小説 猫とダンス

 友達の家には扇風機がないので、五百円もらって寝ている間にうちわで扇いであげるというアルバイトをしていた。
「じゃあ今日もよろしくね」と布団に入る友達。それで友達の顔のあたりをうちわでぱたぱた扇いであげる。これで五百円は安いようだが、まあわたしは友達のことが好きだったのでべつに構わない。 
 ぱたぱたぱたぱた。蒸し暑い夜だ。窓の外では誰かがステップを踏んで踊っている。こんな夜には踊りでも踊らないとやってられないのだろう。わたしも踊り出したい気分だったが、友達を扇いでいないとバイト代をもらえないので我慢していると、
「踊ってもいいぜ」と友達。早く寝ろ、と思いながらも、そんならいいかということで踊ることにする。 
 わたしはダンスがへただ。リズム感と運動神経がないのだと思うけれども、へたなダンスでも踊らないよりはマシである。ただ生きているよりも踊っていたほうがマシである。わたしたちは生きているというだけでどんどん消耗してしまうのだから、たまには大いにぶちかましてやらなくてはいけない、という精神で大いに踊っていると、窓の外の猫がのこのこやってきて、「一緒に踊らないかニャン」という。
 OK。 
 それで猫たちと一緒にダンスを踊った。一晩中。面白かったとか楽しかったとか、そういうことではなくてただやりきった。自分のお腹の中のさまざまな臓器がみんなカラフルな色になったという感覚があった。取り出して見せたら、きっときれいな色をしていることだろう。
 東雲の頃になると猫たちはみんな魔法が解けてふつうの猫になってしまって、 
「じゃあまた次の満月の夜に」と言って四方八方に散ってしまった。ふーん、そんなもんか。満月の夜にはここにくればダンスを踊れるんだな、と思うとなんだか生きる気力が湧いてくるようだった。
 友達んちへ帰った。友達は汗だくのまま布団の上でまんじりともせずにわたしの帰りを待っていたらしく、じろっとした目で見つめてきたので、 
「とてもよく踊ったよ、いい汗をかいた」と言った。友達はふんと鼻を鳴らして、「そりゃよかったね」とうそぶいた。
 着替えてファミレスにいって眠気覚ましのアイスコーヒーを飲んだが、お互い眠れていないので目はちっとも冴えてなんかこない。
 外はもう明るくて、蝉の鳴き声が滝のように降ってくる。夏だ。