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#9. 名古屋場所

名古屋場所は暑い。

とにかく暑い!

だって考えてみてくれよ!
お相撲さん達は大体、六月の終わりに名古屋に入るんだけど、六月の終わりって言ったら梅雨の真っ只中で日本中がジメジメ、ムシムシしてる時期。
で、七月の初めに場所が始まると、その頃には梅雨が明けて、もう真夏だよ!
なんだってそんな時期に名古屋で場所なんかやるんだろう?
北海道とかでやってくれれば涼しくて良いだろうに?

しかもウチの部屋が宿舎にしている総央寺というお寺は江戸時代から続く由緒ある建物らしく、なんとクーラーが付いてない!
稽古場だって寺の境内に雨除けの屋根を付けただけだから、もうただの外だよ!
そのうち相撲部屋から熱中症で死者が出たなんて話題で、またワイドショーを騒がしちゃうよ!

それでもウチの部屋がこの寺を宿舎に使い続けるのは師匠の仁王の富士が何十年も前の名古屋場所で横綱昇進を決めて、この寺で伝達式をやったって事で一重部屋にとっては縁起が良い場所らしいけど・・せめてクーラーくらいは付けてほしいよな?

今、土俵の上では十両の仁王の里と幕内の仁王翔狼が稽古をしている。

仁王の里は今場所、返り十両。
仁王の里はやっぱり白廻しが似合う。
調子も良さそうだし、もう大丈夫だろう。

仁王の里はオレの弟。

兄弟で相撲部屋に入門する人達って結構いる。
有名なのは兄弟で横綱まで上がった鷲花山と鷹花山の鷲鷹兄弟。
他にも大体の相撲部屋には一組くらいは兄弟力士っているんじゃないかな?

元々、ウチの親父が家で空手道場をやっていて、オレも二つ下のトモキも幼稚園の頃から空手をやっていた。
でも、空手は遊びみたいな感じで、親父もオレ達兄弟にはそんなに厳しく指導していなかった。

で、中学に上がった時、身体が大きくなっていたオレは柔道部に入った。

オレは空手よりも柔道の方が向いていたみたいで、試合に出ると結構勝てて、オレ自身も柔道が楽しくなっていた。

そんなオレを見ていたトモキも当然、中学で柔道部に入る。
トモキはオレ以上に柔道に向いていたみたいで一年ですぐ試合に出て県大会なんかにも出ていた。

そんな感じで高校でも柔道やろうかな?なんて考えていた時に親父から「相撲をやってみる気はないか?」と聞かれた。

なんでも親父の友達に一重部屋の後援会に入ってる人がいて、オレ達兄弟の話を聞いて興味を持ってくれたらしい。

初めて一重親方に会った時はまさに度肝を抜かされた!

はっきり言ってオレは仁王の富士を知らなかった。
元々、相撲には興味がなかったし、仁王の富士が引退したのはもう十年以上も前でその当時のオレは4〜5歳だから仁王の富士を知ってるわけがない。

それでも一瞬でわかった。

この人強い!って!

オレも子供の頃から空手と柔道をやってきて実際に強い大人や強そうな大人達は何人も見てきた。

でも、わかった。
その人達よりもずっと強いって!

親方はオレ達兄弟に対して
「中学を卒業したら、ぜひウチの部屋に来てほしい!」と言ってくれた。

親方はその時からオレよりトモキの方をよく見ていたと思う。
たぶんトモキの素質に気付いていたんだろう。

でもオレはちょっと迷っていた。
その時、柔道部の先生から県内一の強豪校への推薦が取れるかもしれないという話があって、このまま柔道を続けてもいいかな?と思っていたから。

トモキはどうだろう?と思ってトモキの顔を見た時、驚いた。
思いっきり目が輝いていた。
たぶん親方の眼力にやられたんだろうな・・

親方が帰って、親父から自分達でよく考えろって言われて、とりあえずトモキと相談しようと思っていたら、トモキは「相撲をやってみたい!」と即答した。

オレはコレにも驚いた。
トモキが自分から何かをやりたいと言ったのを初めて聞いた。

今まではいつもオレが先に何かを始めて、それを見たトモキが「ボクもやる!」ってマネしてついて来ていたのに・・柔道も空手もそうだった。

それが今回は違った。
トモキは自分から相撲がやりたいと言った。

それを聞いた時、オレも決めた。
オレが先に一重部屋に入門してやろうって!

だってオレはトモキの兄貴だから!
弟なんかに負けてらんないでしょ!

相撲って、空手も柔道も全部入っていた。
ツッパリは空手の掌底突きで、相手と組んだら柔道の投げ技で倒す!

そんなカンジでオレは結構強かった!
入門してからどんどん勝ち越してすぐに三段目まで上がり、「仁王剣」という四股名を付けてもらった!

そして二年後、トモキが入門してきた。

相撲部屋に入門すると兄弟という関係はなくなる。

トモキは家ではオレの事を「お兄ちゃん」と呼んでいたけど、これからはオレを「澤村さん」と苗字で呼び、会話も敬語を使うようになる。

オレもトモキに対しては他人の後輩として厳しく接するようにした。
トモキには二人の同期生がいるんだけど、例えば同期のヤツが何か失敗しても口で注意するだけだけど、トモキの場合には思いっきりブン殴った。(これは今では内緒の話だけど・・)

子供の頃はよく殴り合いの兄弟ゲンカとかしたけど今では当然トモキが殴り返してくる事はない。

トモキもオレを他人の兄弟子として見ている。

でも相撲はトモキの方が強かった。

身体も大きいし、オレが三段目上位で苦戦してるのを横目にあっという間に幕下に上がった。

稽古でもだんだんとトモキには勝てなくなっていった。

そして、その頃からオレ達の関係は変わっていった。

もちろん兄貴として弟に負けるのは悔しい。

でもそれよりもトモキが相撲を取っている時って、なんか輝いて見えるんだよな・・

幕下も上位に上がると元関取とか、憧れてた兄弟子とかと当たるようになるんだけど、トモキはそういう人達にも勝ち続けて、単純にスゲー!って思うようになって、どんどん強くなっていくトモキを見るのが楽しいって言うか、なんかトモキのファンになってしまったんだ!

だから今まで兄弟の関係を捨ててきたけど、これからは兄貴としてトモキを支えてやろうと思うようになった。

そしてトモキは十両昇進を決めた!

それからも勝ち続け、一気に幕内昇進も決めた!

だけど

トモキはその新入幕の場所でケガをした。

トモキは絶好調だった。
七勝二敗で迎えた十日目、新入幕での勝ち越しを賭けた相撲。
相手は元関脇でベテランの神錦関。

オレは付け人として花道の奥でその相撲を見ていた。

立ち合いで突っ張っていったトモキは神錦関を一気に土俵際まで押していったが、そこで廻しを取られてしまう。

でも、運動神経の良いトモキはすぐに反応して投げを打った!
そして二人とも倒れたけど、軍配はトモキに上がった!

オレはヨシ!ってガッツポーズをして喜んだ!勝ち越しだ!しかも新入幕で!やったぞ!

でもその喜びも束の間、土俵を見ると勝ったトモキは倒れたまま、まだ起き上がらない。
しかもよく見ると顔を顰めて、もがいているように見える。

どうやら一人では立ち上がれないようなトモキは呼出しさんの肩を借りて、勝ち名乗りも受けないまま若者頭さんが押す車椅子に乗って花道を引き上げてきた。

オレが「大丈夫か?」と聞いても、「クソッ!」とか「チキショー」とか言うだけで後はずっと唸っていた。

トモキはそのまま病院に行った。

右膝の前側と内側の靭帯が完全に切れていて、半月板という軟骨も割れてしまい、すぐに手術が必要という事だった。

当然、次の日から休場。

一応、勝ち越しは決めているから来場所の番付は上がるけど、リハビリとか考えるとしばらく休む事になる。

しかもウチの師匠はケガをしたら中途半端な状態ではなく、しっかりと治るまで場所には出させてもらえないから、番付も相当落ちる事を覚悟した方が良い。

結局、トモキは五場所休み、番付も三段目の真ん中あたりまで落ちた。

ケガの状態も良くなり、復帰してからのトモキはリハビリも稽古も良く頑張っていた。

ジムに通って筋トレとかもしっかりやっていたから身体も大きくなり、むしろケガをする前よりパワーアップした感じもある!

元々、幕内で勝ち越すくらいの実力はあるんだから場所に出たら、三段目で優勝して、すぐ幕下に戻り幕下でも勝ち越しが続き、最初は落ち込んでいるような時もあったトモキも本来の明るさを取り戻してきた!

そして、あっという間に十両に戻り、また幕内が近づいてきたぞ!っていう所まで来た時。

トモキはまたケガをした。

今度は肩と肘。

本場所の取組で玉鳳関と当たった時、右を差したトモキはそのまま肘を極められての小手投げ。
これで肘の靭帯断裂。
さらに投げられた時に左肩から落ちて左肩の脱臼。

両手が使えなくなったトモキは当然、それから休場。右肘は手術した。

元々、トモキは明るい性格で子供の頃から、色々とふざけて家族を笑わせる子でたまにはふざけ過ぎて怒られたりもしたけど、まぁ前向きで元気なヤツだった。

部屋に入ってからも変わらず、飲み会とかではムードメーカー的な感じで誰からも好かれて関取になってからもみんなから慕われていた。

だから最初のケガの時のように今回もまた前向きに頑張ってくれると思っていたんだけど・・

オレはトモキの心の変化に気づく事が出来なかった。

肘の手術からだいぶ経ち、リハビリも順調で少しずつ稽古も始められるようになってきた頃。
その頃からトモキは夜に出歩く事が増えてきた。

オレ達は結構、兄弟で飲みに行く事が多く共通の知り合いやお店とかがあるんだけど、トモキはオレではなく、同期の仁王雷風を誘って出かけるようになった。

オレは別に同期生で仲が良いな、くらいにしか思ってなかったんだけど、だんだんとトモキの様子がおかしく思うようになった。

トモキが稽古場に下りてこない日が増えてきた。

親方に「里はどうした?」と呼ばれると「肩が痛い」とか「膝がちょっと」とか言って病院に行ってしまう。 

まぁ、もちろん手術をするほどのケガをしたんだから調子が悪い時もあるんだろう。

でも、それにしても・・

そんな時、オレもなんだか体調が良くない日が続いて朝から病院に行く事になった。

国技館の近くにそこそこ大きな病院があって、お相撲さん達はケガをしたり病気になると、大体みんなそこに行く。

診察が終わり、会計までまだ時間がかかりそうだから病院内の喫茶店で軽くお茶でも飲もうと思って入ってみると、トモキがいた。端の方の席でボーッとしてる。オレには気づいていないみたい。

普段なら、普通に「来てたんだ!」とか声をかけるけど、なんか悪いような気がしてそのまま店を出た。

トモキの顔がすごく暗く見えた。

その日の夕方。
オレはチャンコ番で夕飯の支度をしていた。

するとトモキと雷風が下りてきた。

「出掛けんの?晩飯は?」

「あぁ、ちょっと・・晩飯はいらないです」

ウチの部屋には親方が決めたいくつかのルールがある。
その中の一つが「稽古をしない者、外出禁止」というもので、稽古場にも行司さんがキレイに書いた貼り紙が貼ってある。

今日、トモキは病院に行っていたわけだから稽古はしていない。
本来なら外出禁止で部屋でおとなしくしていないといけないはずなのに・・

前までだったらオレが呼び止めて注意していたけれど、トモキは元幕内だから・・色んな付き合いもあるだろうし何も言わなかった。

次の日、トモキは稽古場には下りてきたけど四股やてっぽうとか基礎運動を軽くやる程度で土俵には入らない。

稽古が終わり、チャンコを食べてる時に雷風が隣に座ったから何気ない感じで「昨日、ドコ行ったの?」と聞いた。
雷風は少し気まずそうな顔して「錦糸町で焼肉食ってからキャバクラっス」と答えた。

「誰と?」

「自分と里関、二人っス」

誰かに誘われてとかじゃなくて・・?

番付が発表されて場所が近づいてきた。

「おい!里!今場所出るのか?」

親方に聞かれたトモキは「はい・・出ます」と答えていた。

「だったらもっとしっかり稽古しろ!そんな稽古しか出来ないならまたケガするぞ!」

親方にそう言われたトモキはそれなりの稽古をするようになった。

そして場所が始まった。

四場所ぶりに復帰したトモキは三段目で負け越した。

もちろん、ケガをしてしばらく休んでいたんだから相撲勘が戻っていなかったり、やっぱりまだ本調子ではなく思うように身体が動かない事もあるだろうから、一生懸命にしっかりやった結果だったのなら仕方ない事だと思う。

でも今回のトモキはそうじゃないように思った。

トモキの身体の事だから、いくら兄のオレでもわからない事もある。

でも、前回復帰した時と明らかに違う所があった。

顔が違う。

前回のトモキはいつも前向きで、顔つきも違っていた。
燃えてるっていうか、絶対復帰する!前の番付に戻る!っていうのが一目でわかった。

でも今のトモキからはそれが感じられない。

やる気が感じられない。

一体どうしたんだろう・・

トモキが関取の時は付け人としていつも近くにいたから、取組の前後や普段の稽古中に身体の調子についてとか結構よく話していた。

でも最近は話す事が減ってしまった。

トモキは雷風とばかりつるんでいるし、オレも最近、自分の身体の事で病院とかに行く時間が増えたし・・

場所が終わると一週間の休みがある。

と、言っても地方場所の場合は宿舎の大掃除や稽古場も土俵を壊したりして片付ける。
巡業がある場合は準備をしたり。

東京場所の時は巡業の準備くらいだけど皆の成績が悪くて師匠が怒ってしまうと場所休みがなくなる時もある。

この休み中、トモキと雷風はほぼ毎晩出歩いていた。
まあ、トモキも普通に稽古をして場所にも出て、何も問題ないわけだから・・オレが何か言う筋合いはない。

場所休みが終わり、また来場所に向けての稽古が始まった。
オレもトモキも巡業には出ないので東京の部屋で稽古をする。

オレは四股を踏んでいるトモキに声をかけた。

「調子どう?」

「・・まぁ普通っスね・・」

「・・あ、そう」

トモキは三段目や幕下の力士達を相手に稽古をしても勝ったり負けたり五分五分くらい。

当たり前だけどケガをする前は全員を圧倒していたんだけどな。

なんだか見ていて歯がゆい。
オレがガタガタ言う事ではないけど。

おかみさんと病院に行った。
こないだやった検査の結果を聞きに。

検査前のアンケートみたいので大きな病気の時でも本人に告知しますか?みたく聞かれてYESと答えていたんだけど、一応家族を呼んでくれと言われた。

でもウチの親は当然田舎にいるから、おかみさんに言ったらついて来てくれる事になった。

ちょうど昼頃に終わったから、おかみさんが「お昼食べて帰ろうか!」と言ってくれた。

おかみさんは優しい。
はっきり言って、師匠はメチャクチャ厳しくオッカナイ人だから、その人の奥さんがこんなに優しい人だと言うのは意外?だ。

でも横綱・仁王の富士をずっと支えてきた人だから芯はしっかりしている。

「親方にはちゃんと相談するから、ムリしないでね。体調悪い時とかちゃんと言うのよ!」

その日の夕方、早速親方に呼ばれた。

さっきも言ったけど親方はメチャクチャ厳しくてオッカナイ。
でもこういう時はちゃんと考えてくれる。

「余計な事は気にしなくて良いから、まずは病気を治す事だけを考えなさい」

家族を呼べって言われて・・考えてみれば一番近くに家族がいたじゃないか。

トモキ。

でも、やっぱトモキにこの話をするのは・・
でも、いずれはわかる事だし・・

話、しといた方がいいよな。

トモキは大広間でみんなとテレビを見ていた。

「トモキ、今日どっか行くの?」

「・・いや、特に何もないですけど・・?」

「じゃあ、メシ行こうか?」

「・・はい・・雷風も一緒でいいすか?」

「いや、たまには二人で行こうよ」

トモキと二人きりで出かけるのは久しぶりだ。
トモキが関取に上がってからはいつも雷風とか部屋の誰かがいたり、後援会の人とか共通の知り合いの人と一緒だったりする事が多くなったから。

なんか、照れ臭くなっちゃって、「調子どう?」とか、こないだも聞いたような事聞いてしまった。

「別に・・普通スね」

「そう?まだ戻ってないんじゃない?稽古場でもまだ動き悪いように見えるけど?」

「いや・・まぁ、あんまりやると疲れちゃうから」

「・・・」

「先場所もあんなはずじゃなかったんだけどな・・ちょっと三段目で調子下ろしちゃったスね!」

「・・・」

ちなみに「調子下ろす」っていうのはバカにするとか甘く見るみたいな意味の相撲用語。

「もっと最初から本気出していけば良かったなぁ・・なんか最初に負けてヤル気なくなっちゃったんスよね・・」

「・・・」

なんだろう。

今、オレはトモキと話してんだよな?
トモキって、こんな事を言う奴だったっけ?

「また全勝優勝するつもりだったんだけど・・まぁ来場所っスね!」

違う。

トモキはこんなカッコ悪い事言う奴じゃなかった。

「お前、何言ってんの?」

「えっ?」

「お前、そんな事言うならもっと稽古しろよ!」

「・・・」

「最近、飲み行ってばっかりで、稽古場でもダラダラしてて、場所で負けてもヘラヘラして!」

「・・・」

「お前、そんな奴じゃねぇだろ!」

「・・・」

「お前、もっと強えだろ!何やってんだよ!」

「澤村さんだって・・」

「なんだよ!」

「最近、稽古してないじゃないですか・・」

「・・・」

「人の事言えないじゃないっスか・・」

トモキがオレに言い返してくるのは久しぶりだった。
だからついオレもカッとなってしまった。

「オレの事は良いんだよ!」

「・・・」

「オレよりお前の・・」

「勝てないんスよ・・」

「・・・えっ?」

「稽古場でも場所でも、本気でやってますよ・・」

「・・・」

「でも勝てないんスよ・・身体も動かないし・・」

「・・・」

「なんか・・前までだったら思いっきり投げたり、最後まで押しきったり出来てたのが、最近は何て言うか・・コワくなったっていうか・・」

「・・・」

「またケガしちゃうんじゃないかとか考えちゃうと身体が動かなくなっちゃうんスよね・・」

「・・・」

「もう、疲れちゃいましたよ・・せっかく上まで上がっても、そこでケガしてすぐ落ちて、ようやく治って戻ったらまたケガして落ちて・・

もう・・ダメなんスかね・・」

強い力士っていうのは、身体が大きかったり、力が強かったり、技が上手かったり、そういう要素も勿論大事だけど、何よりも心が強くないと強い力士にはなれないと思う。

どんなに身体が大きくて力が強くて色んな技があっても心が弱い力士は勝てない。強くなれない。

トモキは今、心が弱くなってしまった。

「トモキ・・オレは勿論、幕内どころか十両にも上がった事ないし、今のトモキみたいな大ケガして下まで落ちた事もないから、トモキの気持ちとかよくわかんないけど・・でも、今のトモキは逃げてると思う。相撲を取るのがコワくなっちゃったのかもしんないけど、でも、やっぱりそういうのって稽古するしかないじゃん?もしかしたら稽古をする事で、そのコワいってカンジもなくなっていくかもしれないし・・」

「・・・」

「でも、もしもう稽古もしたくないっていうのなら・・」

「・・・」

「辞めたほうがいいよ・・」

「・・・」

「そういえば、さっきオレの事言ってたよな?オレが稽古してないって」

「・・・」

「オレ、もう当分稽古はしない。っていうか出来ない。ドクターストップ」

「・・え?なんで?どこかケガしてるんスか?」

「ケガっつうか、病気。アタマのな・・」

「・・・?」

「最近、血圧が高くてアタマ痛い日が続いたから病院行って検査したら・・血管がな・・隠れ脳梗塞っていうの?そういうのがあって、他にも危ない血管があるらしくてな・・このまま相撲続けてたら血管爆発しちゃうらしい?」

「え・・?」

「だからもう、当分休み・・ていうか、もう終わりだよな・・」

「・・親方には?」

「今日、おかみさんと一緒に病院行って、親方とはさっき話した」

「・・・」

「とりあえず、今すぐ辞める事はない。病気が治ったら、もしかしたらまた相撲取れるようになるかもしれないだろ?って言われたけど・・ムリだよな・・」

「・・・」

「トモキ・・お前がまた関取目指して頑張るっていうならオレもまだ部屋に残って治療しようかと思っていたけど・・」

「・・・」

「お前もヤル気ないってんなら、しようがねえな・・」

「・・・?」

「二人で辞めちまうか?」

「・・・兄ちゃん」

「悪りぃな!こんな話で呼び出しちまって・・帰ろうぜ!酒ももう飲めねえし・・ホントは元関取のお前の方がカネ持ってんだろうけど、オレの方が兄弟子だから今日は奢ってやるよ!」


次の日

オレは朝起きても稽古場には下りず、ずっとチャンコ番をやっていた。

マネージャーのヨシオさんが珍しく優しい。
きっとおかみさんからオレのアタマの話を聞いたんだろう。

おっ?そろそろ稽古が終わる頃かな?ぶつかり稽古の声が聞こえる。

なんだか気合い入ってんな・・?かわいがりかな?誰だろう?
胸を出してんのは雷風の声だろうけど・・仁王栄あたりかな?ちょっと覗いてこよう!

稽古場を覗くとぶつかり稽古で砂まみれになって倒れていたのはトモキだった。

トモキがこんなになるまで稽古をしているのを見たのは最初に十両に上がる前ぐらいだろうか?

「トモキ、どうしたの?」

近くに立っていた新弟子の聡太に聞いた。

「いや・・なんか里関が雷風さんにかわいがりゴッチャンです!って言ってて、冗談かと思ったんですけど・・?」

トモキが自分から・・?

上がり座敷の真ん中には親方が厳しい目で稽古を見ている。

「オラっ!早く立て!」

元仁王海山の斗ノ山親方がトモキに声をかけている。

「剣!お前もなんか言ってやれ!そんな事じゃ関取戻れないゾっ!って!」

トモキは砂まみれになりながらも激しい息づかいの中、立ち上がろうとしている。

「トモキ・・・ガンバレ!」

稽古が全部終わって、オレはチャンコ場に戻って親方やお客さん達の給仕をして、ひと段落したからまた稽古場を覗いてみた。

髷はもうグチャグチャで身体の汗も砂も乾いて真っ白になったトモキが座ってテーピングを外していた。

「トモキ・・お前、どうしたの?」

「澤村さん・・」

トモキは笑っている。

「オレ、また関取戻るんで・・そしたらまた付け人付いてくださいよ!」

「・・!」

付け人って・・

病人こき使うんじゃねーよ!

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