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好きなものだけ見られる「ストーリー機能」が生む分断

SNSの「ストーリー」という機能にどうも馴染めない。TwitterもFacebookもnoteにさえもあるこの機能。名前はそれぞれちょっと違うけど「自分の好みに合ったものが自動的に流れてくる」ということは同じである。

ストーリー機能が苦手

なんというか、この

この「『部分』だけ見せられている」というのが気持ち悪い。

ぼくは

たくさんある記事の全体を見て、そこから選びたいのである。

ストーリーは、例えてしまえば、本屋さんに行ったときに、全体の配置図を見せてもらえずに、ウロウロもさせてももらえず「○○さんにおすすめの棚を作ったからそこを見るように」と指示されているような感じである。

確かに、自分の好みにあった記事が出てくるのは便利なのだけど、誰かに(おそらくAI)に選別されて記事を見るというのはどうも好きになれない。

見出しの情報ぐらい全て見た上で、自分で判断したい。

紙の新聞は昭和?

だから、言ってしまえばぼくには「紙の新聞」が一番いいのだと思う。これだと好き嫌い関係なく、全ての記事が届く。あまり読まないページもめくったときに見出しは確認できる。

こんなことを言うと「だから昭和生まれは」と言われそうだけど、今、全世界でストーリーで情報収集をしていることの弊害が発生し出していると思う。

ストーリー機能で起こった大事件

例えば、先日のアメリカ議会への乱入。アメリカ人は今やそのほとんどがSNSでニュースを見て、情報収集しているそうである。だから、議会に乱入した彼らはトランプ大統領のことを評価して、バイデン氏がどれだけ悪いやつであるかを説明したニュースを「信じ込んで」あのような行動に至った。

かれらは自分のストーリーに流れる自分の耳に聞き心地の良いニュースを見ているが、それが選別されたものという意識はほとんどないのではないだろうか。

日本はどうする?

アメリカで起こったことは3年後に日本で起こる。

日本でも、好きな情報以外も得ることができる紙の新聞の販売部数が激減し、テレビ局の視聴率も低下してきている昨今。今後ますますアメリカのように、SNSでニュースを集める人が増えてきていると思う。だから、そろそろ

「好きなものだけ見られる時代」が生む分断への対策ついて、真剣に議論を始めないといけない

のではないだろうか。

そしてストーリーにも、少しは自分の意見と違う記事や、自分に興味のない記事も表示されるようにしていくべきだ。利用者にとっては「改悪」かもしれないけど、社会にとっては大きな「改善」になると思う。

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