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イスラエルの恐怖心が痛いほど分かる『シリア原子炉を破壊せよ』

2007年のイスラエルの越境攻撃によるシリア原子炉破壊のノンフィクション。大好きなスパイものとして読んだが、国際政治の裏舞台にある人間臭さを詳述し、イスラエルの持つ恐怖心へやアメリカの弱体化と北朝鮮が核開発を手放さない理由がよく理解できる一冊であった。

攻撃自体の表現は本当に少なく、どちらかというと、攻撃に至るまでのアメリカ、イスラエルの意思決定プロセスを丁寧に表現している。普段から国際政治に興味を持っている方や、イスラエルと周辺諸国、地域との紛争の内情を理解してみたい方には必読だと思う。

ここからは、特にぼくが感じたことを記しておきたい。

国際政治の裏舞台の詳述

物語はイスラエルが発見した原子炉施設の資料を、モサド長官がホワイトハウスに持参するところから始まる。ホワイトハウスでの会合は、映画でよく見るシーンではあるが、そこに記載されているのが実際に交わされた会話であり、登場人物もブッシュ大統領、チェイニー副大統領、ライス国務長官と当時の政治家たちで、首脳同士の電話会談のシーンなどもあり、国際政治の裏舞台を覗き見ることができることにワクワクさせられた

特に印象的であったのは、情報機関にのせられて起こしたイラク戦争の事後処理に追われる中の、とにかく「間違わないこと」に一生懸命になるアメリカの姿であり、アメリカが弱体化するその大きなターニグポイントがイラク戦争であったこともよくわかる。

また、ブッシュ大統領の人間らしい姿も目立った。ブッシュといえば、日米が対立する問題について、仲の良かった小泉首相を気遣い「コイズミをこまらせるな」と伝えたというエピソードがあったが、本書にもイスラエルの首相に「あなたにはアメリカがついている」というシーンがある。人間らしさに好感が持てるのと同時に、この人の言葉一つで、何万人もの兵士が投入される(そして亡くなる方がいる)ことを考えると、恐怖を感じる一言でもある

イスラエルの持つ恐怖感への理解

多くの日本人にとって、なぜイスラエルが国際社会の反対を押し切り、国土の拡張に取り組むのか不思議に思っていると思う。しかし本書を読めばその理由は簡単にわかる。

本書においては、登場するイスラエルの政治家、軍人の簡単な経歴が記載されているが、その全ての人が例外なくホロコーストにより家族亡くしている。モサドの長官のオフィスには、二人のナチス兵士の前にひざまずかされる殺害直前の祖父の写真を飾っているとの記述もあった。

だから、すべてのユダヤ人にとって「二度目のホロコーストを起こさない」ことが、何よりも優先されるのだ。

そして、その絶対にホロコーストが起こらない場所は、イスラエルしかないのだ。

ゴルゴ13に登場するユダヤ人の言葉で「日本人にとって国家は空気や水のようなもの」でもユダヤ人にとっては奪い取るものといった台詞があったように記憶しているが、その理由が心から理解できた。

北朝鮮が核開発を手放さない理由

本書のサブタイトルに「イスラエル極秘作戦」とあるとおり、情報提供を受けたアメリカはシリアへの攻撃を行わなかった。その結果北朝鮮は一つのことを理解したとしている。

それは「シリアに対して行動を起こせないアメリカがなぜ北朝鮮に軍事力を行使できるだろうか」ということだ。

確かに、シリア核施設は分散もしておらず、地下化もされていなかった。アメリカの通常兵力でも簡単に攻撃可能な施設であったにもかかわらずアメリカは「攻撃」を選択しなかったのだ。

この本を読んでいると、それよりもはるかに分散、隠蔽され、政治的状況も複雑な北朝鮮の核施設をアメリカが攻撃するとは到底思えない。北朝鮮も全くそれをお見通しなのだと思う。

核保有国イスラエルへの違和感

最後に、一つ考えておきたい。

この物語(ノンフィクション)はシリアの核保有を防ぐためにイスラエルが攻撃をする話である。しかしそもそもイスラエルは核兵器を持っていると言われていることを忘れてはならない。イスラエルが核を持っていないならば大手を振って隣の国の核保有を阻止したと言ってもいいと思うが、そもそも自分も持っていながら何を勝手なことをと思わなくもない。

もしイスラエルに肩入れした考え方をするとすれば、イスラエルは民主主義国でシリアは独裁国家という点かもしれない。民主主義国家であれば、一人の暴走で核兵器を使用する事態はまず考えられないからだ。でもまあ、世界唯一の被爆国の国民として、幼い頃から半原爆の教育を受けてきた一人として、1日も早く地球上から核兵器がなくなることを祈っている。

ただ、この本を読んで、イスラエルが核を使うことはまずないのではないかとも感じた。

なぜなら、イスラエル自身が誰よりも、大量殺戮の恐ろしさを知っているからだ。



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