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〈ブラブラ〉が育まれるまち_「三小鳥」から考える(前編:コロナ禍が地元を見直すきっかけに)|「都市空間生態学から見る、街づくりのこれから」vol.7

2015〜2020年にかけてNTT都市開発・東京大学Design Think Tank(DTT)・新建築社の3者で行われた共同研究「都市空間生態学」の紹介と、それに紐づく「いま考えるべき街づくりのキーワード」を、同研究の主任研究者を務めた木内俊克氏が紹介します。当時の試行錯誤を振り返りながら、いま私たちが街づくりを考える上で必要なエッセンスを発信します。

文:木内俊克


前回の記事では、生活者にとってまちの経験が豊かであるということは、まちをブラブラする楽しさがあるということではないかと書いた。
そして一歩踏み込んで、〈ブラブラ〉とは回遊であり、予定された目的の外側にある、偶然やまだ知らない何かとの出会いをもたらしてくれる寄り道や予定変更である、という要点にも触れた。

つまり、そんな回遊のきっかけがそこかしこにあり、予期していない影響を受けられる場所は豊かだと。では寄り道や予定変更といった回遊のきっかけがそこかしこにあるまちとは、どんな場所だろうか。
 
そこで今回は、都市空間生態学の研究対象で、まちの〈ブラブラ〉=回遊の質について考える出発点となった、台東区の三筋・小島・鳥越(この3つのエリアをまとめて、研究では「三子鳥(みこどり)」と呼称することにした)のまちを紹介したい。

三小鳥は、東は隅田川に面し、南はJR総武線と東京都心から千葉方面に抜ける主要な都道である蔵前橋通りに囲まれ、北は浅草、西は上野の繁華街に面したエリアだ。

三小鳥エリアのイメージ(都市空間生態学の研究報告書より)

当時のにぎわいと比べれば産業の集積や店舗数こそ減少したが、受け継がれた町工場や路面店などを起点に、つくり手の顔が見える店舗やクリエイター、ものづくり企業が拠点を移してくるなどの動きがある。

研究では2016〜17年に三小鳥にて、また2018~2019年には次回の記事で紹介予定である東池袋4丁目・5丁目の旧日出町エリアにて、いかに各エリアでの〈ブラブラ〉=回遊の活性化が、地域のまちづくりに寄与できるのかを模索する社会実験を実施した。

今回は、当時実験に協力いただいた遠藤剛氏(株式会社遠藤商店)のヒアリングを実施する。三小鳥のまちで昭和4年に精肉店として始まった商店「松屋」で現在は焼豚の専門店を営む彼の視点を通して、社会実験の試みの意義を振り返り、その後のまちの変化について伺いながら、いま、まちの魅力づくりに向けて何に注目していくべきかを考えてみたい。

ヒアリングに進む前に、ぜひ2017年に実施した社会実験「ツギ_ツギ#04」*の記録動画を視聴いただけると嬉しい。実験では、「三筋小島のおでん おかず横丁のまかない」と題し、地域で暮らし働く方々にうかがったこの界隈ならではの食の思い出をヒントに、「おでん」や「まかない」があったかつての暮らしの雰囲気を追体験できる、食とまちめぐりのイベントを実施した。
*(「ツギ_ツギ」は、街を楽しむ活動を発見的な街の魅力づくりや発信に結びつけるという意味で「ツぐ(=継ぐ、接ぐ、次ぐ)」というキーワードを掲げたことから名づけた社会実験の名称)

株式会社遠藤商店・遠藤剛さん(撮影:編集部)遠藤さんは、動画の4分20秒〜登場。

コロナがきっかけで、自然と地元に意識が向いた


遠藤
 
木内さん!本当にお久しぶりですね。コロナもあって余計に長く感じます。

木内
そうですね。台東区で2年間、遠藤さんたちに協力いただきながら研究を行った後に、対象地を東池袋エリアに移してそこでも2年間やりました。なので5年振りでしょうか……。

実は当初2016年に三小鳥を研究対象地に選んだのはある種山勘と言いますか、地図を見ながら「ここだ!」と感じてたどり着いたエリアだったんです。その後の研究の中で「どうして三小鳥って良いんだろう」と考えた時に、駅からの距離が遠いことに理由があるんじゃないかと仮説を立てたんです。そこで同じような利便性の度合いの場所を地図上で解析すると、都内にも三小鳥と似たような場所が数箇所あり、そのひとつが東池袋エリアでした。商業地域である三小鳥と違って東池袋は住宅地。キャラクターの異なる場所で研究をやれたらいいんじゃないかというのが、ここから東池袋に行った理由なんです。

遠藤 
なるほど。すごい目の付け所ですね。あそこは都電も通っているし、住宅地の裏にはすぐサンシャインシティが控えていて、東京の中でも独特な場所ですよね。

木内 
遠藤さんの他にも、東池袋で社会実験を実施した際に協力してくれた方にもお話を聞きに行く予定です。
やはりこの5年間でいちばん大きな出来事はコロナだったと思うのですが、その影響も含めて三小鳥にはどのような変化がありましたか?

遠藤 
まず個人的なところからお話すると、うちは焼豚屋ですからコロナ前は全国の生産者さんたちを直接訪ねてお肉を取引させてもらって、うちで焼豚としてアウトプットしていくという仕事のやり方でした。当時は長野や静岡の生産者のところへ定期的に通ったり、商品をつくる時は土浦の加工工場に行ったりしていましたが、それがコロナでどこにも行けなくなってしまいました。

そんな状態でどうやって焼豚の商売を継続していこうかと考えた時に、今まで外へ外へと向いていたアンテナが自ずと自分の手が届く範囲に向かっていきました。地方に行けないんだったら東京で何かできることはないだろうか? という発想に自然と至ったんです。
東京で商売している以上、地元のものを使った商品を出してみたいという思いは前々からあったんです。それでこれは良い機会だということで、東京の豚・醤油・塩を使った焼豚をつくることにしました。

松屋で2021年3月より販売開始された東京 Xの焼豚。豚は、東京都のプレミアムポーク「東京 X」、醤油は都内唯一の醤油蔵元であるあきる野市の近藤醸造のものを、さらに塩はしょっぱ辛すぎず甘味のある伊豆大島産を使用している。

遠藤 
コロナ禍に入ってから約1年後の2021年の始めに東京 Xの焼豚の販売を開始したわけですが、どうもコロナが落ち着く気配がないし、まだまだ地方からはシャットアウトされたまま……。引き続き、東京でもっとやれることはないだろうかと考えていました。

うちの店では、いつも端材もきちんとブランディングして商品化を行っているんです。端材ってどうしても安く売られることが多いけれど、自分としては生産者の顔が見えるものだからなんとか価値を高めたいと思っていて。だから次の商品は端材を使ったもので、かつより東京らしいものがいいなと思っていました。
その時に、「そういえば東京には江戸の甘味噌というものがあるじゃないか!これと東京 Xの端材で最高のご飯のお供がつくれたらいいぞ」と思いついたんです。

早速、うちから数軒先の郡司味噌漬物店さんの味噌ソムリエである夏川くんに話を聞きに行きました。そしたら江戸の甘味噌も取り扱っていたんです。それで、うちの商品専用に江戸の甘味噌を使ったブレンドなんだけど、甘ったるくない仕上がりにしてほしいとお願いをして誕生したのが「東京X焼豚味噌漬け」です。

「東京X焼豚味噌漬け」。遠藤さんいわく、「郡司さんとは、もうひとつ商品をつくろうと話していて、2023年の春頃の完成に向けて動いている」とのこと。

木内 
コロナはしんどかったけれど、自分の身近なところに目を向ける良いきっかけになったということですね。

遠藤 
その通り。やっぱり、おかず横丁のみんなで一緒にできれば一番最高じゃないかって考えになりましたよ。コロナがあったことで100mもないくらいの近所で商品がつくれたのは結果的に面白かったし良いタイミングだったと思います。

まちの中で個々に存在する繋がりを、商店街まで広げたい


遠藤
 
例えば「モノマチ」(古くから製造/卸の集積地としての歴史をもつ台東区南部エリアのモノづくり関連企業が参加して、モノづくりの楽しさを発信し、このエリアの魅力を知ってもらうためのイベント)に参加している人たちの間では、盛んにコラボレーションなどが行われているかもしれないですね。

私は、モノマチの方たちとジャンルを超えて何か一緒にやるって言うところまでは行けていなくて。どこかのタイミングでとは思っているんですけどね。
冒頭のビデオで紹介されていた箔押しなんかは特に食品関連だったり、おかず横丁と何か一緒にやれるような気がします。

モノマチの開催時は、この通りがフードコートみたいになって素敵なんですよ。2022年の5月は3年ぶりに開催して、大盛況でした。うちも初めてガッツリと参加させてもらいました。普段はやらないんですが、イベントに合わせてすぐに食べられるようにスライスした焼豚と煮卵を出してみたら飛ぶように売れて、みんな喜んでくれました。

ただ、イベント時はいいけれど、おかず横丁とモノマチ関連の方々が本当の意味でクロスオーバーできているかと問われると、まだまだだと思います。
彼らは彼らで「ものづくり」で繋がっているけれど、その繋がりをもっと地元まで広げていけると良いですよね。それはこれからの課題として捉えています。

モノマチの開催後に、「あの時食べて美味しかったから」と、うちの土曜日だけやっている営業に来てくださる方もいらっしゃって、それは嬉しかった。やっぱりおかず横丁って元々は忙しい職人さんたちの台所をお手伝いする役割を担っていた訳ですから、もっと日常的に彼らと繋がれれば良いですよね。

地元の中にいて声を上げることの難しさ


木内 
お話を聞いて、コロナをジャンプ台にまちの人たちの結びつきが強まっていくことに期待できそうな気がしました。

遠藤
コロナが地元を見つめ直す機会になり、良い流れが来ていると思います。
おかず横丁としても、そろそろ仕掛ける時期に差し掛かっているとは思います。すぐ近所の蔵前はコロナ禍にあっても観光客が増えていますし、われわれももっと頑張ればいいのだけど……なかなか変われないのが事実です。

具体的に言うと、休日に東京散策をする観光客向けに何かやろうっていう姿勢が元々ないんですよね。「おかず」横丁だけに、やはり「平日の台所のお手伝いをする」っていう感覚で商売をされている方が多いので、日曜日はどこもシャッター閉まっているわけです。
そうすると、せっかく休日に人気の蔵前エリアから足を伸ばして「この辺りはどんなとこなんだろう?」と覗きに来てくれた人たちをがっかりさせてしまうことになる。

でも、これもまた難しい問題なんです。高齢化で商店街はどんどん歯抜けになっているけれど、1階のお店が開いていないだけで、彼らはまだそこで生活しているわけです。そこに自分が「商店街をこう変えるんだ!」と大きな声を上げて切り込んでいくのは、ずっとこのまちで育っているからこそ、難しいんですよ。我々の親世代の80代の方たちを無視してまで、この通りに何か大きな変革をもたらすのが本当にまちに対していいことなのか? と考えてしまう。悩みどころですね。

木内
 ずっと地元にいて、事情が分かりすぎているからこそ身動きが取れないこともあるのですね。

遠藤
大袈裟に言えば、「松屋の倅、急にどうしちゃったんだろう。何を鼻息荒げてやっちゃってるの」なんてことも言われかねない。伝統と昔ながらのことを大切にするこの辺りの気質もあるし、当然それは尊重したいですしね。

歯抜けになってしまった商店街をどうやったら再び商店街として成立させられるかと考えた時に、1階の店舗をよその方に貸せたらいいのですが、それにも色々なハードルがあります。建物の2階には引退されたお年寄りが住んでいるので、夜の営業は難しいですよね。それに出入り口もトイレも共用です。家族に貸すならいいかもしれませんが、他人に貸すのは抵抗があります。それなら建物を改修すればいいじゃないかとも思うのですが、改修してまでやるか? という問題にぶち当たってしまう。

木内 
難しい問題ですね。

アクションを起こすには、第三者の力も必要


遠藤 
地方の生産者と話をしていたときにある地域で実行された面白い事例を聞いたことがあります。彼らもおかず横丁と同様の問題を抱えていたのですが、建物の半分だけ改修してテナントとして貸すっていうことをやったそうなんです。ちょうどうちの店の半分くらいの間口で区切って水回りを増設しているみたいです。

どうやら、新しくお店を始める若い方にとっては間口が広すぎても商売をやりきれないっていう声もあるらしい。そういう改修事業を自治体だったり専門の方に入って進められるのは良いですよね。先ほどお話したように、中のことを知りすぎているからこそ難しい部分もあったりするので、建物に関するアドバイスとか、実際にまちを作り込んでいってくれる人材の確保という面でも第三者的な目線が欲しいところですね。

三小鳥の場合は、なかなか具体的なアクションを起こせずにいるうちに、毎日この辺りを回っている熱心なデベロッパーさんに口説かれ続け、最後は良い値段で土地を売ってしまう……そして新しくマンションが建つ、ということが繰り返されています。
結局、土地を相続しようにも、この辺りに住んでいなければ売っちゃった方が良いって考えにもなっていくのも理解できますよ。相続された本人がここで商売やりますかって言われても難しいですからね。自分だって、土曜日しか店頭販売しないスタイルでずっとやっていますし、なかなか商売がしんどいことを分かっていますからね……。

高齢化とマンション建設、今まさに大きな変化の中にいる三小鳥のまち


木内 
マンションが増えているというのは社会実験を行った2017年にもおっしゃっていましたね。

遠藤 
長屋を数軒まとめて、10階建てくらいのものが相変わらずぼこぼこと建っていますよ。2017年当時と比べても、若い方たちがどんどん増えている。うちのお客さんでも若い方の割合が増えてきてます。反対にご年配の方たちはどんどん減っていて、コロナで引きこもりがちになっているのか、最近顔を見なくなっちゃった人もいて。そういう方たちがたまにいらっしゃると、以前よりも弱ってしまっていることもあります。

ただ、うちのお客さんの数がさほど変わらなかったり、焼豚がより売れたりしているのは、マンションが建ってこの辺りに越してきた若い方たちのパワーがあってのことなんだなと思います。夫婦で散歩がてらベビーカーを引いて、うちの店に来てくれたり。それで、店頭で世間話なんかしながら焼豚を買ってくれて、帰って食べてみたら「美味しい!」と気に入ってくれる。だいたい旦那さんの方がハマっちゃって毎週来てくれるようになるんですよね。そしたら奥さんが妊娠して、「妊娠しちゃったんでしばらくこられないんです」ってわざわざ伝えに来てくれたり。来れなくなる理由がお年寄りとは違うんですよね。そういうこともあって、客層はこの5年でかなり変わりましたね。

それから最近、おかず横丁は若い人の間で「エモい横丁」なんて言われていたりして。高齢化やマンション建設でまちの風景は刻々と変化して寂しい部分もありますが、ポジティブな変化もたくさんあるんですよ。
(後半へ続く)


遠藤さんのお話からは、行ったことのない方でも三小鳥というまちの性格がどことなく浮かび上がってくるのを感じていただけたのではないか。そしてここ5年の変化を語る上で、やはりどのまちにとってもコロナ禍は決して外すことのできない大きな課題だったことが見えてきた一方で、そのとき、帰るべき近所であり商店街がまだ残されていたこと、東京を地元として捉えられる視点を「浅草鳥越おかず横丁」が支えてくれていたことが遠藤さんにとっての強みとなった。三小鳥という場の力をあらためて感じることのできるエピソードだ。
さらに、そんな三小鳥にも、住む人の変化が顕著になってきていることが語られた。後半はその変化についてふみこんでお伺いしていく。

木内俊克(きうち・としかつ)
京都工芸繊維大学 未来デザイン工学機構 特任准教授/砂木 共同代表
東京都生まれ。2004年東京大学大学院建築学専攻修了後、Diller Scofidio + Renfro (2005〜07年)、R&Sie(n) Architects (2007〜11年) を経て、2012年に木内建築計画事務所設立。2021年より株式会社砂木を砂山太一と共同で設立。Web、プロダクト、展示、建築/街づくりの企画から設計まで、情報のデザインを軸に領域を越えて取り組んでいる。教育研究活動では、2015~2018年 東京大学建築学専攻 助教などを経て、2022年より現職。2015~2020年に在籍した東京大学Design Think Tankでは、このnoteでも取り上げている「都市空間生態学」の研究を担当。代表作に都市の残余空間をパブリックスペース化した『オブジェクトディスコ』(2016)など。第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示参加。


イラスト
藤巻佐有梨(atelier fujirooll)

デザイン
綱島卓也(山をおりる)