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橋本徹(SUBURBIA)のコンパイラー人生30周年記念コンピ第2弾『Gratitude ~ Free Soul Treasure』ライナー


V.A.『Gratitude ~ SUBURBIA meets ULTRA-VYBE "Free Soul Treasure"』

  『Gratitude ~ SUBURBIA meets ULTRA-VYBE "Free Soul Treasure"』は、『Merci ~ SUBURBIA meets INPARTMAINT "Cafe Apres-midi Revue"』と並び企画された、僕のコンパイラー人生30周年記念コンピとして先頃発表された『Blessing ~ SUBURBIA meets P-VINE "Free Soul × Cafe Apres-midi × Mellow Beats × Jazz Supreme"』の続編だ。過去30年間に監修・選曲した350枚におよぶコンピレイションCDのうち、ULTRA-VYBEよりリリースされた14タイトルから、まさしく名作中の名作を選りすぐっている。80分以上にわたってメロウ&グルーヴィーな珠玉の名曲群が連なり、タイトル通り僕にとって“感謝”のベスト・オブ・ベスト・セレクションと言っていいだろう。

 このコンピCDの選曲をしているときに、ふと僕の脳裏をよぎったのは、1994年春にコンパイルした『Free Soul Impressions』『Free Soul Visions』『Free Soul Lovers』『Free Soul Colors』の4タイトルの15周年デラックス・エディションが2009年秋にリリースされた際に、封入ブックレットに寄せた序文だった。今回はその文章を要約・改編することで、ライナーノーツに代えさせていただきたいと思う。それがここに収められた素晴らしい音楽に最も相応しいことは間違いないから。
 

 1994年は僕にとって人生の夏の始まりだった。木々の緑は映え、強すぎる風さえ心地よかった。自分たちの好きな音楽──ヌーヴェル・ヴァーグの流儀に倣うなら、「発見した」グルーヴィーでメロウな70年代ソウル周辺の音楽を仲間と楽しむために、僕らは自由な遊び場を作ろうとした。それがDJパーティー“Free Soul Underground”。コンピレイションCDとディスクガイド「Suburbia Suite; Welcome To Free Soul Generation」は、その水先案内役だった。

 僕は若く、何かに飢えていて、怖いもの知らずだった。いや、怖いもの知らずを装った。全く無防備なほどだったが、何よりも自分の感覚を信じていた。今となっては、「信じられた」と言い換えた方がいいかもしれない。

 初期衝動、というより確信的な衝動があった。新しいスタンダードを生みだすことができる。僕らは希望に満ちていた。自分が夢中になった音楽を信じていた。既成の価値観への苛立ちや憤りさえも希望に変えた。音楽の一音一音が深く瑞々しく、身に心に染みとおってきた。僕らの感性は研ぎ澄まされ、その心持ちを音楽に託した。それは旅立ちの季節でもあった。


 あの頃まだ27歳だった僕にとって、Free Soulはレベル・ミュージックだった。そして心地よさこそが反骨の最大の武器になる、と僕は考えていた。だからそのセレクションは、それまでの音楽ジャーナリズムが築いた権威主義や海外偏重傾向、父権的なマニアやサブカルチャーへの異議申し立てであると同時に、“Fun”に満ちたものでなければならなかった。カウンター・カウンター・カルチャー、というのが一面ではFree Soulの思想であり、ある種のアフォリズムだったが、ただただセンスを共有できる人が増えたらいいなあ、という素朴で他愛ない願いがすべてのモティヴェイションの源だった。心地よくて何が悪い、と僕は選曲で唱えた。

 初々しさも気負いも、歳を重ねてしまった今の僕には照れくさいくらいの眩しさと輝かしさが、90年代のFree Soulにはあった。ポジティヴィティーこそがFree Soulの本質だったんだな、とも思う。時が経って、ポジティヴな気持ちを抱き続けることがどれほど大変なことかも、知ってしまったけれど。


 ずいぶんと久しぶりにFree Soulシリーズ・スタート当初のCDブックレット冒頭のライナー対談を読み返してみたが、僕はこの、こそばゆいような雰囲気が好きだ。何かが動きだす、素敵なことが始まる予感に満ちている。当時はFree Soulという言葉がこれほど広く定着するとは予想もしなかったが、この言葉に出会ったときの印象は忘れようもない。何だろう、この胸さわぎは。心が確かに波立つように感じたのをよく憶えている。対談では少しクールに、カッコつけて発言しているけれど、居ても立ってもいられないような気持ちだった。そしてその言葉の吸引力・説得力は、歴史によって証明された。

 Free Soulを検証することや回想することは、僕にはこれまで「動けば傷つき動かねば病む」多感な20代のドキュメント、言わば青春記的色彩が強かったが、最近は比較的醒めた視線で見つめている。“Free Soul Underground”での思い出の数々、音楽の神様が天から降りてきたような、そんな至福にあふれた瞬間が確かにあったことさえ、いつの間にか遠い記憶になっていくのだろう。Free Soulのコンピレイション群は連続したひとつの物語のように聴いてもらえたら嬉しい、と常々思ってきたが、近年はクラブ・パーティーでのDJとコンピCDの選曲を別の次元で考えている自分にも気づいている。個人的な心象を告白するなら、今の僕にとって選曲は、セラピーやメンタル・レメディーに近いのかもしれない。


 追い風に乗せてもらったことも、逆風が吹いたこともあったけれど、何よりもこうして、コンパイラー人生30周年を迎えられたことを、本当にありがたく思う。Free Soulの夜明け、自由なリスナーシップが支えた90年代のフェアリーテイルの始まり。ずいぶん昔のことのような気もするし、ほんのついこの間のことのような気もするけれど、僕の心の中にはしっかりと刻みこまれている。その証左に、ここに収められた音楽を聴いていると、あの頃の空気、夏草のような匂いや光のきらめきが、はっきりとよみがえるのだ。

 長い間コンピCDを愛聴してきてくださったリスナーの皆さん、素晴らしい音楽を奏でてくださったアーティストの皆さん、そしてコンピレイション制作に尽力してくださったスタッフの皆さん、心より感謝いたします。


2023年4月 橋本徹(SUBURBIA)


01. Gil Scott-Heron / I Think I'll Call It Morning
02. Foster Sylvers / Misdemeanor
03. Dorothy Moore / Girl Overboard
04. The Frank Cunimondo Trio feat. Lynn Marino / We've Only Just Begun
05. Barbara Acklin / Am I The Same Girl
06. Alice Clark / Don't You Care
07. Leon Thomas / Love Each Other
08. The Salsoul Orchestra feat. Loleatta Holloway / Run Away
09. Honey Cone / Want Ads
10. Freda Payne / We've Gotta Find A Way Back To Love
11. Reid, Inc. / What Am I Gonna Do
12. Judy Roberts / You Light Up My Life
13. Four Below Zero / My Baby's Got E.S.P.
14. Average White Band / Queen Of My Soul
15. Latimore / Jolie
16. Maryann Farra & Satin Soul / You Got To Be The One
17. The Lost Generation / Love Land
18. Jewel Bass / Let Your Love Rain Down On Me
19. Eloise Laws / Ain't It Good Feeling Good
20. Sharon Ridley / Changin'
21. Nina Simone / My Baby Just Cares For Me
22. Little Beaver / Party Down Pt.1

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