小説 友達がタイムマシンを作ったので

 友達がタイムマシンを作ったので無理を言って一緒に乗せてもらったのはいいものの、壊れて現代へ戻れなくなってしまった。

「恐竜みたいなのがいるぜ。なにザウルスだろ」

「まあなんとか直してみるよ」

 友達は一生懸命タイムマシンを修理しようとしていたが、元いた時代にしかない材料が手に入らなくて困っているらしい。 

 毎日レンチとスパナを片手にタイムマシンを修理する友達を見ながら、おれはドラえもんでタイムマシンが壊れたときはどうしてたっけなと考えた。ふしぎとなんにも思い出せなかった。

 それでも、長い年月の流れたあとで、友達の努力は功を奏したらしかった。

「直ったよ!」と友達が叫ぶ。

「こいつに乗ればぼくたちのいた時代に戻れるよ」

 と嬉しそう。

 でもそれは自分が元いた時代に戻れるからというよりも、おれを元いた時代に帰せるからという気持ちのほうが大きいみたいだ。

 友達はずっとおれを巻きこんでしまったことを気に病んでいた。気に病むこたないよ。おれは好奇心で付いてきたんだから。

「ありがとう、そう言ってくれればぼくは救われるよ――」

 すると友達は嘘みたいに真後ろに倒れた。慌てて支えるけれども、友達は首の据わってない赤ちゃんみたいにくたっとしている。

「おい」

「ね、きみは未来へ戻るんだ。一人だけならいけるよ。そういうふうにしたんだ。タイムエネルギーを切り詰めてなんとか一人だけなら帰れるようにしたから」

 明らかになにかの病気だった。現代に戻って治療する必要があるのは間違いなかった。

 じゃあ答えは簡単だ。

 おれは友達をタイムマシンにほいっと放りこんだ。

「よしてくれ。きみが戻るんだ」

「おまえが戻って、もう一回、壊れないタイムマシンを作って、それで迎えに来てくれりゃいいだろ」と叫んだ。友達のケツを叩いた。いい音がした。おい、こんないい音がすることなんてあるのか?

「でも、このタイムマシンだってたまたまできただけなんだ。自信がないよ」

「おまえならできるよ。おまえは天才だから」

 おれは本当にそう思っていたのだ。

「じゃあな、現代に戻ったらがんばって直すんだぜ。待ってるから」と告げて、現代へ戻るボタンを押した。

 タイムマシンはすぐに作動して、友達を現代に連れて行った。いなくなるのは一瞬だった。あとかたもなくあらゆるものがにわかにひとりためいきをついたあとのしずけさみたいになった。

 おれは急にさみしくなってきた。未来へ帰っちまったドラえもんのいない部屋で体育座りをするのび太くんみたいな気持ちだった。この時代に来ていろんなことを忘れてしまったのに、ドラえもんの最終回だけは覚えていたのだった。どうしてそんなことを覚えているのだろうなと思った。もっと他に思い出したいことはいくらでもあるはずなのに、どうしてそんなことだけは覚えているのだろうなって。

 でも最後に残るのは、おれが生きていることの記憶の芯みたいなものは、きっとそんな思い出だけなのかもしれなかった。ある漫画の最後の一エピソードのこと。未来へ帰ってしまう友達の最後の表情のこと。

 心配ないよドラえもん。ぼくは一人でやれるよ。

 知らない星空を見上げた。流れ星が流れた。たくさん流れた。すごいな。流星群の夜なのかな。願いが叶うといいなと思っていたらなんだか目から涙がでてきた。「流しそうめんスタート」みたいなボタンを押しちゃったみたいに涙がでてきた。かっこ悪いけど、でもかっこ悪いって言うやつはもう誰もいないから、今日ぐらいは泣いてもいいだろう。オエーッ(嗚咽)。

 現代に戻れるんだったら、まあ戻れたらいいなと思いながら、戻れますように戻れますように戻れますように、と思っていると、なにか空気の震えるようなふしぎな感覚が近づいてきて、あっ、と思ったらワームホールが出現した。

 タイムマシンだった。ワームホールの中から、ついさっきまで見ていたタイムマシンの、より新しくなったバージョンがでてきて、その中から歳を取った友達の顔がぬっと姿を現したのだ。

 老けたなあ!

「結構時間かかっちゃった。でも、ぼくのくたばる前に直せてよかったよ」と友達。

 そっか。タイムマシンなんだから、おれと別れた直後に戻ってくりゃ、おれの待ち時間ゼロってわけだ。頭いいな。

「ずいぶんおじいさんになっちゃったんだなあ」とおれは慌てて涙を拭いながら言った。

「まあね、でも大したことじゃないよ」と友達は嬉しそうに言う。こういうとき、嬉しそうなときは本当に嬉しそうな顔をするやつで、そこがいいところだったな、ということを思い出しながら、おれはタイムマシンに乗りこんだ。

「待たせたかい、辛かったかい」と心配そうに友達。おれは涙を拭って、「ばかやろう、そんなことはねえよ」と虚勢を張った。張ってから、今日ばかりは無理しなくてもいいかなと思って、

「ちょっとだけな」と言い直すと、友達はなんだか大声で笑った。ツボに入ったらしかった。