小説 雪だるまに閉じこめていた恋人が
暖かい日が続いて、庭に作っている巨大な雪だるまが溶けてきたなあ、と見ていると、暮れ以来姿を見なかった恋人が雪だるまの中からでてきたではないか。
「そういえば暮れにかっとなって雪だるまの中に閉じこめてしまったのだけれども、そのことをすっかり忘れていたわ」
そろそろ許してあげてもいいだろうということで雪だるまを解体しようとすると、恋人はわたしを白い目で見てきて、
「ひと冬の間、この冷たい雪だるまの中で過ごさせるとは、なかなかやってくれるね」とかなりのご立腹だ。
このまま雪だるまから解放してしまうと、どんな皮肉を追加で言われるか分からない。
せっかく溶けかけてきた雪だるまだけれども、雪を盛ってまた証拠を隠滅することにする。
「そんなことをしても無駄だよ、もう春だから。雪だるまは溶けていく一方だよ」と勝ち誇って、というよりは、どちらかというと気の毒そうにそんなことをいう恋人。わたしは鼻息を荒げながら、
「もしそうなったら、標高の高いところにまだ残っている雪を持ってきて、上からどんどん雪を塗り固めていくとにするわ」
「大変じゃない?」
「まあ大変だけど、でもやりがいはあるよ」と言うと恋人は、「理解できないね」と雪だるまの中で肩をすくめた。
それでも雪だるまの中に恋人がいるかと思うと、なかなか完全には放っておけるものではなくて、寂しい時などついつい顔の部分だけ雪をのかして、
「今日はこんなことがあったよ」だとか、「雲がおもしろいかたちをしていたよ。ほら、見てごらん」と写真を見せてあげたりしていた。
恋人の方でも「今日はそんなことがあったんだね」とか「ぼくはもっと面白い雲の形を見たことがあるよ」とか「UFOって本当に存在していると思う?」とかそんな話をしてくれるのだった。
春のうららかな日の光の下、恋人の埋まっている雪だるまの横で、麦茶を飲みながら庭に来ている鳥を見つめていると、ふとわたしは、これが幸せなんじゃないかという気がしてきた。
そう恋人に水を向けると、「わからないでもないよ」と微笑んでくれた。わたしはなんだか嬉しくなる。