小説 お盆

「わたしはどうも交通事故に遭って死んでしまったようなんだけど、これから現場を一緒に見に行かない?」と友達。なんだか冗談で言っているような雰囲気ではない。わたしは友達の持ってきてくれた西瓜を切り分けてからOKと言った。 
 三つ先の駅まで電車で行った。なんてことない駅で、なんでこんなところにきたのかわからない。
「免許取りに行ってたんだよ」と友達。「ここから送迎車がくるから」。ああそういうこと。
 友達は切ってあげた西瓜を食べていて、「しゃきしゃき」という小気味のいい音だけがあたりに響いている。でもそれだけだ。もう夜なのであたりは何の音もしない。街灯の光が蒸した空気の中を薄ら氷のように延びていく。
 友達は死んでいるからか幽かに光っていて、空気の色とほとんど変わらないような瑠璃色に輝いている。じっと見ていると、
「なに?」といぶかしそうに友達。
「光っているなって思って」
「うそっ、わたしって光ってんの?」
「光ってる光ってる」
「え、自分ではぜんぜん見れない、鏡ある?」
「ほい(鏡を差し出す)」
 だがそこにはなにも映ってない。死んでいるからか、そういうものなのか。
「うわーなにも映ってねえ」
「死んでいるからねえ」
「うっひゃっひゃ、死ぬと映らないし、体も光るのか。発酵してんのか?」
「魂は生モノだったんだね」 
 そんなことを言い合いながら歩いていく。くだらないことを言っているなと思う。くだらないことを言っているなと思っているこの瞬間が、もしかしたら永遠になってしまうのではないかと思うと背筋がぞわっとなる。
 すると友達がぴたっと立ち止まった。
「ほら、ここだよここ」となんでもない交差点を指さした。
「ここでわたしが死んだんだよ」
「ここなんだ」とそれだけかろうじて声に出した。友達の死んでしまった場所を目にするのは心に重たくくる。ここできみはいなくなってしまい、魂は身体と別れて天上へ行ってしまったのだ。寒天のような喉越しの悔恨をつるりと呑みこんでいると、
「いや、ここじゃなかったかも、こっちの一個となりの交差点かも」
 と友達が言う。わたしはこける。どこなんだよ。
 それで友達が食べている西瓜を奪って食べてしまおうとすると、それはやっぱり食べられなくて、ああもうわたしたちの存在は異ってしまっているんだな、としみじみ思う。
「返してくれい、あたしの西瓜を」
 それで返す。友達は西瓜を食べる。しゃきしゃきという音だけが響く。響いていてくれ。永遠に響いていてくれ。 
「じゃ~帰るね」と友達がくるっと踵を返した。その薄墨色のワンピースの背中がすうっと薄くなっていくような気がした。
「どこに?」
「そいつはまだぜんぜんわかんないんだ。死んだばっかりだから。十万億土をてくてくてくてく行かないといけないというのはわかってんだけど」
 それで逝ってしまおうとする友達に、なにかわたしにできることはないかなって鞄をあさると、ちょうどそこに塩羊羹が入っていたので、
「途中で疲れたらこの羊羹を食べな」と渡してやる。こんなことぐらいしかできない。でも、こんなことぐらいしかできないということは、たぶん友達もわかっていてくれたから、
「おばあちゃんっぽいよ」とにやりと笑ってくれた。
「供物だよ、供物」
「だね」
 それで友達はばばばっと手を振っていった。わたしはたまらず追いかけていこうとして、でもわたしはもう友達の歩いている道と同じ道を一緒に歩むことはできないのだと気がついて踏みとどまり、
「泣いちゃうから早くいっちゃって」と叫ぶと、友達は「見ていたいよ、ずっと」と言いながら歩いていき、それから走って走って消えていった。
 霞んで、なにも見えなくなった。そのときあたりの蝉が一斉に鳴き始めて、ああ、今までずっと、この世の音が聞こえてなかったんだ、と気がついた。
 もう、ふつうの夜だった。もう、生きているものしかいない、ごくふつうの、でも友達のいない、もうわたしの友達のいなくなってしまった世界の、そんな夜だった。

 それから二日後。
 また友達がやってきた。
 友達は松葉杖をついていて、
「事故って入院してたんだけど、入院してる間にあんたと西瓜食ってた夢を見てさ」と言った。
「うん」
「食ってた? わたしと?」
「夢でしょ」と突き放した。二日間、張り詰めていたものが一気に抜けてしまったのと、それから自分一人で友達の夢を見て悲しくなっていただけなんじゃないかという恥ずかしさを隠そうと思ってぶっきらぼうに言うと、友達はふところをがさごそとあさって、わたしが渡したはずの塩羊羹を「ほいっ」と取り出した。
「返すよ、おんなじもの買ってきた。うまかったよ」
 わたしは驚いて友達の顔を見た。友達はにやにや笑って、
「見ていたかったね、あんたの泣いてるところを」
 それでなんだかそれまでこらえていた感情のダムがみんなわやになってしまって、「ふざけんな」と怒りながら、わたしは友達の胸に取りすがっておいおい泣いた。友達は「ごめんね」と言いながら、わたしの背中をぽんぽんと叩いた。
「ごめんごめん。でも、わたしらしいじゃないの、お化けになって会いに行くなんてさ」と友達。それは否定できないけど、それはそれとしてうれしいやら悲しいやらでこの気持ちをどうしたらいいのかわからなくなる。
 ギプスで固まっている足を軽く叩いて友達が痛いからあんまりゆすらないでくれというのを、いじわるでずっと叩いてやる。ずっとずっと叩いてやる。