見出し画像

引用の織物としての『コンテクストデザイン』

かねてから楽しみにしていたTakram渡邉康太郎さんの新著『コンテクストデザイン』を買いに、森岡書店に行った。

帰りの電車と喫茶店と、帰宅してからの3つの時間で一気に読み上げ、この本について言葉を書き綴りたくなったので勢いに任せて書く。

砂時計をめぐる小さな展覧会

森岡書店では、小さな展覧会が開かれていた。

画像1

展覧会では、真ん中に砂時計が展示され、左側には砂時計の写真が、右側にはぼやけたようなポートレートが短い対話文とともに展示されている。

まんなかの砂時計の片側にはラピスラズリが、反対側には黒曜石入っていて、片方が見えてくると、もう片方が見えなくなる。石がからりと動く音がする。石の向きによって砂の流れ方は変わる。

ぼやけたようなポートレートは、この砂時計の砂が落ちきるまでのあいだ、シャッターを開けて撮った写真だそうだ。

著書『コンテクストデザイン』には、この砂時計をプレゼントとして受け取った小説家・朝吹真理子さんとの短い対話が収録されている。そこでは、この石の意味をめぐって、そのときに書いていた本や小説家としての生活、武満徹の本の一説からドラえもんまで語らわれていく。

この本を読むまで

ぼくはこの日の夕方、打ち合わせが早めに終わったことを良いことに、銀座線に乗って京橋駅で降りて、10分ほど歩いて森岡書店に向かった。展覧会をながめて、本を買った。電車の中で読みはじめ、約束の帰宅時間まで喫茶店によって本を読み進めた。

家に帰って、妻が用意してくれた晩ご飯を食べて、食器を洗って、娘に絵本を読んで寝かしつけてから、一気に読みきった。そして深く読後の余韻を味わってから、この文章を書いている。

「引用の織物」とは何か?

何が面白かったかって、この本自体が「引用の織物」として湛然に織り上げられた、まさしくコンテクストデザインの賜物だったからだ。

この本の「鑑賞・解釈・創作ー社会彫刻」という章に、ロラン・バルト『物語の構造分析』の一節が引用されている。

"テクストは多次元の空間であって、そこではさまざまなエクリチュールが、結びつき、異議をとなえあい、そのどれもが起源となることはない。テクストとは、無数にある文化の中心からやって来た引用の織物である"

これについて渡邉さんはこう書く。

"あらゆるテクストは、明に暗に、先行するテクストから生まれたものであり、先行するテクストへ向けた応答でもある。開かれたテクストは過去と未来のあらゆるテクストと接続している"

哲学において「テクスト」はとても複雑な意味をもつので、ここでは「言葉」と言い換えてみる。言葉は先行する言葉から生まれ、先行する言葉への応答でもある。開かれた言葉は過去と未来のあらゆる言葉と接続している。

たとえば、ぼくが今ここに書いている言葉は、先行する渡邉さんの言葉に触発されて生まれた。そして渡邉さんの言葉への応答でもある。noteという場で公開された言葉は、本に書かれた過去の言葉たちや、これから語られる言葉へと接続している。

この『コンテクストデザイン』という書物は、過去のデザイナーやアーティスト、文化人類学者や歌人などの言葉が引用され、それぞれが多元的に結びつき、呼応しながら織りなされた「引用の織物」だった。

引用された言葉が踊るデザイン論

たとえば、「矛盾」と題された項では、歌舞伎研究家の郡司正勝の言葉から、郡司が引いた井上さたの言葉につらなり、ワンクッションおいて音楽家の武満徹へが編み込まれ、さらには芥川龍之介が骨太な縦糸を通していく。

時代も背景もさまざまな登場人物の言葉が現れ、「矛盾」をよりどころに踊るように編み上げられていく。

本書の、とりわけ前半部では、こんな調子でめまぐるしい引用が続く。

ピカソが現れたかと思えば茶道が現れ、デザイナーの原研哉氏が登場したかと思えば現代美術家/小説家のミランダ・ジュライが登場し、マーケティングやブランディングといったビジネス用語が出てきたかと思えば、文化人類学者の竹村慎一氏が現れて「サクラ」という言葉の由来について語る。

ただ、その目まぐるしさが慌ただしさではなく、精緻に織り上げられ、デザイン論としても思想書としてもエッセイとしても読めるような、軽やかなステップのような読み心地なのである。

テクストを引用し、過去の偉人たちと読み手とともに編み上げられていくような内容は、コンテクストデザイナーの身振りを感じさせる豊かな筆致だった。

森岡書店での小さな展覧会は10月27日(日)まで。「ものがたり」と「ものづくり」について考えている方にはぜひ行っていただき、本書を手に取ってほしい。

====

このマガジンは、子どもが関わるアートワークショップを専門とする臼井隆志が、ワークショップデザインについての考察や作品の感想などを書きためておくマガジンです。週1~2本、2500字程度の記事を公開しています。

Twitterでも発信しています。


ここから先は

0字
マガジンの売り上げは、アートワークショップの企画や、子育てをする保護者やケアワーカーがアートを楽しむための場づくりの活動費(書籍購入、リサーチ費など)に使わせていただきます。

アートの探索

¥500 / 月

このマガジンは、アートエデュケーターの臼井隆志が、子育てのことや仕事の中で気づいたこと、読んだ本や見た展覧会などの感想を徒然なるままに書い…

この記事が参加している募集

推薦図書

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。いただいたサポートは、赤ちゃんの発達や子育てについてのリサーチのための費用に使わせていただきます。