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君は夜逃げしたことがあるか -私の人生体験と経営理念-

「君は夜逃げしたことがあるか」

強烈なタイトルである.高杉良氏の小説「炎の経営者」にて引用されており,この作品の存在を知った.この作品の著者である永野重雄氏の小説中の活躍とタイトルに惹かれて読んでみたくなった.私は基本的に本は購入して読むことにしているのだが,この作品は現在絶版となっており入手が難しかった.しかし東京都の区立図書館で借りることができた.

永野氏は25歳にして昨年のNHK大河ドラマ主人公渋沢栄一氏の息子,渋沢正雄氏に富士製鋼の支配人を任される.しかし,富士製鋼は倒産会社であり,永野氏の最初の仕事は雑草の抜き取りとカエルの追い出しという大掃除であった.悪戦苦闘しながらも徐々に持ち直してきたところに,世界恐慌が起こる.運転資金が底をつき,会社の電気代も払えなくなり,夜逃げを実行することになった.永野氏が夜逃げしたのは自らの借金ではなく会社の借金が理由であり,辞職や倒産など他の選択肢を選ぶこともできたと思う.そのような選択肢を取らず,自ら責任を背負い使命を全うしようとするところに,このあとの広畑製鉄所確保や八幡製鉄と富士製鉄合併の活躍を予見することができる.

永野氏は最後の「私の信条」という章で,永野氏は「世界一国論」を述べている.「世界一国論」とは,ヨーロッパがEC(当時)として共同体を形成しているのを世界全体に拡大して世界を一つにしよう,という壮大な夢だ.永野氏はECの源流であるシューマン・プランを提唱したロバート・シューマン博士に深く共鳴しており,日豪経済合同委員会を嚆矢としてアジアの共同体生成に尽力している.ロシアとウクライナが緊張状態となり予断を許さない状況となっているいまこそ,「世界一国論」が必要なのではないだろうか.永野氏の「世界一国論」から私は「宇宙船地球号」という言葉を思い出した.我々は同じ船の一員なのである.これをすべての国々の方々が共通意識として持てば,「世界一国論」も決して絵空事ではないように思われる.永野氏は「できそうにもないことは,人間は夢さえ見ないのではないだろうか」と問いかけ,「頭の中に浮かび上がるということは,頭の中で解決しうることを意味する」という.世界を一つにするという途方も無い夢も,このように言われるとできそうな気がしてくるではないか.

最後に永野氏は「私は本当に人間が好きなのだ」という言葉のともに,一つのエピソードを述べている.それは浄土真宗のお寺出身であり,食事の前に「正信偈」を唱えないとご飯を食べさせてもらえなかった,というものだ.永野氏は特に宗教心が強いわけではないが,自分が人間を好きなのは宗教からの感化ではないかと述べている.私の実家はお寺ではないのだが,小学生の頃祖父母によく唱えさせられたことを思い出した.今でも冒頭なら暗唱できるから,かなりの回数を祖父母と唱和したと思う.私も人間が大好きであるが,それはもしかしたら幼い頃祖父母とお経を唱えたからかもしれない.

今度帰省したときには久しぶりに「正信偈」を唱えよう.
祖父母に感謝しながら,これからも人間を愛し,夢を持って生きていこう.


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