富士山への敬意を感じる「新幹線アナウンス」
今回は、ルールとか規則とかいろいろあるけれど、たまにはそれを超えることも必要だし、それが人間の面白さだ、と思った出来事を書きたい。
今から10年ほど前、仕事の関係で、年間数十回東海道新幹線に乗っていた。ぼくはもともと鉄道が大好きで、中でも新幹線がいちばん好きなので、何度乗ってもテンションが上がるし、いつも車窓から見る景色を楽しんでいた。
その日の午後も大阪から東京に向かう「のぞみ号」に乗っていた。
皆さんに共感いただけるけるかわからないけれど、新幹線や飛行機に乗っていると、なんと言うかこう、物音がほとんどしない、ゾーンに入ったようなタイミングに遭遇することがある。
もちろん、260kmで走行している新幹線なので、物音が全くしないわけはないのだけど、途中駅から乗ってきた客さんたちが全員席を見つけ、一通りの会話もひと段落して、静かに本を読んでいたり、寝ていたりし出した時間帯に、列車内全体が、電車のモーター音以外の物音一つ立てていないようなタイミングがあるのだ。
ぼくはその時間がすごく好きで、何かこう落ち着いた気持ちになるし、新幹線の乗客全体で一体感を共有できている気がするのだ。
その日の午後も、幸運にもそんな状況に遭遇して、豊橋あたりから、車内はシーンと静まり返っていた。
車窓から見える空は「快晴」で、雲ひとつなく、昼なのに星も見えてしまいそうなぐらい青かった。
すると突然、目の前に視界を覆うような大きなブルーの物体が現れた。もちろん富士山だった。山頂には雪がかかり、それはもう本当に「はっ」と息を呑んでしまうぐらい美しい姿だった。
ゾーンに入った車内では、寝ている人が多くて、誰もそのことに気づいていなかった。とは言え、ぼくが突然声を上げるわけにはいかない。新幹線はどんどんとスピードを上げているようで、富士山は徐々に左前から真横に移動してきている。何かとてつもなくもったいないことをしているような気持ちになったその時、こんな放送が流れた。
「えー。。。」
「お休みのところ失礼いたします。よろしければ、よろしければ、左側をご覧ください。富士山がきれいに見えております」
そう、車掌さんがアナウンスをしてくれたのだ。
数秒の沈黙の後、ちいさく「おぉ」と感嘆の声が方々から聞こえてきた。
その日の富士山は信じられないくらい綺麗だった。
きっと今同じことをしたらTwitterで「新幹線で寝てたら、富士山綺麗ってアナウンスで起こされたっw」とか話題になって、車掌が処分されてしまうかもしれない。
当時だって、起こされたと怒っていた人がいたのかもしれない。
でも、そんなことがどうでも良くなるくらい、その日の富士山は本当に美しかったし、それを大切なお客さんに知らせた車掌さんをかっこいいと思った。
おそらく、JR東海の規則ではこんな放送してはいけないと思うけど、このくらいの自由が許される社会であって欲しいし、旅の途中で富士山を楽しむ余裕がある空気を大切にしていきたい。そう思った。
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