小説 事故物件に住んでる同僚

 同僚の住んでる家が事故物件だというので見にいった。

「ほら、このカーペット、ここだけ色違ってんだよ。絶対怪しいよ。ここで誰かが亡くなったのに違いないよ」と真面目な顔で怯える同僚。

 不憫だなあ、と思っていると、どこからともなくひゅーどろどろという音がしたかと思うと、クローゼットががたんと開いて、 

「こんにちは、お化けです」とお化けがでてきた。

「ほら出た!」と同僚。怯えて部屋の隅に飛び退いてぶるぶる震えだしたので、代わりにわたしが、

「あのぉ、こんなに怖がってるので、できれば出ないでもらえるとありがたいのですが……」と文句を言うと、

「お化けなんで、出ないという選択肢はないんですよね」とお化け。

「?」 

「お化けって、『出る』からお化けじゃないですか。逆に『出ない』とそれはもうお化けじゃないじゃないですか」

「なるほど。筋は通っていますね」

 思ったよりも理路整然と反論してくるお化け。

「筋が通っていればいいってもんじゃないよ……」とか細い声で反論してくる同僚。

「なんとか出ない方向に話を持っていってもらえない?」とわたしに耳打ちしてくるので、 

「同僚もやっぱり怖いみたいなんで、なんとか出ないわけにはいかないでしょうか」

「それはちょっと厳しいかもですね。お化けなんで、出ないということはできなくて」

「そうですか。うーん、じゃあ発想を変えて、たとえば夜寝てる間だけ出てくるとか」と協議すると、同僚が「わーっ!」と反対してきて、 

「夜寝てる間だけなんて、ふと夜中に目が覚めてお化けさんが見えてしまったら、お小水をちびってしまうよ!」と悲鳴を上げる。たしかにそうかも。

「だいいち、その効果音もセットで出てくるんだったら、てきめんに安眠妨害じゃないか」

「その効果音もセットなんですか?」 

「お化けなんで、どうしても、この効果音も必要なんですよ」とお化けがひゅーどろどろという効果音を一時的に大きくして説明してくれた。そうなんだ。

「うーん、じゃ、仕事に行ってる間だけとか……」

「だめだめ! 仕事をしている間に家にお化けさんがいるかと思うと、家に帰りたくなくなっちゃう! ただでさえ家に帰るときだけが唯一の心休まる瞬間だというのに!」と同僚。そりゃあもっともだけれども、でもそうするとどうしたらいいんだろう、と頭を抱える。

 するとお化けがぽん、と手を打って、

「ではいっそのこと、あなたの起きている間に出てくるのはどうでしょう」と提案してくるお化け。

「どのへんがいっそのことなんです?」

「つまり、こっそりと出てくるわけです。あなたの視界に入らないよう、後ろを向いているときにささっと部屋を移動したり、あなたがお風呂に入っている間だけテレビを見たり、そういう出方ではいかがでしょうか」と提案してくれるお化け。

「なるべく視界に入らないようにしますし、効果音も小さく鳴らしますから」

 それは一番不気味なやつでは……と思っていると、

「うーん、それなら……」とお化けの提案を受け入れる同僚。それでいいんだ。

 それからお化けは同僚の起きているときにこっそりでてくるようになったらしかった。 

「視界の隅になんか見えるような気がするときもあるけど、努めて気にしないようにしているよ」と同僚。

 きみがそれでいいんだったらいいんじゃないかな……、と思っていると、かすかにひゅーどろどろという効果音が聞こえてきたかと思うと、クローゼットのドアから控えめに出てきたお化けが、

「そうそう、それが一番ですよ」とニヤッと笑った。