小説 人の親になる友達

 今度子供が生まれるという友達を「おめでとう」と飲みに誘うと、彼はなんだか浮かない顔をしている。

「人の親になるんだから、そんなトマトにカビの生えたような顔をしていてはだめだぜ」と言うと、

「ちがうよ。ちゃんと子育てができるかどうか不安なんだよ」と景気の悪い話をしてくるので、 

「そんな重苦しく考えることはないんじゃないか」と肩をたたいてやると、友達はふーっと唸りながら、「芥川龍之介」の話をしだした。

「なんでも芥川龍之介は、生まれてきた自分の子供を見つめながら、『なんだってこんな苦労の多い世界に生まれてきたんだ』とつぶやいたということだぜ」

 わたしは実に芥川龍之介が言いそうなことだなあと思った。

「おれもなんだかそんな気がするんだ」と友達。実に暗いやつだった。 

 なので、友達を慰めてやろうと思って、

「そういえば、わたしは生まれてくるときに、こんな問答をした記憶があるよ」

「なんだい」

「おまえは生まれてきてもよいかどうか、というような質問を、出生の裁判官みたいな人に聞かれたので、『まあ、生まれてきてやらないでもないよ』というように答えた記憶があるんだ」と宮沢賢治みたいな話を披露してやると、友達はちょっとこっちを見て、わたしが嘘の話を言っているんだろうなということはわかったであろう上で、

「おれの子供も同意の上で生まれてくるといいなあ」と言った。

 自分で嘘の話をしておいたくせに、生まれてくることに同意もくそもあるものかという気がしないでもないけれども、子供のいない身からすると、そうでも思わないとやってられないのだろうなあという感慨にふけることしかできないのだった。

 それから、なにやら夢を見た。 

 わたしはどうやら友達の子供になっていて、裁判所みたいなところに立っているようだった。不分明なぶよぶよした半透明の子供たちが傍聴の席にいっぱい並んでいるところに、被告の立場か原告の立場かわからないけれども、証言をするような席にわたしが立っていて、目の前に友達が立っている。

「お前は生まれてきてもよいかどうか」というようなことを友達が尋ねてくるので、 

「今回はやめときます」と答えると、友達はがっかりしたような、それでいてほっとしたような顔をして、

「そんならまあ、またの機会に」と言った。それからすーっとわたしの目の前が暗くなって、ああ、生まれるのをやめるとこういう暗闇の中に戻るんだなあ、これはこれで辛気臭いなあと思っていると、ゆっくりと意識がはっきりしてきて、気が付いたらもう朝で、窓際に置いたサボテンの針が、太陽の光を跳ね返していたのだった。 

 後日、友達から、「ありがとう、生まれたよ」という連絡をもらったとき、ふとその夢のことを思い出した。