「お前も都会生まれにしてやろうか」


田舎に生まれる事は罰である。
小学生の頃からの私の座右の銘。これを抱えたまま今年で19歳になった。
意味はそのまま。田舎に生まれる事は罰そのものなの。何が悲しくて1番綺麗な時期をこんなジジババしかいない辺鄙な所で消費しなきゃいけないの?地元の友達は高校から付き合ってる彼氏と結婚して子供産みたいって言ってるけど、私にはそんなの考えられない。
その子はとっても可愛いの、道で十人とすれ違えば十人全員振り向くような女の子なのに、道を歩けばいくらでもいるような普通の男と付き合ってる。勿体ないったならありゃしない。
バチェラーにでも出てみなよ、貰ったローズで花束が作れるわ。って何回も言ったけど彼女は笑うだけ。
きっと2人から生まれてくる子も私達みたいにイオンの加護を受けて育つの。バカみたい。アホらしい。私はキャリアウーマンになって、東京だけじゃなくて全世界を旅するの。貧困だから高卒だけどね。そこはなんとか頑張るわ。私は死んでも結婚なんてしない。何事にも縛られないの。

田舎者コンプレックスがある私はドラマばっかり見て方言を矯正した。なんだその気取った喋り方っていじめられた事もあったけど、私はいつか上京して、地方で燻り散らかして結果イオンの庇護下にいるお前らを見て笑うんだって思って乗り越えて来たの。
今日は念願の東京、まだ貯金が溜まって無いから2泊3日の旅行だけど、田舎じゃ味わえない物をたくさん吸収して、地元の奴らを鼻で笑うの。

ここは案の定最高。港区は人よりもトイプードルの方が多いの。そこかしこもタワマンだらけで、何処にHIKAKINが住んでるのか考えただけでワクワクよ。
お昼は表参道でランチ。多くの選択肢達が私の両手の上で鎮座するの。田舎だったらこうはいかない。イオンのフードコートがちょこんと右手の上に乗ってきて仕方なくそれを選んで終わり。
インスタで見た有名なカフェに飛び込んで、写真を撮って、さっそく実食。
東京が私の舌を通過していって、軽やかに挨拶するの、標準語でね。
「ひき肉です」「玉ねぎだよ」「ごはんです」
あぁ、もうまとめていらっしゃい。
そして、東京の水をごくり。ファッショナブルで、洗練された、無駄を感じさせない水。
そしてふと、周りを見渡したの。
皆当たり前のようにご飯を食べてる。
私のようにいちいち感動して嚥下している人なんていない。連れと会話を楽しんでいたり、この味がいいのよ〜とでも言いたげな顔をしていたり。
何の気なしに窓の外を見た、表参道を、制服を着た女子高生が歩いている。
そうだった、私が努力して掴み取ったほんの僅かの東京を、最初から持っている人間もいるんだ。
そこから食材達は挨拶を辞めた。

カフェを出て、表参道を離れ、気晴らしに歩くと、今度はランドセルを背負った小学生が目に入った。気が狂いそうになった。
あろう事か私は地元のエッセンスを求め、電車に乗り少しでも田舎を目指した。
ついた場所は、立川。
でもここも、私の地元に比べれば全然都会。
とぼとぼ歩いていると、突然、私の目の前に顔面蒼白の女が現れた。
都会は変な人が多いから、危ない人が多いから、と親から耳にタコが出来るほど聞かされていたので今更驚きはしないけど、何故か目が離せなかった。女はこちらに照準を定めたように真っ直ぐ歩いてきた、私は何故か逃げもせず、ただ突っ立って彼女を待った。
「お前も都会生まれにしてやろうか」
私はその言葉を聞いて、迷わず
「はい」
と答えた。

気を失い、目を覚ますと、そこは病院だった。ピッ、ピッと、何かの機械音がする。
息が上手くできない。頭が何かでべちょついていて、気味が悪い。
「おめでとうございます、元気な女の子ですよ」
私は耳を疑った、あぁ、本当に生まれ変わったんだ。元気な女の子です、じゃなくて、都会の元気な女の子ですと言ってちょうだい。
「おぎゃー!おぎゃー!」
私は張り切って産声を上げた。視界がハッキリ明るくなると、そこには嬉しそうな顔の少し若いママがいた。
ママ、私も嬉しい。初っ端からイオンの服を着なくて済むなんて、本当に嬉しい。

人生二週目だから正直余裕ぶっこいていた。もうドラマを見て方言を矯正する必要も、手取り14万で働いて貯金に苦しむ必要も無い。与えられる物は全て享受して、花のように微笑めば良いだけなの。
広い庭付きのお家でペットのトイプードルと戯れていたら、ママが私を呼んだ。
「なぁにママ」
とぼとぼわざとらしく近寄ると、ママは私を抱っこして、微笑んだ。
「ねぇ、来週から英会話教室行こっか」
嘘でしょ。ママ。私まだ3歳よ。
「えーかいわきょーしつ?」
「そうよー、お友達が出来て、楽しいわよ」
ママ、正気に戻って!3歳に英会話は早いわ!私が英語に触れたのは小学6年生からよ!

そして、あれよあれよという間に私は6歳になった。その頃には英会話だけではなく、スイミングに塾、ピアノ教室の4足のわらじになっていた。
「来年はお受験だからね、頑張ろうね」
嘘でしょ。私の初めての受験は、高校よ。
小学生から受験って、一体どんな所に通わ
せるつもりなの?

そして、私は無事合格し、小学生になった。人生二週目だし田舎にも義務教育はあったからなんとかなったけど、小学生になった途端求められるレベルが上がってしまった。
同い年の子達は地元の子達とは全然違う、うんこしっこじゃ笑わないの。消しカスを下に落としたりしないし、電車の乗り換えも出来る。
私は、上流階級の東京育ちに生まれ変わってしまったのね。

小学6年生になると、周りは慌ただしくなった。中学受験が控えているからだ。
地元にいた頃では考えられない程高い教育レベルについていけず、さっそくこぼれ落ちそうになっている私を見てママは深いため息をついた。私の名前を呼んだら下の句は「ここではそんなんじゃ生きていけない」がお決まりになっていた。
私が求めていた東京はこんなのじゃない。
確かに、週末の度にいつもTVで見ていた所に車ですぐに行けたり、文化を零さず飲み込めるのも有難いけど、なんか違うの。

中学受験に何とか成功した、ギリギリで合格して、ママとパパとトイプードルと皆で抱き合った。

でも私の苦難はここからだったの。
友達は皆、ブランド物を持っていて、マウントを取られては取り返しての疲れる毎日。勉強も気を抜けば置いていかれるし、1年の時から行きたい大学について考えさせられる。たまに遊ぶ時間はあっても少し先の未来への薄らとした不安でかき消される。私はそんなんじゃなくって、からっぽの頭で制服着て109でショッピングしたかったのに。
欲しい物は全て、手に入る、私まだ何が足りないの?

エスカレーターで高校へ進学。ママもパパも嬉しそう。
けど、高校1年の夏、私の何かが吹っ切れた。
そこからの転落は恐ろしい程スムーズだった。
何を思ったか私は与えられた教養も文化もかなぐり捨て、非行へと走った。
ママとパパと喧嘩して、家を出て、補導されて帰ってきての繰り返しで気づいたらトイプードルも死んでた。
流石にその時は非行友達が引く程泣いたけど、しばらくしたらケロッと頭をからっぽにして念願の109を堪能するようになった。ちなみにエスカレーターで進学した高校は辞めた。パパからもう好きにしなさいって突っぱねられて、郊外で一人暮らしする事になったからそこの近くの都立高校にテキトーに転校した。
郊外と言っても都会は都会だし、遊びたい時はいくらでも遊べる。なんやかんやで高校を卒業した。
それからは地元より高い賃金でフリーターを楽しみ、郊外のイケメンを捕まえて、そいつと子供作って、多摩川近くに家を建てて、ららぽーとで買った服着せて可愛がるつもりでいた。

アレ?でもそれって。

私は何も気づかないフリをした。

その頃には私もパッパラパーになっていて、友達と合コンに参加してはつまんねー男ばっかだと笑いあって、互いの家を行き来して吐くほど飲んだ。

そして合コンで出会ったそれなりのイケメンが、ある日、私の事をその整った口腔で好きだと発した。愛していると。
彼は正真正銘の東京生まれ東京育ち慶応大学出身のエリート。もう1秒でも早く抱いて欲しかった。言われるがままホテルへ向かった。
そこで私は目が覚めた。
あれ、生まれ変わって、何がしたかったんだっけ?
私は男を押しのけて、クロエの財布からなけなしの金を出してホテルから逃げた。
もしかして、私、なりたくなかった者になっちゃってる?
MIUMIUの靴が悲鳴を上げてる、ごめんね、そんなつもりじゃなかったの。
ゲロだらけの道を歩いて三千里、テキトーに電車に揺られて、私はどこに向かっているの?
段々と、朝日が登ってきた。私どれだけ歩いたの?
あぁ、地元に帰りたい、教育ママじゃないママに会いたい。土日は疲れて居間で寝てるパパに会いたい。
うんちしっこで笑う馬鹿な同級生に会いたい。イオンにも行きたい。あれ、イオンとららぽーとって何が違うの?
もう何も分からない。

「こんにちは」
妙に甲高い声が聞こえた。
目の前を見ると、黄色い輪っか、ふわふわの羽を付けたテンプレートの天使がそこにいた。貴方は誰ですかなんていちいち聞かなくても分かる。なぜなら私は文化教養を幼い頃から叩き込まれたのだから。いや、地元の馬鹿共でも黄色い輪っかにふわふわの羽を見たら天使だって分かるよね。
「貴方の願いを1つ叶えてあげましょう」
「願い…?願いって、欲しい物?」
「物でも良いですよ」
そんな事言われたって、大して苦労せずに全てを手に入れてきたから今更欲しい物は何だって聞かれても分からない。
欲しい物?やりたい事?何?分からない。
あっ、思いついた。
誰かを私と同じ目に遭わせたい。
その誰かは、東京生まれ東京育ちではダメ、私と同じ田舎娘をとっ捕まえて、突然都会生まれにしてやりたい。そして、ソイツがどんな風になるのか見てみたい、私と同じ道を行くのか、もしくは…。
「耳を借してください」
私はMIUMIUを踏んづけて、残った力で天使に近づいた。
「誰かを、私と同じ目に遭わせたい」
天使は力強く頷いた。そして、私は白い光に包まれた。

きっと私は今、顔面蒼白状態、昨日から何も食べて無いし歩いてばっか。
でも、田舎娘を見つけるまでは帰らない。
ふと、前を見ると、下を見て歩く辛気臭い女が1人。
コイツ、田舎娘だわ。頑張って垢抜けようと染めた茶髪、似合ってないわよ。メイクも下手くそ、自分に似合う色位研究しなよ。そんなんじゃここでは生きていけないよ。私はズカズカと田舎娘に向かって歩き始めた、なぜかソイツは私を見て、覚悟を決めたように動かない。
田舎娘の目の前まで来て、私はこう言った。
「お前も都会生まれにしてやろうか」
「はい」
田舎娘は力強く、返事をした。

って言う、田舎生まれ田舎育ちの私の妄想でした。

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