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『光のノスタルジア』など パトリシオ・グスマン監督

チリの映画監督、パトリシオ・グスマンの映画『光のノスタルジア』と、それと同じディスクに入っていた特典の短編映像5本を見ました。

ツインパックのDVDで、もう一枚のディスクには『真珠のボタン』という映画が収められています。
こちらの紹介や感想はまたいずれ…。

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本編、『光のノスタルジア』は、チリ北部のアカタマ砂漠を舞台にしています。ここが、天文学的にも考古学的にも結構面白い場所らしくて、色んな学者がこの砂漠に集まって研究しています。
そんな砂漠の中で、学者とは違う一般の女性たちも何かを探しに来ているのですが、その何かというのは「遺骨」なんです。

チリでは1970年に、世界史上初の「自由選挙による社会主義政権」が誕生しました。

それまで、ソ連やキューバといった国々は革命で、すなわち力によって社会主義を勝ち取って来たので、この「自由選挙によって勝ち得た社会主義」というのは、理想的であると同時に、キューバの指導者フィデル・カストロに言わせれば、「地盤が安定していない社会主義」でした。

案の定…と言ってはひどいですが、1973年にアメリカの後ろ盾を得て、軍部がクーデターを起こし、それ以降ピノチェト政権による独裁が18年間に渡って続くことになってしまいます。
その18年の間に、多くの人々が虐殺、拷問を受け、強制収容所に連れて行かれ、「行方不明」になりました。
その行方不明者たちの遺骨を探しに、女性たちは砂漠に来ていたのです。

しかし、広大な砂漠から自分の遺族の骨を見つけるのは至難の技。見つかっても骨の1部、破片だけがほとんどです。
虐殺が明るみに出ることを恐れた政府は、自分たちで砂漠に埋めた死体をまた自分たちで掘り起こして、海に捨てたんだとか。しかも「海に捨てた」というのが本当なのかもよく分からないらしく、遺族はただひたすら、砂漠を掘り続けるという具合です。

天文学は宇宙的な規模の「過去」を、考古学は一惑星規模の「過去」を探る学問としてチリの中で注目を集めていますが、ほんの数十年前の「過去」は国ぐるみで見ないフリをしようとしているという矛盾を的確についています。

天文学者も、「我々は望遠鏡を覗いて過去を冒険した後でもしっかり眠れる。そしてまた起きて、望遠鏡を覗く。しかし、砂漠で遺骨を探したあとの彼女たちが良く眠れるとは思えない」と言っていました。まさにそうだろうなと。


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『光のノスタルジア』本編に関してはこんな感じですが、「色々考えさせられる」で締めてしまうのも何なので、特典の短編集の感想及びあらすじ的なのを自分なりに書いてみることにします。

短編も全てグスマン監督の作品です。

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『チリ 困難な小宇宙』(32分)
ピノチェト政権の時代と、現在のチリに対する様々な人たちの見方を描く。
政府は「教科書の新たなページをめくれ」と言う。過去はもう忘れろ、と。事実それによってチリは国際的にも高い地位に昇りつつあるというが、清算していない過去に対して納得出来ない人々、葛藤を抱える人々を描き出す。
ピノチェト政権時代に軍部の将軍を務めた人物にもインタビューを行っているのは興味深い。

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『マリア・テレサと褐色矮星』(12分)
最初の褐色矮星を見つけ、「ケル1」(先住民の言葉で「夜明け」を意味する)と名付けた女性天文学者、マリア・テレサ・ルイスに焦点を当てた作品。淡々としたナレーションが彼女について語ったあと、彼女自身が自らと宇宙、星について語る。
実はテレサは刺繍でイラストを作るのがかなり上手い。最後に夫の肖像画(肖像刺繍? 笑)をお披露目するのだが、中々の出来栄え。そしてその全体像を映し出すまでのカメラワークが素晴らしい。

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『オスカル・サー 星の技術者』(10分)
天文台の中で、あえて天文学者ではなく、機器の技術者を30年務めているというオスカル・サーに焦点を当てた作品。「機械ができるまでは皆裸眼で星を観察したんだ」と語る。チリの砂漠では、昼間でも手で太陽の光を遮ることによって、いくつかの星を裸眼で確認することが出来るのだと言う。
カメラが、青空の中に小さな星をふたつ捉えた場面が印象的であった。

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『街の天文学者たち』(14分)
専門家ではない、街の天文学愛好家の2人にインタビューをする映像。この2人がまたすごくて、なんと自分で望遠鏡や、さらには展望台まで作ったそうだ。
僕には全く仕組みは分からないが、レコードプレイヤーやミシンの部品を色々分解して、作ったらしい。7年以上かかったとか…。
もちろん自家製なので故障もしょっちゅう。それでもその度に直す、星を愛する男たち。

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『ホセ・マーサ 空の旅人』(13分)
冒頭、天文学者ホセ・マーサに対し、宇宙の現象に関する質問がいくつか投げかけられ、ホセはそれに答える。その答えは、現象について的確に説明したものでありながら、どこか哲学的でもある。
作品の終盤では、技術の進歩した現在の天文学を、ファストフード店に例えて皮肉っている。

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映画をオススメしてくれた、まつもと先生と、そもそもチリに興味を持たせてくれたビクトル・ハラに感謝!

ビクトル・ハラもちょうどピノチェト政権に変わる時のクーデターで殺されたんだよなあ…。
ううむ。

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