小説 友達をゾンビに

 死んでしまった友達をゾンビにして蘇らせたはいいものの海馬とかもうだめになっちゃってるからぜんぜん人格とかは残ってないし、
「あんた誰だっけ?」と言ってわたしのこともすっかり忘れているのでなんのために蘇らせたんだかわからない。
「わたしだよわたし!」
「知らないよん」 
 だからといって友達の顔と声を持っている存在をもう一度死体に戻してやろうというふうな踏ん切りもつかないので、仕方なくわたしたちはそのまま一緒に暮らすことに。
「えーなんで蘇らせたの?」
「きみはわたしの友達だったんだよ」
「そうなんだ」
 とゾンビは一切関心がないかのように爪をやすりで磨いたりしている。でもわたしはといえばゾンビがわたしに話しかけてきたりするたびに友達の顔と声そのままであることに「はっ」と胸を打たれたような気持ちになって「あっ、あの子が戻ってきてくれた」と一瞬思うのだけれども、すぐに「ここにいるのはあの子とはぜんぜん違うべつの人なのだ」と気がついてそのたび前よりもずっとつらくなってしまう。
 もういないんだよと自分に言い聞かせるけれどもまだあなたはそのへんにいるような気がしてしまう。そんなことを何回も何回も経験する。
 それでやっぱり見るのも辛いし喋るのも辛い、動いているのも辛い、わたしの友達そっくりの、ちょっと猫背気味の歩き方をしないでほしいと思ってしまう。その服は友達の着ていた服なんだからあなたが着ないでほしい。
「……って、そんなことを思ってる?」
 とある日、ゾンビが聞いてきた。わたしは言葉に詰まる。そんなことを思ってるって、どうして正直に言えるものか。わたしの都合で蘇らせてしまったあなたに。
「顔見りゃわかるよ。あんたが考えていることぐらい。でも、わたしは違うんだよ。わたしはその子じゃないんだ」
 ゾンビは言った。わたしは唇の端を噛みながらうなずく。そうだ。そんなことはわかっている。
 ある晴れた冬の日、外は雲に覆われて暗くて白い冬の朝、窓際に立ったゾンビはいまにも消えてしまいそうな顔で、
「ここのスイッチを切るとさあ、わたしはまた死んじゃうんでしょ?」と首の後ろのボタンを指しながら言った。わたしはうなずく。するとゾンビは、
「切っちゃっていいよ、どうせ、わたしはあんたの待っていた人じゃないみたいだから」
 わたしは言葉に詰まる。それから言われるがままにゾンビのスイッチに手を伸ばす。電気を切って死体に戻すこと。あなたの元いたところへ返すこと。ただそれだけをすれば、わたしはもう苦しまなくて済むようになるのだから。
 でも。
「あなたは生きていたい?」
 そう、わたしは聞いてしまう。聞いてなんになる、と思いながら。わたしのエゴで生み出したのだから、わたしのエゴで消してしまえと思いながら、でも聞いてしまう。
「あんたが、わたしに生きていてほしいと思っているんだったら、わたしは生きていてもいいよ」 
 ゾンビは言った。それからまっすぐわたしを見た。怖い目だった。自分がどんなに弱いのかということを、見透かされてしまうような目だった。わたしの責任で、あなたが生きるのも死ぬのもわたしの責任で。
 その後始末を、おまえはずっとし続けるんだよと言い続けているような目で。
「でもそれは、あんたにとっては、辛いことだろうけどね」
 そうだ。そのとおりだ。あなたなんていなくなってほしい。友達の顔と姿で存在しないでほしい。声を掛けないでほしい。笑いかけないでほしい。
 一緒に写真を撮ろうなんて、言わないでほしいのに。
 わたしは下を向き、それからおくびともおえつともつかないものが気道を上がってこようとするのをぐっとこらえながら、
「もしよければ、生きていてほしい、あなたに」と言った。言いながら、自分でも、なんでそんなこと言っちまうんだろうな、と思いながら。
「あんたを無限に傷つけ続けたとしても?」
「うん」 
 そんなことをして、わたしが幸せになれるはずはないのに。あなたが幸せになれるはずはないのに。
「ばかだな。いいよ。じゃあ、わたしはあんたを苦しめることにしよう」
 ゾンビは言った。まるで「今日のゴミ出し当番はわたしだ」とでも言うように、簡単に言った。
 それから、わたしは友達の顔をしたゾンビとずっと一緒にいた。わたしは毎日毎日あの子のことを思い出しながらゾンビとおしゃべりし、ゾンビと笑い合い、ゾンビと喧嘩をし、ゾンビと買い物に行って今日のご飯はぶり大根だよというようなことを話し合った。
 いつかこの苦しみもなくなってゾンビのことをそのまま愛せるようになるんじゃないかと期待していないといえば嘘になる。でもきっと、そんな日は永遠にこないだろう。わたしの知っているあなたは、二度と戻ってはこないだろう。そんなことはわかっている。でも、生きてしまっている。日々を続けてしまっている。そのどうしようもなさを、今日も続けてしまっているのだ。
 ずっと。