男の乳首の存在意義についての話

 果たして、男の乳首に存在価値はあるのだろうか。
 ああ、勘違いしないでほしいのは、何も毎秒こんなことを考えているわけじゃないということ。たまたま男の乳首ついて真面目に思案しなければならない状況に立たされてしまったので、珍しくこういうことを考えている。
 いやどんな状況だよ! っていうのは僕も思っているので最初から順を追って説明していこう。
 僕は小学生のころに片方の乳首を喪失した。だから今は左側にしか乳首がついていない。喪失と言ってもある日突然どこかに消えたわけじゃない。少しだけ痛い話になってしまうんだけど、スポーツで怪我したときに患部を冷やす冷却スプレーってあるだろ? 真夏の暑い時期に友達とふざけてあれをかけ合っていたんだ。最初は腕や足にかけて「涼しい~」とか言って喜んでいたんだけど、だんだんお腹や顔、局部(まあ男の子がそこに使用しないわけがない)を冷やして遊び始めるようになって、ついに僕の右乳首が槍玉にあがったんだ。
それはもうキンキンに凍ってさ。「凍った、かってぇ~」とか言って笑いながら触ったらポロってとれたんだよね。カサブタよりも簡単に剥がれ落ちた。
僕も友達も時間が止まったかのように見つめあってさ。冷却していたから幸い痛みは全くなかったんだけど一度とれた乳首はもう二度とつかなくて、母親とかに言うのもあまりに恥ずかしすぎたから二人だけの秘密なって約束して。
そのまま再生することもなく今に至る。体育の授業の着替えや水泳の授業もうまく誤魔化し続けていたから、僕の右乳首がないことを知っているのはその悪友と、体を重ねたことのある数人の女性だけだし、今のところ右乳首がなくて困ったタイミングがないから何も不便していないんだけどね。
で、今日部屋の片づけをしていたらさ、出てきたんだよ。小瓶に入った僕の右乳首が。小学生の僕が精いっぱい頭を回して真空状態を作り出したりしたお陰で、ギリギリ黒い塊として存在していたんだよね。十年以上前のものなのに。
どうしようかな、と思ったんだけどどうしようもなにも、体についている乳首ですら有用性がわからないのに体からとれた乳首なんてあるだけ無駄だろう? そう思った僕は近所の池に供養することにしたんだ。
ちょっと恥ずかしかったので夜中、誰もいないタイミングを見計らって小瓶を開けて、中身を池に投げ入れた。
両手を合わせて「ありがとう」と言って踵を返したその瞬間。
 ズモモモモモモ、という轟音とともに池が盛り上がったんだ。
「私はこの池の神だ」
 というセリフとともに池から現れた巨人を見て、僕は卒倒しそうになったね。何とか気絶するのを堪えて「……神?」とだけ口に出すと「そう。神だ」とそいつは応えた。
「お主が今この池に落としたのは、この金色の乳首か? それともこの赤茶色の綺麗な乳首か?」
 これ童謡でみたことあるやつだ! え? 斧じゃなくて乳首でもトリガーになるの?
 僕はテンパりながらも神の両手につままれている物体を凝視した。片方は金ぴかの乳首。もう片方は赤茶色の綺麗な乳首。
 金色のわけがないだろ。と思って「金じゃない方」と言いかけたけど、僕の乳首はあんなに赤々としていない。どっちも違うと言ったら「お主は正直じゃな。正直者にはこの乳首を両方あげよう」と優しい顔で二つの乳首を差し出された。
 いや、落としたやつをくれよ。

 ということで、二つのうち一つは失った右側につけるとして。僕は今、三つ目の乳首をどこにつけるか悩んでいるというわけ。
 そもそも二つすら必要なかったのに三つ目はいるか? これで冒頭の「男の乳首の存在価値」に戻る。
 女性のはわかる。授乳の時に必要だし、こういうのもなんだが性感帯の一つとして機能する場合も多い。
 いや、まあね? 男もさぁ、性感帯として機能するはするんだけどさあ。
 なんか、胸元の余白が余ったからとりあえず配置しときました。という感じが強くないか?価値あるのか?
 その無価値なものも、二つまでならまあわかる。女性につけて男性につけないのは乳首の在庫管理が面倒だろう。でも三つ目だぞ? ほしいか? 完全に在庫処分じゃねえか、乳首の。
 なんだよ乳首の在庫処分って。
「どうした、お主。いらないのかえ?」
「……今どこにつけるか迷っているから待ってろ!」
「一応わし神ぞい?」
 二つの乳首の真ん中か? 二点間を結ぶ直線と垂直二等分線の交点か? それならコンパスが必要だ。
 胸元ではなくわき腹? 駄目だ。開発されてしまったときに寝返りが打てなくなる。手の甲や額? 絶対授業中とかバイト中に無意識で触っちゃうよ~!
「なあ神様。その乳首、サイズはどうなるんだ?」
「お主、自分に女性サイズの乳首をつけるのか。なかなか上位の変態じゃの」
「違うんだわ」
「まあサイズは無限だと思っていぞい。そんなに大きくしてどこにつけるかわからぬが、神の力を舐めるなよい」
 なんだその喋り方。不死鳥か? いきなり乳首はとれねェだろうよい!
 サイズは無限。それを聞いて僕は三つ目の乳首の場所を決意した。
 いまだに男の乳首に機能性があるとは思えない。価値としてあるのは見た目、余白のバランス感だけだと思う。
 要するに、男の乳首は観賞用だ。
「神様。まず一つ。金色の乳首を通常サイズで僕の右乳首に。そして、赤茶色の乳首は、できる限り大きく。そうだな……周囲の長さを十キロ程度、高さを五百メートル程度にしてくれ。それを今から言う場所に配置してほしい」

 こうして僕の右乳首は復活した。綺麗な金色になって。
 以降女性と体を重ねるたびにひと笑いとれるようになったのでありがたい。(情事中に笑いをとるな!)
 あと、世界に新たな観光名所が誕生した。
 場所はオーストラリア。僕の三つ目の乳首は、世界最大の一枚岩、エアーズロックと名付けられ、全世界の人々に鑑賞され、楽しませている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?