手間をかけることに価値を見出す——シモキタ園藝部の「緑を通じてみんなでつくっていくまちづくり」|地域のイノベーター見聞録 vol.6
取材・文:齊藤達郎/今中啓太(地域想合研究室)
小田急線の東北沢駅~下北沢駅~世田谷代田駅間の地下化によって生まれたおよそ1.7kmのエリアが「下北線路街」として整備されているとのことなので現地に行ってみた。緑があって心地の良い空間であることは間違いないのだが、多くの人がイメージするであろう都市部の公園とは異なった印象を受ける。今回は、なぜこういった印象を受けるのかを探るため、シモキタ園藝部共同代表の一人であるランドスケープデザイナーの三島由樹さん(株式会社フォルク)にお話を伺った。
三島由樹(みしま・よしき)さん
株式会社フォルク代表取締役 / シモキタ園藝部共同代表理事 / ランドスケープデザイナー
2002年慶應義塾大学環境情報学部卒業。2006年 ハーヴァード大学大学院デザインスクール修了。2006〜08年Michael Van Valkenburgh Associates(NY)勤務。2013〜15年東京大学大学院工学系研究科助教。2015年フォルク設立。2020年〜一般社団法人SOCIAL GREEN DESIGN理事。2021年〜一般社団法人シモキタ園藝部共同代表理事。日本とアメリカでランドスケープデザインを学び、設計事務所の代表としてシモキタ園藝部の企画・立ち上げ・運営に関わる。植物や生き物への学びや関わりを通じて、日々の暮らしを豊かに楽しくするシモキタ園藝部のユニークな活動を広げるために取り組んでいる。
シモキタ園藝部ができるまで
まずは、シモキタ園藝部ができるまでのいきさつをお聞きした。
三島「まちの緑は触ってはいけない緑が多くて、維持管理は専門業者が行って、市民は見て楽しむだけ。個人的に、ランドスケープデザイナーとして、まちの緑を人の暮らしに役立てるものにしたい。触れたりとか、果実をもぎとったりとか、自分たちで剪定したりできれば緑を介してもっと地域のことを一人ひとりが自分ごととして感じることができるのではないか、という想いがありました」
そうした中、三島さんは下北線路街のランドスケープのコンセプトデザインに関わることになり、2019年に下北線路街の計画がリリースされた。小田急電鉄による「地域の人たちがやりたいことを支援する」という「支援型開発」コンセプトを背景として、「まちのひとがまちのみどりを育み、活用する」新しい植栽管理のモデルとして園藝部の企画をフォルクが提案し、その後、準備のワークショップを半年ほど重ね、2020年3月に下北線路街園藝部が発足。2021年8月には一般社団法人シモキタ園藝部として法人化された。
三島「僕たちが最初に具体的な場所づくりに関わった「下北線路街空き地」では、みんなで緑を持ち寄るコンセプトで植木鉢を置ける植木棚を作りました。その反応を見ていて、やっぱり何かコミュニティベースの植栽管理みたいなことを下北沢でやったら面白そうだなと思いました。それで、再開発でつくられた沢山のみどりを誰がどうやって管理したら良いのかをディスカッションし始めて、やっぱりその地域のコミュニティベースでやったら面白いんじゃないかと提案して、4回のワークショップを半年くらいかけて準備しました。
最初からシモキタ園藝部を作りたいからこの指とまれ、みたいな感じでやりたくないなと思っていたので、下北沢の面白い緑を探しに行こうという「下北園藝探検隊」というゆるいイベントからスタートしました。こういったちょっと面白い取り組みに反応する人たちと始めたいとは思っていたのですが、どれくらいの人が集まってくれるのか心配ではありました」
結果、このイベントに参加したのは約20人。このうちの多くが現在もシモキタ園藝部に残っている。
三島「一人ひとりがやりたいことを持ち寄って、それを実現するためのコミュニティができたら良いな、という考えは最初からありました。みんながやりたいことだったり、自分ができることをベースに活動やコミュニティを作り上げていくというのがとても大事で、結果的にみんながそれぞれに園藝を自分ごとにしていた、ということが大事だったと思います」
こうしたいきさつもあり、下北線路街で行われるシモキタ園藝部の緑地の維持管理は独特だ。例えば、剪定された枝などはゴミとして扱われるので、普通の維持管理の会社はお金を払って捨てているのだが、シモキタ園藝部では、植栽管理でたくさん出てくる草や枝を活用しコンポスト化(堆肥化)している。しかもコンポスト化については、最初から専門家がいたわけではく、興味があるメンバーが独自に作ったり、施設に見学に行ったりといった勉強を重ねながら今に至っている。
三島「緑を増やすとか守るとかだけでなく「活かす」ことを大事にしています。花を愛でて、見て楽しむだけでなく、収穫して、クラフトしたり、食べたり。いかに植物を暮らしに役立てるか、どうやって地域に循環させるか、ということテーマにやっています。
駅前の緑も僕たちが愛情をもって手入れしています。僕らは植物のことを第一に考えて、様子を見ながらやるべきことをやる。やらなくてもいいことはやらない。こういう順応型管理をすることで業務量をコントロールしていくことも目指しています」
「藝」の字にこめられた思い
三島「シモキタ園藝部では「藝」という字を大事にしています。この字を紐解いていくと人が木を植えている様子をあらわしているそうです。つまり芸事の本質というか、人が生きていく上での基本スキルは、人がどう植物を扱うかといったところにある。ということがわかって、それってすごい園藝部でやりたいことだなって思ったんですよね。
植物を増やしていくとか、緑でまちをきれいに管理することだけが目的ではなくて、人が植物をどう扱うか、どう暮らしに役立てていけるかというスキルとかリテラシーみたいな部分を提供するのがシモキタ園藝部なんじゃないか。
その結果、まちの緑はいきいきと育つ。循環を大事にして、その循環の中にいかにいろいろなコンテンツを作っていけるか、そのコンテンツをどのように暮らしに役立てていくか。植物や植栽管理を通じてどんなコンテンツを作っていくかということに、みんなすごく知恵をしぼっています。コンテンツを提供する側と楽しむ側を分けるんじゃなくて、園藝部に入れば誰でも企画できる、誰でもコンテンツを提供する側になれることが大事だと思っています」
みんなで働いて、みんなで経営していく
シモキタ園藝部の活動内容にもひと工夫あるそう。
三島「草とりを例にすると、雑草って一括りにされるけど雑草によってとり方が違う。それをプロの人から学んで適切なとり方をするとコントロールしやすくなる。これは本でも得られる知識ですけど、そんなに知られていないですよね。こういう知識って自分の庭を持っている人であればそこで活かせる。そして、たくさん人数が集まると草とりもあっという間に終わるし、みんな学べるし、楽しい時間になります。剪定した枝を利用して、みんなでカントリーヘッジ(伐採した木の幹や枝でつくる低い柵)を作ったりもします。
剪定した枝なので当然、腐っていくんですけど園藝部は「腐ったら取り替えればいい」と考えます。
園藝部では毎月最終土曜日に定期的に「園藝部DAY」を開催しています。定期的にやっている点がポイントです。不定期だと今回は行けないけど、次回は行きたいなっていう人が予定を合わせられない。毎月最終土曜日っていうと、じゃあ来月は行くかと、参加しやすくなるので固定しています。
会員数はスタート時20名で、現在は200名ぐらいになってきている。代表理事は3名でやっている点がポイントです。「園藝部といえばあの人」みたいな感じにならないことが大事だと思っています。園藝部としては、なるべく色をつけないで、誰でも入りやすいオープンな状態でありつづけることが大切だと思います。
法人化にあたってはみんなで議論して、オープンでフラットな組織体としてワーカーズコープをモデルにして一般社団法人化しました」
ワーカーズコープをモデルにした理由を尋ねてみると、
三島「組合員がみんなで出資して、みんなで働いて、みんな経営していく。本当にみんなで全部やるということです。経営者と労働者を分けない。理事にもなれるし、社員、会員にもなれる。それと部員でなくても別に参加できるので、いろいろな関わり方、参加のグラデーションを確保しています」
植物を通じたエリマネ
部員が主役のシモキタ園藝部だが、実際はどういった人たちで構成されているのだろうか。
三島「上は80歳くらいから、下は小学生まで。小学生部員は「学校で教わるより実際に体験して、プロの人から教わるのは面白いし楽しい」って言ってます。こういう緑に関する活動って日本全国各地にあるんですよ。でも多くは高齢化が進んでいたり、メンバーが固定化したりとか、新しい人がなかなか入ってこないことが課題となっています。そんな中、どうしてシモキタ園藝部は、こんなに多世代の人がいるのか。特に若い人が来るのはなぜ?といったことは当初からいろいろな人に聞かれました」
植栽管理をコアにして、有志の地域内外の部員(しかも多世代)に自発的に参加してもらって運営している。エリアマネジメントの理想的な姿である。これはすごい。なぜいろいろな人が集まってくるのだろうか。
三島「僕たちも最初やるまでは、うまくいくのかなって思っていたんですけど、なるべく多くの人に参加してもらえたらいいなと思っていろいろ考えました。どういうデザインのチラシにしたらいいのか、どういうイベントを開催したら参加したくなるのか、とか。
グラフィックデザインもかなり気をつけてやりました。下北沢はコミュニティが多様なので、フライヤーをデザインする時もあんまり格好良すぎないで、かつ誰が見てもちょっと親しみが湧いたり、面白さを感じたりしてもらえるようにすることが大事でした」
三島さんのお話のとおり、シモキタ園藝部の製作物はすごく丁寧に考えて作られている。みんなに「いいよね」と言われるような、しっかりしたものを作ることで、そこに向かう共通認識が芽生えて盛り上がっていく。こうしたプロセスは、やはりとても大事なのだろう。
三島「園藝部をかたちづくっていく過程では、みんなで議論を重ねました。コロナ禍と重なったのでオンラインミーティングも沢山実施したんですけど、ひとつひとつ丁寧にプロセスを共有していって、みんなで考えてつくっていくということを大事にしました。
植物を通じたエリアマネジメントという意味で、植物は何がいいのかというと、いろんな関わり方が見出せること。見て楽しむのもいいし、そこに集まる虫が好き、ハーブティが好き、と関わり方のチャンネルがすごくたくさんある。
だから、いろいろな人が関わり得るっていう意味で、エリアマネジメントの媒体としてはすごく向いているなという気はします。究極的には誰もが植物に生かされているというのは紛れもない事実なんですよ。植物はなくていいよねっていう人はいないですから。
人と植物とまちの関係性をどう作っていくか。それは、現代社会では失われてきてしまったものでもあります。
植物の名前もみんな言えないし、植物をどう使うかってこともよくわからない。おばあちゃん世代だと当たり前のようにできていたことができなくなっている。だからみんなすごく興味があって、例えば梅干しはどう作るんだろうとか、紅茶はどうやって作るんだとか、何が食べられて、何が食べられないんだろうとか、そういうことをみんな知りたがっている時代ですし、これからはもっともっとそうなると思います。
手間をかけずに維持管理していくか、いかに格好よく良く見せるか、そういう話をする時代は、もう終わるんじゃないかなと思います。これからは手間と関わり方にみんなが価値を見出す時代になると思います」
最後に、今後の展望を伺った。
三島「まちのみんながゆるく園藝部に関わっている、という状態をまちとして作れたらすごく面白いなと思うんですよ。みんながまちの緑に対して手入れできる。究極的にはみんなが剪定ハサミとかをバックに入れて、伸びすぎた枝を帰り道にハサミを入れて帰るみたいな。そんな感じでまちの緑が何となくみんなのちょっとした気づかいでうまく育まれていく。そういう状態が一番面白いと思いますね。
それと「古樹屋」の活動があります。古「着」屋さんは下北沢にたくさんあるんですけど、その植物バージョンということで、誰かが育てきれなくなった植物を受け取って、新しい持ち主とマッチングしています。買値は買う人がつけます。お店で売られている植物は消費と所有の対象になっていますが、本来植物はみんなが恩恵を受けているものなので根本的にはみんなのもの、コモンズとして植物を見るという視点もあるのではないかということをコンセプトにした活動です。
植物は、生物が生きていくための環境を作ってくれているものなので、そういう植物の持っている存在との関係を暮らしの中で感じることで、より良くみんなが生きられる、そういうまちをシモキタ園藝部のみんなで実現できたらと思っています」
みんなが植物に関わりながら自主的に育んでいく。街づくりでよく話題になる「自分事として考えてもらうにはどうしたらいいか」のひとつの回答ではないかと思う。こうした考え方や取り組みが広がれば、まちも良い方向に大きく変わると思う。
訪れた時に感じた印象は、ここが人に見せるための場所でなく、人と緑が共生していくための場所だからこそ感じられるものなのだろう。きっと今後はこういった考え方がもっと、もっと大事になってくるのだろうなと思わずにはいられない。皆さんも機会があれば訪れてみることをお勧めしたい。
後日談
取材後の2023年10月16日、シモキタ園藝部は、第43回みどりの都市賞で最高賞となる内閣総理大臣賞を受賞されました。おめでとうございます。ワーカーズコープをモデルとした社会改善事業の新たな取り組みを実践している点が高く評価されたとのこと。(https://urbangreen.or.jp/wp-content/uploads/2023/10/231016_3shouPress.pdf)。こうしたことをきっかけに、シモキタ園藝部の取り組みがどんどん広がっていくことを期待しています。