」と重ねていくなかで、認識の変容と創発が促される。

❸ファシリテーションの技を渡す

フラットに対話できる状況ができたときに、参加者から他の参加者への問いかけがうまれるように支援することだ。そのために、のちに解説する3つの問いと、6つの技を事前に解説しておく。

同時に、発話例を示しておいてもいい。

「<この部分について皆さんはどう思いますか?>とか<Aさんはなぜそう考えられたんですか?>など、他の参加者に問いかけてみてください」と、対話のゲームルールを明確にしておいてもよい。

ファシリテーターの技法:3つの問い

対話型鑑賞やそれを応用した会議の場のファシリテーターは、参加者が事実に基づきながら「感想」をフラットに語り合えるよう支援する姿勢をもつ。

では、具体的にはどのような技術を用いているのかをここから解説していきたい。

ファシリテーターは3つの問いと6つの技を用いる。それによって、参加者が作品をよく見て、感想を語り、作品のどこからそう感じ考えたのか根拠を示せるようにし、他の人の感想を聞いて他の解釈を考えられるようにしていく。

まず、3つの問いから解説していく。❶感想を問う、❷根拠を問う、❸他の可能性を問う、3つの問いだ。

❶感想を問う 「作品を見て感じたこと、考えたこと、気づいたことは何ですか?」

対話型鑑賞のはじまりかたは儀式めいている。まず最初に1分から3分程度、作品をじっくり見てもらう。

時間がきたときに、ファシリテーターが静かに最初に一言「作品をみて、感じたこと、考えたこと、気づいたことを教えてください」と問いかける。

何を話してもいい、という前提を持ちながら、抱いた感想や、発見した事実を語ってもらうよう問いかける。

作品を見て、「怖い」とか「可笑しい」とか、感情的なことが答えやすい人もいれば、「何のために作られた作品なのか気になった」という思考のほうが語りやすい人もいる。逆に、感情や思考よりも「作品の全体に曲線が多いのが気になった」と気になった事実を語るほうがイージーな人もいる。

いずれに対しても汎用性のある問いとして、この「感じたこと考えたこと気づいたこと」というのは使いやすい。ぼくはこの問いを好んで使っている。

ちなみに、対話型鑑賞の技術解説をする書籍によって、この最初の問いは「作品の中で何が起きている?」だったり「浮かんだ疑問はありますか?」だったりする。

問いのサンプル
・「作品をみて、感じたこと、考えたこと、気づいたことはありますか?」
・「作品のなかで何が起きていると考えましたか?」
・「作品を見て浮かんだ疑問などはありますか?」

❷根拠を問う 「どこからそう思いましたか?」

作品に対して感じたことや考えたことを語られた後、対話型鑑賞では「どこからそう思いましたか?」という問いかけがなされることが多い。

「怖いと思った」という感想に対して、「どこからそう思いましたか?」と問うと、「人物の表情が歪んでいるから」「背景の曲線と広がりから」といったように、作品の「どこ」が、自分にそう思わせたのかを考察し、説明しやすくなる。

これによって、「人物の表情はむしろ笑ってしまった」とか「曲線よりも直線がきになった」と、同じモノを見ていても解釈の異なる他の人が感想を言いやすくなる。

ちなみに、あらかじめ「画面全体に曲線が多いが気になった」というように、初手から作品の「事実」が語られる場合もある。そのときは「どこからそう思ったの?」と聞いても機能しない。

そのときは「曲線が気になったんですね。その曲線に対して、感じたことや考えたことはありますか?」と問うのだ。平たく言えば「そのことからどう思ったの?」という問いである。

この問いのさらにアレンジとしては、「どのような経験があなたにそう思わせたのか?」を問うこともできる。感想を深掘りし、個人の経験に焦点を当てる問いかけだ。この問いは、プロジェクトのふりかえりや、チームや組織の理念を考えるときに役にたつ。「〇〇が大切だと思うんだよね」という気持ちに対し「どんな経験からそう思ったんですか?」と問うと、その人の信念が立体感を持って伝わってくる。

問いのアレンジ
・「XXという事実から、あなたはどう感じましたか?」
・「どのような経験があなたに〇〇と思わせたのですか?」

❸他の可能性を問う 「他に発見や感想はありますか?」

3つ目の問いが、「他に発見や感想はありますか?」というものだ。対話型鑑賞は素朴な一つの感想を深追いするよりも、複数の感想を重ね合わせていくほうがいい。

一人で長く感想を語れる人は鑑賞に熟達した批評家のようなひとだろう。一人の批評家の公演を聞く場合はそれでもいいかもしれないが、対話型鑑賞は、参加者がフラットに、等しく発話機会を持つ。もちろん、発話したくない人はそれでも構わない。だが発話機会を誰かが独占しすぎるのも違う。ファシリテーターは全体の発話量のバランスをみながら、ある程度で感想を区切り、「他にありますか?」と、別の発話者を募っていく。

アレンジとして「似た感想を持った人はいますか?」と近しい感想を集めたり、「違う見方もあるぞという反対意見はありますか?」と対比しうる感想を集めるような問いかけもある。

問いのサンプル
・「他に感想や発見はありますか?」
・「似た感想をもった人はいますか?」
・「違う感想、反対意見はありますか?」

ファシリテーターの技法:6つの技

「感じたこと考えたこと気づいたことはありますか?」「どこからそう思いましたか/そこからどう思いましたか?」「他に発見や感想はありますか?」

ファシリテーターが行うのは、これら3つの問いを単に繰り返すだけではない。いくつかの技を踏まえて問いかけている。ボクシングに例えるなら、3つの問いが、ジャブ・ストレート・フックだとするならば、今から解説する6つの技は、ディフェンスやフェイント、ステップワークだ。

❶ポインティング

発話者がいまどの部分について語っているかを指差し、明確にする。オンラインの対話型鑑賞であれば、マウスが指の役割を果たす。「どこからそう思う?」という問いに重ねた身体の所作として使うことが多い。

これによって、作品のどの部分について対話しているのかを全員で目線を合わせることができる。

このポインティングを忘れて、「どこ」かを曖昧に話してしまうと、対話がどんどん抽象的になり、作品の観察・鑑賞がゆるくなっていく。具体的に「どの部分ですか?」「この人が二人並んでいるように見える部分ですか?」というふうに、詳細まで確認し、観察を促すことができるのがこのポインティングの良いところだ。

ホワイトボードを用いたファシリテーションにおいても、描かれた図や付箋をカーソルで指さしながら話を進めることで目線が合いやすくなる。

もちろん、参加者自らが作品を前にして「この部分が」と指差ししてもいい。オンラインホワイトボードであれば、参加者のカーソルを表示できるようにして、語りながらポインティングできるようにしてもいいだろう。

❷フォーカシング

作品の一部分に対話の焦点を絞ったり、別の部分に移したりして問いかける。

「今、感想がこの作品の右下に集まっていますね」と状況を要約した上で、「この、左上の〇〇が描かれた部分について、他に発見や感想はありますか?」と焦点をしぼって問いかける。いわば、先の「ポインティング」に問いかけを加えた技だ。

同じ部分について発話が集まってきた時に用いることが多い。同じ部分に視点が集まっている気配を感じた時、グッと一歩踏み込んで、その部分を焦点化し、意見を問う。

この技は、対話型鑑賞の鑑賞作品を事前に下調べする際、とくに鑑賞のポイントとなりそうな部分を事前に予測しておくと効果的に使える。「ここが多様な感想を引き出す装置になっているぞ」と匂う部分を事前に嗅ぎ分けるのは、ファシリテーターの熟練の技だ。対話型鑑賞では、ファシリテーターが作品の背景情報も含めて下調べしておくことが肝要だ。

❸パラフレーズ

参加者の感想を言い換えながら、言葉探しを支援する。

絵画作品のようなアートの感想を言語化するのは簡単なことではない。流暢に語れる人は稀だ。多くの人が、言葉を言い淀む。「うーんなんというか、うまくいえないんだけど、こんな感じがして…」と、たどたどしく語りを紡いでいく。むしろそれこそがぼくは良い感想だと思っている。

それに対して、「あなたがおっしゃっているのは、〇〇みたいなことですか?」と、言葉探しを支援する。ただし、やりすぎ注意だ。ぼくは、的外れなパラフレーズを重ねてしまったために、ファシリテーターとしての信頼が損なわれた経験がある。

まずは、相手の言葉を反復する「オウム返し」が基本になる。なんどか小さくオウム返しをしながら、抽象化したり要約したり、別の比喩を当てはめたりして「言い換え」をする。

参加者「なんというか、視界が歪む感じがして…」
ファシリテーター「なるほど、視界が歪む」
参加者「そうそう、めまいがしたり、酔っ払いすぎてぐわんぐわんしてるかんじが表現されてるのかなって…」
ファシリテーター「酩酊感があるんですかね」

みたいな感じだ。

また、参加者同士で似た内容をパラフレーズしながら感想を重ねていく場合もある。このとき、ファシリテーターだけが行うのではなく、参加者間で起きている触発に目を向けることもファシリテーターの一つの仕事だ。

❹コネクト/コントラスト

「コネクト/コントラスト」は、参加者同士の意見のつながり、違いを提示する技だ。

感想を色で例えるなら、似た色の感想を重ね合わせるのがコネクト、違う色の感想を対比させるのがコントラストだ。

「Aという意見が多く出ていましたが、Bという意見もありました」というふうに、意見を繋げ、あえて対比する構造をつくりだす。それが二つの対比の場合もあれば、3つの場合、4つの場合もあり得るだろう。

ぼくが見た対話型鑑賞のファシリテーションでは「この場面は朝だという人もいれば、夕方だという人もいる。朝か、夕方か、それによって作品の意味はどう変わりますか?」と問いかけているシーンがあった。印象深い「コントラスト」の技の使い方だった。

先程のパラフレーズと同様、参加者自身が複数の感想をコネクトして語ることもあるし、参加者自身が「私は違う見方をした」というふうにコントラストをつけて語ることもある。このような、パラフレーズ、コネクト、コントラストが生まれてくると、対話と鑑賞が深まってきたぞと感じる。

❺インフォメーション

作品にまつわる情報(作者や時代背景など)を伝える「インフォメーション」。「この作品はXX年に、XXが製作したものです」といった作品の背景情報を鑑賞者に伝える。これはぼくがもっとも重要だと感じる対話型鑑賞の技の一つだ。

この技を用いることを禁じ手とする考え方もある。このインフォメーションのあるべき姿に関しては、日本における対話型鑑賞研究の第一人者である平野智紀さんが「対話型鑑賞のファシリテーションにおける情報提供のあり方」と題した論文を執筆しているほどだ。(文末にリンクを記載)

タイミングが重要になるのだが、ぼくは早めに情報提供することが多い。参加者の方数名から作品の第一印象を聞き、参加者の発話をコネクトしたうえで作品の背景情報を提示する。

背景情報を踏まえた対話に「美術鑑賞を学ぶ場」としての意義がある。とりわけ、現代美術は背景情報をを知ることなしに鑑賞が成立しないこともある。だからなるべく早く情報提供をする。

地味に重要なポイントだが、対話型鑑賞の「感想」には3種類ある。❶作品に対する感想、❷他者の感想に対する感想、❸提供された情報に対する感想だ。この3つの感想が複雑に折り合わさるとき、鑑賞と対話はより豊かになる。

❻サマライズ

最後、サマライズである。場に出た感想を要約する。

「これまでの対話では、AやBという意見が出ました。作品の情報を踏まえて、Cという意見も出てきました」といった具合だ。これは、対話の最後に総まとめとして行う場合もあるが、対話の最中に少しずつ、小まとめをしておくことで、発話がしやすくなるように行う場合もある。

最初は手掛かりなく感想を語れなかった人も、A・B・Cという意見が出たが、あなたはどう思うか?と問われたほうが語りやすくなる人も出てくる。だから対話中に小まとめするよう、ぼくは意識をしている。

ファシリテーターの難しさ

さて、ここまでなるべくシンプルに3つの問いと6つの技をまとめてきた。他にも、対話型鑑賞はどう終わるべきかとか、ファシリテーター自身が感想を述べる場合はどうすればよいのかなど、技法論を挙げればキリがない。今日はここまでにとどめておきたい。

ただ一つだけ、ファシリテーターとして僕が難しいと感じる点を1つ書いておきたい。

大人数の場において、ファシリテーター対参加者の関係性になってしまい、参加者同士の触発や関係性が生まれにくくなるという点だ。

対話型鑑賞は、参加者同士でパラフレーズ、コネクト、コントラストをするようになってくると面白くなっていく。また、「Aさんに聞きたいんですけど」といった形で問いかけが発生するようになるとさらに面白くなる。ただ、そのような密な関係は少人数の場合か、より親密なコミュニティでなければ起こりにくい。

面白くなる状況をつくるために、ぼくはワークショップのグループワーク形式を用いることがある。

まず「導入」で場の目的とタイムラインを伝えたうえで、アイスブレイクでグループを組み、お互いに自己紹介をしてもらうことで関係性をつくる。

そのうえで、「知る活動」として全体にむけて、対話型鑑賞の方法を軽くレクチャーする。次に、全体で対話型鑑賞を行い、方法をデモンストレーションする

その後、「創る活動」では、先ほどのグループにもどって、「3つの問い」をお互いに問いかけ合ってもらう。このとき、作品の説明テキストを400字で作成してもらうなどの制作活動を入れてもいい。

最後に「まとめ」として、グループワークの内容を共有し、振り返る時間をとる。

こうすることで、参加者同士の密なコミュニケーションと、大人数での感想の重なり合いが両立できないこともない。最適解だとは思っていないが。

まとめ

さて、あらためてこの文章のまとめをしておきたい。

対話型鑑賞とは、複数人で作品を鑑賞しながら対話をする。その際、ファシリテーターが進行する。

参加者は、複数の感想が重なり、自分の目だけでは気づけなかった発見や感想に満ち溢れ、モノの見方が変わっていくプロセスを経験する。

そのために、3つの問いと6つの技術が用いられる。もちろん、もっと技や問いかけの種類は豊富にある。

それらの問いや技は、芸術作品にとどまらず、事業ロードマップやWebサイトのトップ画面、対話を可視化したホワイトボードやグラフィックレコーディングなど、ビジネスシーンで何かを見ながら対話する場面においても応用可能だ。子どもと絵本を読むときや、友人と映画を見た後の飲み屋でも、ぜひ参考にしてみてほしい。

複数の感想が織り重なることで、新たな意味が浮かび上がってくる。感想を語ることで、対象への愛着が芽生え、対象に対して主体的になれる。そのことを通じて、新しいアイデアや行動が喚起される。

ぼくはこのような「感想」あるいは「感想が重なり合う現象」の力を信じている。

参考文献

📕教えない授業――美術館発、「正解のない問い」に挑む力の育て方(鈴木有紀)

入門書として非常にわかりやすく、ぼくも繰り返し参照している。ポインティングやパラフレーズなどの技は本書を参考にした。

📗対話型鑑賞における鑑賞者同士の学習支援に関する研究(平野智紀・三宅正樹)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aaej/36/0/36_KJ00010238414/_pdf/-char/ja
鑑賞者同士がいかに学習をしながら対話を重ねているか。コネクトやサマライズなどは本書を参考にした。

📗対話型鑑賞の問いかけ「どこからそう思う?」の意味の考察 「どうしてそう思う?」との比較から(平野智紀・鈴木有紀)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aaej/41/0/41_275/_pdf/-char/ja
「どこからそう思う?」の意味を徹底して深掘りしている。

📗対話型鑑賞のファシリテーションにおける情報提供のあり方(平野智紀・安斎勇樹・山内祐平)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjet/43/4/43_43034/_pdf/-char/ja
「インフォメーション」についての重要な考察

📕鑑賞のファシリテーション 深い対話を引き出すファシリテーションに向けて(平野智紀)

対話型鑑賞の研究の決定版。

📗半開きの対話 対話型鑑賞における美学的背景の一考察https://www.jstage.jst.go.jp/article/aaej/34/0/34_KJ00009379857/_pdf/-char/ja
観客に自由に開かれた解釈と、作品のなかに閉じられて意味と文脈。この二項対立を乗り越える「半開き」という概念が提案された玄人向けの驚くべき論文。

最後に

このテキストを最後まで読んでいただいた方、本当にありがとうございます。早速応用してみようと思っていただいた方がいらっしゃれば、とてもうれしいかぎりです。

しかし、対話型鑑賞の技を応用するならなによりもまず、アートの対話型鑑賞を経験してほしいと思っています。アート作品は「多角的なモノの見方」を引き出す仕掛けが幾重にも埋め込まれています。だからこそできる経験があります。

近いうちに、対面で対話型鑑賞を経験できる機会を設けようと思いますので、ぜひご参加ください。


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