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記憶と人の思いと木之本と

ここ数年ひとの「記憶」に興味を持って設計してきた。
それはひとが感情的なことを忘れっぽくなっていると感じるからだ。

都市部ではコピペが可能なセメント材に覆われて、時が経っても変化しにくい建物に覆われている。表面が汚れれば、上から塗りなおされれば元に戻る。人の記憶に残りにくい。
地方では、人の記憶が残っている建築物が多く残る。そしていつも保存か解体かの問題が起こる。そのような建物はほとんどの人にとって無意識的に残っている。話に出すと、近隣の人はたいてい「あーあの建物ね。」という感じに。

先日訪れた木之本の江北図書館もそんな場所だった。
確かに、建築としては戦前に良くある木造の擬洋風的な建築で、歴史的建造物としての価値はないかもしれない。
しかし、そこに住まう地域の人たちにとっての思いを感じられる。

建築設計に関わってきて、20代までは新しいデザインばかりを考えていて、建築的に価値のないものは取り壊して、新しいものを作っていくことが良いことと思っていた。実際問題として、その改修するお金は新築よりも高くつくことも多い。またただ単に保存するだけなら、今まであまり使われていなかった建物は、人も呼び込めないし、「復元」することに意味はあるのだろうか。そもそも「復元」は19世紀後半に生まれた概念で、それまではほとんどがリノベーションだ。パリのノートルダム大聖堂も最近火災で「復元」するか、現代的に「リノベーション」するか議論になっていたが、そもそも元型というものは既になかった。
丸の内の東京中央郵便局は表面だけ残して、裏が超高層になる「びんぼっちゃま」形式は丸の内という地価を考えるとそうせざるを得なかったのだろう。

そして今考えなくてはいけないのは、現在新しく建てられているセメント板で覆われた建物も100年後には愛着の湧く建物になっているのだろうか。モノに「アウラ」や「記憶」が宿るのなら、そのようになるとは思えない。100年前に近代への歩みを経験したベンヤミンやベルクソンも同じ思いだったのだろう。

歴史や記憶を守りながら、デザインや機能、経済をどう新しくしていくか。やはり両軸でのバランスは重要だ。機能や経済は揺れ動きやすいものだけど、これらから背を向けることも出来ないだろう。

最近見たボルタンスキーの「最後の教室」は、人やモノの記憶を残すだけではなく、アートとしての経済性も生み出す良い作品だと思えた。

そんな集合的意識に代えていく建築をこれからも探求していきたい。
そして今後強く関わっていく長浜市も歴史的建造物が多く残る。その中でも木之本のエリアは観光化されていない、日常の景観が残り、それが残っていってほしいと節に思う。
復元やただ綺麗に作り直すのではなく、よそ者だった自分に出来るのは「re-innovation」であると考えているけど。。。

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